囚われの身
「あの、俺なら『解毒』できますけど……」
俺の発言に、緊迫していた空気の質が変わった。
「……ほぉ? それが“嘘”なら怪我をすることになるな」
「はい。“嘘”じゃありません。――その証拠に、さっきトルキーノさんに受けた『毒』も俺の力で『解毒』しましたから」
お頭の頬がぴくりと引きつるのを見た。
「お頭。トルキーノぶっ殺してもいイ? ボクの“仲間”、お頭の命令を無視して傷つけたトルキーノ、ぶっ殺してもいイ? いいよネ? お頭? 約束破ったトルキーノが悪いんだもんネ」
眼の色を赤黒く変えてお頭に歩み寄ろうとするロー公。
「ま、待て。ロー」
アーガスがお頭を庇うように前に出る。トルキーノは俺の後ろにいて見えないが、たぶん、頬をお頭以上に引きつらせていることだろう。
「あの。『ビニール袋』、返してくれませんか? 返してくれたらロードハイムさんを『解毒』しますし、トルキーノさんのことだって冗談にします」
「てめぇ、立場を考えろ! ぶっ殺すぞ!」
後ろからボルンゴの罵声が聞こえるが、知りませーん。
さて。返答はいかに? 手下が後数分のうちに2人以上死んじゃうよん。にひ。
さすがに笑みを浮かべたりはしないが、努めて冷静に、視線を合わせないようにして待つ。
「アーガス、“治療報酬”の前渡しをしてやれ」
「……わかりました。ほら」
“治療報酬”ね。盗賊稼業なだけに“返す”なんて言えないわけか。
俺は帰ってきたビニール袋を素早く【アイテムボックス】に放り込むと、立ち上がった。そこでようやくお頭と目が合った。
眉間にしわを寄せているお頭が顎でロードハイムの方を指した。俺は小走りで患者のところに向かった。ボルンゴが目に涙をためていたが、隙間を空けて俺を入れてくれた。
「妙な真似するとぶっ殺すぞ!」
「大丈夫です。触れるだけです」
みると、ロードハイムはすでに虫の息だった。大丈夫なのかよとロードハイムの額に手を当てる。
『状態異常:“毒”を確認しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』
『はい』を選ぶ。
『以前の状態まで戻すのに 12% の【魄】が必要です。実行しますか? 258/12 はい/いいえ』
『はい』を選ぶ。すると、また熱いものが心臓から左手を通り、ロードハイムに注がれるのを感じた。
「…………」
「おい。どうなんだ? ロードハイムは治ったのかよ」
「……治りました。『解毒』はうまくいったはずです」
たぶん。
「なら、なんでロードハイムは目を覚まさねぇんだよ!!」
ボルンゴが俺の襟首を持ち上げて、締め上げる。ちょ、おまえそんなことしたら……!
案の定、恐い顔をしたロー公が今まさに【死霊の槍】を繰り出そうとしていた。
俺は目で必死にそれを止めようとしたが、ロー公には届きそうもなかった。
「んがっ」
そのとき、ロードハイムが息を吹き返した。その声を聞いて、ボルンゴが手を緩めた。俺は地面に落ちて尻餅をついたが、「ま、待った」とロー公を止めることが出来た。
「無事か?! ロードハイム。おまえ、死んだかと……」
「んごぉぉぉぉ~~。ごぉぉぉぉ~~」
ロードハイムはいびきをかいて眠っていた。
「いや、起きろよこの野郎!」
ボルンゴがロードハイムの横っ面をひっぱたいた。「うごっ!」と言ってロードハイムは目を覚ました。
「ああ? 何でてめえに殴り起こされなきゃならねぇんだ?!」
「いいからとっとと起きやがれ!」
「でかい図体して、何やってるんだ。ロードハイム、おまえ今毒で死にかけてたんだぞ」
「マジか。覚えてねぇや」
俺はやれやれと身を起こしてお頭の反応を見ようと振り返るが、そこでは、今度はロー公が矢傷を負っていた。
サブンズが射たのだろう、背中に一本矢が突き刺さっていた。
「お頭。サブンズはどうしてボクに矢を射って来るノ? ボク、何もしていないのニ。そうでショ? ……それとも、お頭がサブンズに命令してボクを攻撃させているノ?」
ロー公はゴホリと血を吐いた。矢は右肺に達しているようで、ロー公が息をするたびヒューヒューという音がする。
「……わたしがおまえを攻撃させるわけ無いだろう。あれはサブンズが独断でやったことだ。ロー、おまえが――」
ボルンゴを殺そうとしたから、そう続けたかったのだろうが、それを言う前にロー公は動いていた。
「じゃあ、悪いサブンズにはお仕置きだネ」
ロー公は【死霊の槍】を逆手に構えると、サブンズに向かって槍を投げた。槍はまさに矢のような速度で飛び、サブンズの弓を砕き、その肩を物見台に縫い付けた。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
サブンズがけたたましい悲鳴を上げた。
俺はひとり、皆が凍てついて動けないでいるところ、ロー公に駆け寄るとその背に左手で触れた。
「少し痛みますよ。我慢してください」
【転用】を開始する。「平気だヨ。ありがとうトーダ。やっぱり仲間は優しイ」そう言い終わるか終わらないかのうちに、ロー公の背に刺さっていた矢が抜け落ちた。
「ロー、おまえなんてことを!」
アーガスがロー公に向かって剣を抜きかけるが、ロー公が左手を天にかざしたのを見て、それをお頭が止めた。
『【死霊の槍】よ。我が呼び声に応え、我が手に集約せよ。我が名はロー・ランタン死霊を束ねる者なり』
初めは、なにか黒いガスのようなものが集まりはじめた。黒く水気を含んだようなそれは、やがて粘り気さえ感じられるほどに固まりだし、ロー公の手を中心に、黒いマグマが噴き出すように上へ上へと、黒い蝋燭が火に追われ溶け出すように下へ下へと伸びてゆく。
そしてそれは形を成し、黒い一本の槍に型に収まった。
――その間、わずか10秒足らず。
【ネクロマンサー】ロー・ランタンが新しい【死霊の槍】を手に笑っている。
物見台の上では、黒い槍に貫かれたままのサブンズが助けを呼び、村で待機していた盗賊の誰かがハシゴを登っているのが見えた。
ロー公は【死霊の槍】を量産できるのだろうか。
「トーダ、と言ったな。ここでは落ち着いて話もできない。続きは村で聞こう。ロー。おまえも同席しろ」
「ウン! ボク、トーダと一緒がいい!」
「ああ、そうだロー……」
お頭はおもむろにロー公に近づくと、いきなりその頬をひっぱたいた。
ぱしん、という音が響き、周囲の人間を驚愕させていた。……ロー公以外。
「人の話は最後まで聞け。……でないと、おまえのその軽率な行動でわたしの手下が傷つく。わかったな?」
注意と、報復を兼ね備えた一撃なのだろうか。だが、ロー公はけろっとしていて、
「ウン! お頭の話は最後まで聞くヨ!」
「わかったなら咎めはなしだ。アーガス、先に村に戻って、サブンズの傷を看てやれ。治療薬を惜しむな。トルキーノ、先導しろ。森の2人とパスを繋いでる者は呼び戻せ。ロー、そいつは“捕虜”として扱え。両手の親指を握って離すな」
「ウン! トーダ、両手の親指出してネ!」
両手の親指をロー公に握られる。普通は温かく感じるようなものだが、ロー公は体温が低いのか、どんどん熱を吸い取られていくようだ。
あと“指錠”みたいなものか、コレ。ロー公はそっと握ってくれているようだけど、絶妙な力加減でうっかり外れる気配はない。
ロー公はうれしそうにしているが、村に入ってしまえば、逃げ出すことはより難しくなるだろう。アンジェリカのこともあって、村に向かうのはやぶさかでもない……ことも無いが、肝心のダダジムご一行の行方が未だ杳として消息が知れない。
……大丈夫だと思うけど、大丈夫かなぁ……。
このままアンジェリカとご対面となったら、「何しに来たの?」とボロクソ言われそうだ。それともダダちゃんすでに村の中に入っているのかな?
……ザイルさん、無事かな? 助けに来てくれないかな? でも、ロー公相手じゃすぐに殺されそうだな。
「ン? どうしたの、トーダ?」
俺の心配事が伝わったのか、ロー公が微笑みかける。指錠恐るべし。しかし、連行する男に微笑まれても物悲しいだけだ。
一瞬、三兄のことでも聞いてみるかと思ったが、やぶ蛇になりかねないからやめた。
「えーと、俺、これからどうなっちゃうのかなって、思って、心配で」
少し前を歩くお頭にも尋ねる感じで聞いてみた。
「きっと大丈夫だヨ トーダはボクが守るかラ! これからずっと一緒だヨ!」
「あー……。“ずっと一緒”。あー。はいはい」
プロポーズを受けたような気がするが、聞き流さざるを得ない。ロー公は男だし、この指錠、村に入ったらちゃんと外してくれるよね? 食事のときも寝る時もトイレのときも握られてるってこと無いよね?
それも聞きたかったが、答えが恐いのでやめておくとこにした。
「でも、トーダはすごいネ。ボクが指錠する人はだいたい心臓がドキドキしてる場合が多いのニ、トーダはあんまりドキドキしてないネ。やっぱりボクと一緒にいて安心してるからだネ!」
「そーですねー」
村の門をくぐる。もう後戻りは出来ないし、これからのことを考えなければいけない。
村は閑散としているが、あちこち荒らされた跡がそのまま残っていた。
物見台の上には誰もいない。サブンズは下に下ろされたようだ。
先に村に戻っていたアーガスがやってきて、お頭に何かをささやく。お頭は「わかった」と頷いていた。その表情は芳しくない。サブンズの容態が悪いのだろうか。
ふと、広場の方に目をやると、死体がひとつ残されていた。あの場所にはひとつどころではなく、死体の山が築かれていたはずだ。よく見ると、むき出しの地面に何かを引きずったような跡が何重にもあった。その跡は一軒の家に続いていた。死体の山はその家に収納さられたのだろう。
倒れている死体に【鑑識】をかけてみる。
・マチルダ・サガンス・ドルドレード <女・58歳>
・【ジョブ】 ―
・ドワーフ族
他の死体は片付けられたのに、どうしてマチルダって人の死体はそのままなのだろう。不審に思っていると、
「あのネ。ひとつだけ見えるところに死体を置いておくと気が緩まないんだっテ。お頭が言ってタ」
コメントする気も失せたので、俺は何もしゃべらなかった。
お頭が歩き出し、ロー公もそれに続いたので俺もそれに続いた。マチルダさんの横を通る。……頭部が欠損していて虚ろな目が宙を見ていた。
俺たちは二階建ての家の前に来ると止まった。ドアの隙間から明かりが漏れている。中から数名の声も聞こえてきていた。
お頭が振り向くと、「ロー、おまえはしばらく口を開くな」と指示した。ローが元気よく「ウン!」と返事をする。
「暗視、夜視の効く者を呼んで物見台に登らせろ。残りのうち2名は今村を巡回している者と交代しろ」
そうボルンゴ達に命令すると、アーガスが開けてくれたドアの中に入っていった。アーガス、ロー公、そして俺と続く。
中にはカウンターテーブルがあり、電灯……ではない何かが天井に張り付いて白く灯っていた。奥に続く通路、そしてその隣にも部屋があり、そこから話し声がした。サブンズはそこに運び込まれたのだろう。
「アーガス、ローを連れて先に二階に上がっていろ。サブンズの様子を見たらわたしも行く」
「わかりました」
そして階段を上る。ギッギッっと年季の入った音をきしませ、二階に到達すると、アーガスは壁をこすり始めた。何をしているのだろうと思ってみていると、やがてなにかビー玉のような突起物に触れたかと思うと、ぱっと明かりがついた。
だが、不思議なことに“光源”がない。天井を見ても蛍光灯らしきものもない。
どういう仕組みかわからないので、隣にいたロー公に聞いてみる。
「ロー公先輩。今、あの人が触れたのって何ですか? 急に明かりがつきましたけど」
「あれはネ、『魔光灯』って言うんだヨ。自分の魔力をネ、灯りに変えてくれるものなんダ。空間そのものを明るくしてくれるんダ。『光属性』の魔石で出来ているんだっテ」
「へぇ……。勉強になります」
「ウン! 何でも聞いてネ」
後輩に頼られていい気分なのか、ロー公は鼻歌交じりだ。二階の廊下を歩く。二階には三部屋ほどあり、俺たちは奥の部屋に入った。
アーガスが『魔光灯』に触れ、部屋が明るくなった。飾り気のない部屋はそれほど大きくはなく、六畳ほど。簡素なベッドとテーブルと椅子、それに窓があるだけだ。生活感に乏しいが、消してほこりっぽくは感じなかった。ひょっとするとここはこの村の宿屋だったのかも知れない。
アーガスは直立不動のまま、ジッとこちらを伺うような目で見つめてくるし、ロー公はロー公で『魔光灯』についてあれこれうんちくを語ってくる。ベッドも椅子もあるのに誰も座ろうとしない。いや、俺とロー公は指錠で繋がっているのでベッドに腰掛けたらかなり危険な雰囲気になるので遠慮したいが。
つまり、立ってるのが正解か。お頭待ち状態。
ふと、何気なく窓から下を見ると、見覚えのある姿が外を歩いていた。
アドニスだ。思わずあっと叫びそうになる。すぐにロー公が気づき、目線が窓の下に向いた。
「あ。ボクの【クグツ】ダ」
そう言うとロー公は上に持ち上げるタイプの窓を開け、アドニスに向かって呼びかける。
「死体の片付けが終わったらみんなのところに行って手伝いをしてテ」
アドニスがこちらを向いた。
ソイツの顔を一目見て、ああ、アドニスは死んだのだと理解した。
ソイツはもう、アドニスの顔をしていなかった。どんよりとした口元。薄く開いた赤い瞳とは対照的な精気の抜けたような顔周り。あの端正な顔をしたアドニスとは似ても似つかなかった。
ソイツとは意思疎通が可能なのか、ソイツは頷くと、とぼとぼと広場の方へと歩いて行った。
ソイツには俺が目に入っていなかったらしく、小さく手を振る俺には何の反応も示さなかった。
…………。
さて、当面の目標は元アドニスの【魄】の回収にしようか。元アドニスは雑務に役立っているようなので頃合いをみてロー公にお願いをしてみることにしよう。
だいぶ胸がざわついてきたので【鑑識オン】で見てみると、案の定【平常心スキル】もろもろがすべて外れていた。
そういえばもう日が沈んでしまっている。森の中じゃなくても薄暗い。刻が経つのは早いなぁ。この世界に来てから二度目の夜が来る。今夜は無事に眠れるだろうか。
ギッギッと階段を上がってくる音が聞こえてきた。
ちょうどいいタイミングだ。弔い合戦にはならないだろうが、せめて一矢報えるように頑張りたい。……まあ、そうなったら無事に眠れる保証はないわな。
俺はすべてのスキルをオンにして、お頭を迎え撃つことにした。
ああそうだ。
せめて今のうちにあくびでもしておくか。ふぁ~……。
アドニスの顔を見た時に流すはずだった涙が、目の端からこぼれた。
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