獅子身中の虫
「……お頭って【転生者】なんですよね。やっぱり産まれたときから生前の記憶って持ってたんですか?」
アーガスをただ待っていても暇なので、燃える宿屋をポケッと見上げながら聞いてみる。もちろん答えを期待してたわけじゃなく、ただ、ぽっと頭に浮かんだだけだ。当然無視されると思っていた。
ちなみにロー公は「もう一回行ってくるネー」と、野菜を洗っていたポンプから水を汲んで被ると炎の中に自ら飛び込んでいった。健気ないい子や。ただし二度目の治療は無いと思え。
お頭は木に寄りかかりながらぼんやりしていたが、俺の質問を聞いて身を起こした。
「8才の頃までは普通の子供だった。少なくともわたしはそう思う」
「普通は、っていうことは8才から生前の記憶が甦ってきたりするんですか?」
お頭が俺の質問に答えたことに内心驚く。てっきり無視されるだけかと思っていた。
「8才の頃に【錬金術師】の指輪をはめた。わたしの記憶が繋がったのはそれからだ」
「指輪が生前の記憶を繋げるきっかけになったってコトですか? じゃあ、産まれてから8才までは『誰』だったんですか?」
お頭は俺をジロリと見た。
「わたしはわたしだ。わたしから生前の過去を切り離した状態で育ってきて、指輪をはめたと同時にそれが繋がったわけだ。忘れていた記憶を思い出す。そんな感覚だった。……トーダ。おまえはどうなんだ」
「俺はもうそのまんまですよ。イザベラのところから直ですからね。電車で居眠りしていて起きたら異世界だったって感じで。……もしも、お頭が8才の時に指輪をはめず、死ぬまで【錬金術師】の指輪をはめることがなかったら、どうなっていたと思います?」
お頭は唇に指を当て、少し考えるようにしてから言った。
「さぁな。……どのみち【錬金術師】の素質を調べられていたし、指輪を身につけるまで、誰もその子供が【選出者】だとは気づけなかった」
「…………指輪を身につけるまでって、その後、誰かお頭が選出者だって気づいた人がいるんですか?」
「わたしの祖父……この世界での血の繋がりのある祖父が選出者だった。だからといって祖父が8才だったわたしを選出者だと見抜けていたわけじゃない」
「聞いた話じゃ12才ぐらいで『適性の儀』が行われるそうですけど、お頭は8才だったんですか?」
「適性自体は生まれた瞬間から調べられていた。指輪自体いつ身につけても良かったのだろうが、指輪は魔力を消費してしまうものだ。適性・資質次第では成長の妨げにもなる」
「適性資質って言うと……?」
「適性の幅のことだ。S.A.B.C.D.E.Fの7段階ある。『+』や『-』で微調整がされるが、適性C+以上が各ジョブの適性値とされている。基本はB以上だ。ちなみに、わたしたち選出者が選んだジョブは適性がS+で固定され、その他のジョブ適性はすべてEだ」
「Fじゃないんですね」
「適性Fは滅多にいない。適性Sと同じくらいにな。もしも適性Sが発見されれば、選出者と疑っても間違いじゃ無いだろう」
「なるほど」
そういえば、無属性云々のことでイザベラからレクチャーを受けたとき、ジョブ適性を最優先させるみたいなこと言っていたか。
「逆に、適性C以下じゃ駄目なんですか?」
「駄目だろう」お頭が木に寄りかかり、眩しそうに宿屋を見つめる。「B以上ではないと振り落とされることにも理由がある。適性具合とはつまり、各ジョブの指輪の、基本消費魔力のことだ。指輪自体の製造能力が高いところではC+でギリギリ大丈夫だろうが、技術の低い国だとB-ではやっていけないだろうな」
「基本消費魔力というのはなんですか?」
「家電で言うところの待機電力のことだ。指輪は着けているだけで内包する魔力を消耗するものだ。そしてそれはスキル使用時の消費魔力にも影響される。MPの回復具合よりも基本消費の方が多ければバランスがとれないだろう」
「そこはジョブレベルを上げることで克服できるものなんじゃないですか?」
「適性が低ければ魔力の成長はほとんど無い。むしろ、消費が多くなる場合がある。そのため国は適性が無いものには指輪を与えることをしていない」
「なるほど」
俺はそのあとも色々とジョブに関する質問をしてみた。イザベラのところでも小玉のある限り質問をしたが、お頭の方がわかりやすく説明をしてもらえた。
「――それに成長期の子供の指だからな、サイズ調整が利くと言っても限界がある」
指輪に関しての知識をもうこれくらいでいいだろう。それよりも今のうちにお頭に聞いておかなければいけないことがある。
「話は変わりますけど、お頭はイザベラに何を持って来いって言われましたか? 俺は【アステアのオーブ】を持って来いって言われたんですけど」
「……………」
お頭が押し黙った。
沈黙は30秒ほど続いたが、何か別の話でもと思った矢先、お頭が口を開いた。
「知らないな。だが、選出者に課せられたものが他の者と被ることは無い。その【オーブ】とはつまり、ダンジョンの“核”のことだ」
「……“核”?」
「地下に広がるダンジョンの“核”。それがオーブだ。……だが、おまえにはそんなことどうでもいいだろう」
「どうでもいいって………まあ、たしかにお頭の仲間になるってコトは自分勝手な行動をとれないってことはわかりますけど……」
辛らつな言葉に俺はグッと奥歯を噛んだ。今ここで言い合いをしてもむなしいだけだ。アステアのオーブがダンジョンの“核”であるという情報だけでも今は有り難がるべきだろう。
お頭は再び木から身を起こすと、俺に向き直った。
「わたしは今回の遠征で3つのミスを犯した。遠征の目的を遂げられなかったこと、手下の半数を死なせてしまったこと。そして、重要な書類を焼失させてしまったことだ」
「夕食を運びに行ったとき、たくさんあった書類のことですか?」
「ああ。他国との契約書。納品書。保証書。借用書。証明書。……たくさんだ。被害額として、町を丸々一つ買い取ることが出来る金額だ」
「なんでそんなもの持ってきているんですか」
公私混同も甚だしい。この仕事熱心な悪者め。
「わたし個人で70以上の組織との交易を持っている。あの場にあったのは16の案件と近日中にまとめなくてはいけない書類が8件あった。ただの日課……ノルマだな」
「……はぁ。その16件と8件の書類で町一つですか」
紙切れ一枚に一体いくらの値がつけられているのだろう。そういえば、奴隷20人の注文があったな。
だが、お頭から出てきた言葉は俺の想像の遙か斜め上を行く内容だった。
「そこでおまえだ。この穴埋めとしておまえには商品になってもらう」
「――は?」
「おまえの処遇を巡ってアーガスと話し合ったのだが、先ほどの【射撃ゲーム】で確信した。おまえは我々の中に置いておくことは出来ない」
お頭は煙たそうに目を細めると、髪を掻き上げた。
「ローの一族、つまりネクロマンド族におまえを売り飛ばす。代わりに5~6人もの子供を受け取れるはずだ。ひょっとすると女児も得られるかもしれん」
「はぁぁ??! 売り飛ばすって、どういうことですか!!?」
「言ったとおりだ。……それ以上わたしに近づくな。撃つぞ」
あまりに素っ頓狂なセリフに、俺は思わずお頭にがぶり寄ろうとしたが、銃口を鼻面に押しつけられては引かざるを得ない。ぶひー。
「わたしは盗賊業を営む傍ら、特定亜人収集と奴隷商人などを手広く行っている」
あくまで【ルーヴァリアル家】のコトは秘密なのか。なにも知らない選出者が聞いたら、ただの極悪人としか思われないだろう。
「よくよく考えればだ、おまえは適性S+のネクロマンサー。しかも人族だ。ネクロマンド族は定期的に他の種族との交わりを行い、血が濃くなり過ぎないようしている。そのため、交易を持つわたしたちから定期的に人族の【奴隷】を買っている。ローはわたしたち奴隷商人との交易、繋がりを強固なものにするために、過去にわたしの祖父が奴隷20人と引き替えに買い取ったものだ」
「……アーガスさんから聞きましたけど、ネクロマンド族って、その、魔族ですよね」
「そうだ。そしてネクロマンド族は【ネクロマンサー】の始祖と自負している誇り高い魔族だ。ただ、他種族とでは【ネクロマンサー】の出生は多く期待できず、産まれた子供のうちの半数以上はウチが買い取っている。魔族の子は高く売れる」
お頭が喉の奥でククク、と笑う。
「…………」
「話がそれたな。ネクロマンサー適性S+はネクロマンド族のなかでも滅多に産まれない存在だ。わたしたちも奴隷を検査し、極力適性D以上を選ぶことにしている。
まあ……良かったなトーダ。ネクロマンド族の集落に行けば、重宝されること間違いなしだ。老若男女問わず、必ず全員の女との性交を持つことが出来るだろう。死んだ妻のことなど忘れて、愉しんでくるといい」
「断ってもいいですか?」
一応、自分の意思を示してみる。お頭は銃口をこちらに向けたまま、かぶりを振った。
「あいにくと、おまえをこれ以上有効活用できる方法は無い。この取引が成功したなら、今回のことなど失敗のうちには入らない。そして我々《ルーヴァリアル家》とネクロマンド族はより強固な繋がりとなるだろう。嫌ならこの場で自分の性器でも切り落としてみせるんだな。それならそれで、おまえの『死体を消す能力』と『治癒能力』を我々のために、死ぬまでこき使っていくだけだ」
なるほど。完璧な作戦っスねー。不可能だっつー点を除けばよぉー。
俺は観念したように肩をすくめて見せた。
「どうやらそれが一番利口みたいですね。逆に考えれば、お頭達から解放されて、ネクロマンサーとして活動できるわけでしょう。ひょっとすると条件付きで【オーブ】を探しに行くことも出来るかも知れない。考えてみれば、悪くない条件ですね」
「…………ふん。抵抗して泣きわめくかと思えば、潔く受け入れるとはな。……わたしはおまえのような思考の読めない人間が一番嫌いだ。ただまあ、売ったあとのおまえには、わたしたちは関知しない。ネクロマンド族とは今後も良好な関係を保てると思っているさ」
あはははは。王子様と結婚できたシンデレラが意地悪をしてきた継母達に復讐しなかったとでも思っているのか?
自分のことしか考えられないのか、こいつは。
そうこうしているうちにアーガスが戻ってきた。
両手に麻袋を二つ手にしていたので目的のモノは見つかったのだろうけど、行ったときよりも険しい顔で疲労が滲んでいた。
アーガスは、地べたに座り込んでいた俺には目もくれず、お頭に走り寄ると、なにやら耳打ちをした。お頭の眉間に再び深い苦労皺が寄る。
お頭の指示を受け、アーガスは麻袋から筒状のクラッカーのようなやつを取り出すと紐を引いた。それがこの世界の照明弾らしい。ボン、と光の球が飛び出したかと思うと、上空20メートル付近でぱぁっと白く光り、5秒ほど光り続けた。
原理こそわからないが、最後にドーンとかパーンとか音が出ないところが花火と違うのだろうか。
3分ほど経って、盗賊どもが集まり始めた。
「お頭。相手は二人組の【魔物使い】だ。二人とも黒い魔物に乗って逃走している」
「飛んだりぶら下がったり、あいつら完全にからかってやがる」
「身軽さではあっちの方が上でやす。なんせ、屋根の上にも駆け上がれるんでやすから。このままじゃ村の外に逃げられてしまいやす」
ロードハイム、ボルンゴ、トルキーノが息を切らせながらやってくると、全員一様に宿屋が燃えてるのを驚いていたが、それよりも屋根の上に現れた二人組の行方について報告した。
「サブンズ達はどうした」
「今も追ってやす。弓で狙ってやすが、うまくスキルを発動できないからってぼやいてやした。ハルドライドもドルドラと一緒に……あ。二人とも戻ってきやした」
見ると、でかいハンマーを手にしたドルドラがえっほえっほと駆けてくるのが見えた。その後ろをハルドライド……そしてパビックがなにやら話し合いながら小走りで駆けてくる。
「ロドルクの奴が見当たらねーけど、いたか?」
「いや、途中から見てない。またあいつビビってんじゃねぇのか」
「ゼゼロもいないぞ。まだ寝てんのか?」
ロドルク、ゼゼロ、サブンズの3名を除いた8名+俺がお頭の前に集まる。ロー公は未だ炎の中だ。……少し遅くないか?
「マジか。宿屋まで燃やされちまったのかよ。ま、いいけどよ……」
ハルドライドがあきれたように嘆息する。
パビックは憔悴したような顔で目を伏せながらも、びくびくとハルドライドの後ろに張り付いていた。どうやらハルドライドに打ち明けたらしかった。
「パビック。おまえ指輪はどうした。【盗賊の指輪】だ。なぜ外している」
ロードハイムがパビックに詰め寄る。
「あ、あ、あ、俺俺俺。そのさっき、おとおと落としてしましましまって……」
「馬鹿か。指輪を落とすわけないだろう。通りで『連信』が送れないと思ったらおまえが原因か。『主信』のくせに勝手に外したのかこの野郎」
「はひっ、すみすみすみません……」
パビックがガタガタと震えていて、尋常ではない恐がり方だ。
「ハルドライド、何があった」お頭が聞く。
「いえね。覆面のひとりにパビックがとっ捕まったんですよ。そんときに魔物に噛まれたって言うか、でかい蜘蛛に噛まれたみたいで。そしたら急にこうなっちまって」
「……でかい蜘蛛だと……? どこを噛まれた」
アーガスがパビックに近寄り、肩に手を掛けようとした。だが、パビックは急にその手を振り払うと、泡を吹きながら言った。
「寄るなぁぁぁ!! そうやって俺に近づいて今度は俺を殺すんだろぉぉ!!」
「……錯乱しているようだな。おそらくその毒蜘蛛のせいだろう。パビック落ち着け。深く深呼吸をしろ。……おいトーダ。仕事だ。パビックを治せ」
お頭は俺の方を向くと、来いと手招きをする。
――と、パビックが急に腰からナイフを抜き、むちゃくちゃに振り回しだした。
「触んな触んなぁぁ、来るなぁぁ!! 誰も俺に近づくな! うぉぉぉぉ!!」
「いい加減にしろよ、こいつ」
パビックのナイフにも全く動ぜず、ハルドライドが近づくと、気合いの入った左フックをお見舞いした。ナイフがパビックの手からこぼれ落ち地面に突き刺さる。
パビックは一瞬我に返ったかのような顔をしたが、
「な、何で俺のこと殴るんすか! お、俺アニキのこと信用して全部打ち明けたのに、何で俺のこと殴るんすか!!?」
パビックはぶるぶると身を震わせながら2、3歩後ろに下がる。
「そうか! アニキも俺を殺すつもりなんだ! そうなんだろ?! アンジェリカを殺したのがアーガスさんだってお頭にバラされたくないから、俺を殺してしらばくれようってんだろ!」
もうぐだぐだだ。
正気っぽいときにそれを口にしたなら笑われるくらいですんだだろうが、口から泡を吐き、右目と左目の焦点が合っていない顔で言われても、駄目だこいつ早くなんとかしないと、としか思われない。
ハルドライドがポリポリ頭をかきながらパビックに近寄る。
「やっぱゼゼロみてーにうまくいかないよな。パビック、オメーも動くんじゃねーよ。うぜーから朝まで気絶してろ。な?」
「……っ」
パビックは身を翻らせると、足をばたつかせながら逃げ出した。
「捕まえろ」
「ほっとけばいいんじゃないか? 朝までには正気に戻るさ」
ハルドライドが肩をすくめながら言う。お頭はホルスターから銃を抜きながら、
「ゼゼロが殺された。相手はただの魔物使いではないだろう。これ以上状況を混乱させるな」
「はぁ??! ゼゼロが??」
驚きの声を上げたのはハルドライドだけではない。この場にいるゼゼロの死体を見ていない者全員が目を見開いた。
お頭が銃口をパビックに向ける。が、まあまあ、とハルドライドが手でそれを制すと、パビックのナイフを拾って投げた。「ぎゃぁぁ!」とパビックが脚を押さえて悲鳴を上げて倒れた。
容赦ないな。人を傷つける行動に躊躇いが無いのは単純にすごいと思う。
「トーダっち。あと頼むわ」
「わかりました。解毒と治療ですね」
俺は小走りでパビックに近づいた。ナイフはふくらはぎに根元まで刺さっていて、ひとりでは到底抜くことが出来ないのだろう、パビックは痛みに震え、泣きながら呻き声を洩らしていた。
「パビックさ――」
呼びかけようとしたそのとき、民家の屋根の上から『クルルルルル……』とダダジム達の声が聞こえた。姿は見えない。合図だなと思った。
俺はお頭達の方に振り返ると、いた。身をかがめたロッドが右手を垂直に伸ばし
待機している。
俺は村長の家の屋根を指を差して大声を出した。ロッドが動き出す。
「お頭! いました! あそこっ、屋根の上です!!」
お頭達がその声に反応して屋根の上を見上げた。そこには連なる民家の屋根に飛び移り疾走するダダジムの群れと、そのうちの1匹の背に掴まるロッドの覆面姿があった。ロッド達はあっという間に走り去ってしまう。
お頭が何かを発した。だがそれはパビックの悲鳴に掻き消された。
「ひゃ、ひゃああああああ!!!!」
別働隊のダダジム数体がパビックに群がり、傷ついたその身体を引きずっていこうとしていた。
「ま、待て!!」
俺は大声を上げながら引きずられるパビックのあとを追った。盗賊達も数名俺のあとを追ってくる気配があった。だが、残りの数名はロッド達の方に向かったはずだ。
ダダジム達が角を曲がる。俺もそのあとを追って角を曲がった。
するとすぐそこに覆面のアンジェリカがいた。パビックの顔の上にはダダジムがのしかかっていて、じたばたと藻掻くパビックを押さえ込んでいる。
――ドクン、と心臓が跳ね上がり、初めて出会った頃のような胸のざわつきがわき起こる。
俺はすべてを飲み込むと、
「首尾は」
「上々ね」
アンジェリカが『手のひらの部分だけ穴を開けた手袋』を、パビックの懐に忍ばせた。おそらくは、心臓の上に接触させるつもりだろう。
手袋装着は彼女なりのシーフよけのつもりなのだろうか。
「ロドルクとサブンズがいない。あとロー公も見失った」
「了解。ヒレイを増やして探るわ。あと10秒でこいつからダダジムが飛び出すわ。ふふっ。腰抜かさないでね。じゃまたね」
「俺がいるとき、状況不利と感じたら蜘蛛を俺にけしかけろ。混乱したふりで俺のクグツを発動させる」
アンジェリカがぴくんと反応した。
「蜘蛛のこと、知ってるの?」
「ネクロマンサー舐めるな。次はサブンズを狙え。弓術士はやっかいだ」
「ふふっ。どうしようかしら」
「俺のクグツは広場に一体だけ放置されていたロッドの母親だ。指輪を持っていくまで待機させている」
「…………そう」
「そろそろ行け。追っ手が来てる」
「わかってるわよ」
アンジェリカが4体のダダジムの上に腰掛けると、猛スピードで走り出した。俺は地面に膝を付くと、パビックの足首を両手で掴んだ。すぐ後ろから駆けてくる足音が聞こえてきた。
パビックに絡みついているダダジムは2匹――俺の知っているダダジムとは毛並みが少し違うので、これはゼゼロから産まれた奴だろう――に目配せをすると、2匹のダダジムがパビックの顔から離れ、代わりに両腕を持ってパビックを引きずり始めた。俺はその怪我をしている方の足首を両手でしっかりと掴む。ずりずりと10メートルほど引きずられる簡単なお仕事です。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
パビックが絶叫する。なんせナイフの刺さった脚は地面に接し、仰向けのまま俺ごと引きずられていくのだ。
「パビック!」
角を曲がり、ロードハイムとボルンゴが駆けてきた。ダダジムはそこでパビックの手を離すと、二手に分かれてすたこら逃げていったとさ。
パビックは激痛に耐えかね気絶してしまったようだ。ピクピクと痙攣し、口から泡を吹いていた。
「よくやったトーダ! ナイスガッツだ!」
「いいえ。それよりもパビックさんの様子がおかしいです!」
そろそろ10秒だろう。
ここで俺が治療を始めてしまったら、あの妊娠出産シーンが俺のせいにされてしまう。ここはお頭立ち会いの下、大いに混乱してもらわなくてはいけない。
ビクン、とパビックの身体が跳ねた。ブ、ブブ、ブ、ブッと唾を吐きながら痙攣しだした。
「トーダ! 何をしている、早くパビックを治せ!」
追いついてきたのか、息を切らせながらお頭が現れる。
「わかりました! やれるだけやってみます! でも、様子がおかしいです。毒……いえ、病気かも知れません、俺に近づかないでください」
俺は適当なことを言って周囲を遠ざけると、パビックのそばに跪いた。
左手を膨張を始めた腹部に押し当てる。するとすぐに【転用Lv5】が必要ですよーとの返答があった。Lv5まで行けば生け贄召喚すら回避できるのか。すげー。
すでにパビックの腹は8ヶ月の妊婦並みに大きく膨らみ続けていた。エアーコンプレッサーでもへそに突っ込めばこんな風に腹が膨れていくのかと思うくらい急速に膨張を続けるパビックの腹部は、ついにズボンのベルトを切り、服を破り、弾けんばかりに膨らみきっていた。
「お頭、無理です。回復を受け付けてくれません!」
お頭に向かって叫ぶ。パビックの充血した目が俺を見上げる。口を開く。「裏切……」「しゃべらないで! 安静に!」のど仏をグッと押す。パビックが咳をした瞬間、膨らみきった腹が内圧に負け、破裂した。
「クルルルルル……」
血煙が舞い、産声が聞こえた。俺は顔に降りかかった細かな返り血を拭いながらそれを見た。
ダダジムの幼体が6体、互いに身を捩らせ合いながらそこにあった。目も開いていない、ただ、黒い6体の小さな生命体がパビックの剥き出しの腹部の上に存在していた。1体当たりの大きさは成体のそれよりもずっと小さかったが、確かにそれはダダジムの姿をしていた。
「…………」
誰もが言葉を失っていた。
答えを知っていた俺ですら、この生命の神秘に声を発せずにいた。やがて、ダダジムがうぞうぞと身じろぎを始めた。むずがり自分の顔を擦り、酸素を欲し欠伸のように口を広げる。歯がまだ生えていない。
「……せっ」
魅入られたかのように動けなかった俺に、いや、俺以外の誰かにお頭が言葉を発した。
「殺せ!!!」
「わぁあああああああああああああ!!!」
お頭のその命令を掻き消すように、誰かの叫び声が耳朶を打った。俺自身もそれらに倣い、同調し、恐怖を誘うように喉を震わせていた。視界の端に、オレンジの光が宿った。アーガスが剣を抜き、灼熱を宿らせたのだ。このダダジムの幼体を殺そうというのだろう。そうはさせるか。
だが、そのときどこからか何か液体のようなモノが目の前のダダジムの幼体にかけられた。唐突すぎて理解が追いつかなかった。そして次の瞬間、視界がぶれ、頬にわずかな風を伴って……気がつけば、目の前から幼いダダジムが消えていた。
「上だ!!」
その声に従い、ただ上を見上げる。屋根の上だ。
ああ。と俺は舌を巻いた。
そこにはそれぞれ2体ずつ幼体を抱いた3体のダダジムがいた。ダダジムの腹部には巨大な蜘蛛がその腹を脚で巻くようにして存在し、月の光に照らされてキラキラと尻から糸の液体を滴らせていた。召喚獣同士の連係プレイか。どうやら先ほどの液体は蜘蛛の尻から出た糸だったのだろう。その糸でまんまと幼体を回収したのだ。
「クルルルルル……」
おっきなダダジム達がそう鳴くと、サッと姿を消した。俺たちはそれを見送るしか無かった。
「パビック」
アーガスが灼熱の魔剣を手に俺のそばまでやってくると、膝を付き、手のひらでパビックのその目元を閉じた。
「すみません。でも、治療が間に合わなかったというわけではなく、そもそも治療を受け付けてくれませんでした」
「…………ゼゼロの時と同じようだな」
「同じだと思います」
アーガスは無言で立ち上がると、お頭の方へ歩いて行った。それと入れ替わりにでかい身体のドルドラがパビックの前に膝を付くと、おいおい泣き出した。俺は慰めの言葉でもかけようかと思ったが、その泣き顔があまりにアレだったため、俺はドルドラの肩に手を置きながら膝を払って立ち上がった。
ロードハイム達が議論を交わしている。
「どういうことだよ、これは! 今のは一体何だったんだ?! は、腹から産まれたアレは魔物じゃなかったのか!?」
「腹を割いて6匹の魔物が産まれたっつーことは、パビックの奴、いつの間にかカマ掘られてたってコトか。おっかねーな」
「パビックがおかしくなっていたのも、それが原因でやすか」
「かもな。ところでアーガス……」
ハルドライドがひょいとアーガスの方を向いた。
「さっきパビックがよ、『自分がアンジェリカのところにやってきたとき、先にアーガスがいて怒られた』っつってたんだがよ。アンタ、アンジェリカの所にいたのか?」
「……まさか。私は捕虜の所には行っていない。誰かと間違えたんだろうな」
アーガスが静かに答える。ハルドライドは肩をすくめ、パビックの亡骸に目を落とす。
「ま。現にこうしてパビックを殺した犯人が別にいることだしな。疑っちゃいねーけどよ」
「そのことだが。ハルドライド。さっきアンジェリカの焼死体に突き刺さっていたナイフをわたしの【鑑定】で調べてみた」
ハルドライドの目がお頭に向けられる。
「柄ごと灼けて使いものにならなくなっていたが、刀身に刻まれていた文字があった。あれはおそらくカルシェル・シルバードのものだ」
「……へぇ。やっこさんだったのか、あの覆面はよ。するってーと、隣にいた奴は……」
その言葉を遮るように、サブンズが何かを引きずりながらやってきた。
「ハルドライド。お頭。そうとは限らないようだぜっと、おらよ」
気合いとともにその黒い固まりを地面に転がした。
俺は「あっ」と声を上げそうになるのを辛うじて押さえた。
「なんだ? ガキじゃねーか。ここの村の生き残りか?」
「さっきおまえらのところから、魔物に乗って屋根を伝っていたやつだ。ローに追われて方向転換したところを俺が仕留めた」
そう言うと、サブンズは蹲っているロッドの腹を蹴った。くぐもった呻き声は小さく、蹴られた勢いのままロッドは仰向けになった。血と泥にまみれた下腹部からは身体を貫通した鏃の部分が飛び出していた。
ゴホッとロッドが咳をした。唾液に混じった血が口元を染めていた。
それを見たと同時に、俺の身体に異変が起こった。前触れもなく身震いが起こり、ややあって俺は自身の変化に気がついた。状況の悪化とは裏腹に、気分が高揚し、内蔵が踊るような快楽を覚えた。
平常心スキルが強制リセットされたのかも知れない。
なるほどなるほど、と堪えきれず喜悦が貌に浮かぶ。それを隠すように俺は左の手のひらで顔を拭った。喉の奥から笑い声がノックする。息を止めて、現状に向き合う。目を閉じて、静かに裡を覗き視る。網目のような思考で選択を促し、感情の抑揚を自制する。
我欲の波が収まるのを待って息をすると鼻腔が開き、顔全体を覆う鉄錆びた血の臭いがした。
手のひらの陰で、知らず知らず、舌が伸びていた。
心のスイッチを押す。良心が外れる。ついでに感情を切り替えておく。
どうやら俺はとうとう……。




