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ネクロマンサーは泣かない  作者: あど農園
36/103

盗賊

「あ。お頭~。今戻ったヨ~。ちゃんと侵入者連れてきたヨ~」


 ロー公は歩く速度を変えず、手を振りながら進んでいく。俺も仕方なく後に続く。

 お頭側は何を警戒しているのか、歩きながら編隊を指示した。後ろの2人が左右それぞれ森に入り、見えなくなる。お頭の隣にいた厳つい顔の男がひとり歩く速度を速めた。


「ロー公先輩、村の物見台にまたサブンズが上がりました……」


左前方を歩くロー公に小さく呟きかける。


「ウン! 見えてるヨ。大丈夫、任せテ! トーダはボクが守るかラ!」


 ありがたいことにロー公は俺に向けてそう宣言すると自分の胸をドンと叩いた。ずんずん大股で近づいてくる厳つい顔の男どころか、お頭にまで絶対聞こえるような声だった。

あーもーどうにでもなれと俺も腹を決めると、ロー公の後を遅れることなく歩いた。


「ロー、そこで止まれ」


 お頭がローに命令する。ロー公の足がピタリと止まる。遅れて俺も歩みを止めた。


「ロー公、ソイツが侵入者だな? 手を頭の上で組ませて、膝を付かせろ」


近づいてくる厳つい顔の男が言った。ロー公が首だけを俺に向けると、小さく頷いて見せた。

 俺はその場で膝をつくと、両手を頭の上で組んだ。


「おい、手に持っているものを森の中に捨てろ!」


 厳つい顔の男が俺に命令をする。

 俺は手に持っていた服と矢を森の中に投げ込んだ。……が、服が木に跳ね返って下に落ちた。厳つい顔の男はそれに駆け寄ると、物色しだした。


「お頭。ただの濡れた服のようです。他に何もないようです」


 そう言って俺の一張羅をその場に投げ捨てた。そしてゆっくりと俺の後ろに立った。よく見れば全員ほどよい間合いで俺たちの周りを囲っていた。


「ロー。侵入者はそいつだけか? 残りはどうした? もうひとりいるはずだ」

「んーん。もうこの人だけだってサ! もうひとりはずっと最初に逃げ出しちゃったんだっテ!」


 お頭は小首をかしげて見せた。


「それはそいつから聞いたのか? それともそいつから聞きだしたのか?」

「? それってどっちも同じ意味だヨ?」


 ロー公もお頭の真似をして小首をかしげて見せた。

 お頭が言いたかったことは、俺が話したのを鵜呑みにしたのか、それともちゃんと拷問して血反吐と一緒に吐かせたのかってそういう意味だろう。

 ――と、お頭の口元が動くのが見えた。視線はフードで隠れて見えないが、おそらくは【鑑定オン】などと口にしていることだろう。

 案の定、ツイっとお頭の目線が上がり、俺と目が合った。俺は目線をそらすべきか迷ったが、そのまま見続けた。

 お頭は俺から目線をそらすと、ロー公に向けた。


「ルーザーとパイクを殺したそうだな。理由を答えられるか?」

「ルーザーがいけないんだヨ。ボクを斬りつけて殺そうとしたから殺しタ。そしたらパイクが『動くな』って言っテ、ボク動かなかったのにパイクが矢を射って来たから殺しタ。4本も刺さっていたかったヨ~」


 痛そうな顔と演技をするロー公に、お頭は「そうか」と素っ気なく言った。


「指輪は外してきたんだろうな」

「ウン! ちゃんと忘れなかったヨ!」


 ロー公は腰の道具袋を外して、中から指輪を四つ取りだした。お頭が隣の男に視線を送ると、男はロー公から指輪を受け取り、お頭に見せた。お頭はそれを一瞥すると、


「それでルーザーとパイクの死体はどこにある? 【クグツ】にして同行させなかったのか?」

「ルーザーとパイクの死体は、ボクの怪我を治すのに使っちゃったから【クグツ】には出来なかったよ」

「なら、運んでくることぐらい出来ただろう。今からでも村にいるあの【クグツ】にでも命令して運ばせろ」

「ルーザーとパイクの死体は、もう森の中で『お葬式』しちゃったヨ! ジョ、ジュ……ジョウカ? なんだっケ?」


 いきなりロー公がこちらに振ってくる。お頭の視線が再び俺に向く。


「……『浄化葬』です。二人の死体は俺が『浄化』しました」

「ならルーザーとパイクの死体はもう無いんだな?」

「ウン! 融けて消えちゃっタ!」


 冷や汗が一筋、俺の頬を流れるのを感じた。


「……わかった。もういい、おまえは不問にしてやる。ご苦労だったな」

「お頭。それでは皆に示しが付きません」


 左隣にいた男がお頭にそっと耳打ちをする。


「それはこいつの持っている情報次第だな。それ次第でルーザー、パイクの死が報われることになる。もちろん、情報が二人の死に釣り合わなければ、二人分の苦しみを分かち合ってもらうことにしようか」

「わかりました。今はひとまずそれで手を打ちましょう」


 恐ろしい会話がなされているうちに、俺は【鑑識】で自分の『平常心スキル』が働いていることを確認する。しかし、ただ奪われるばかりの立場というのは、心が平常運転していても体がついてこないのだろう。知らず知らずのうちに汗が噴き出してしまっている。

 お頭が一歩俺に近づくと言った。


「――さて、待たせたな。次はおまえの尋問を始めることにしよう。ただ馬鹿みたいに正直にわたしの質問に答えることを誓え。そうすれば危害を加えることはしない。正直に答えているうちはな。わかったな?」

「わかりました」


 一歩近づいたおかげでフードの下からは女の顔がよく見えた。『瀕死体験』で見た、あの冷酷な表情そのままだった。「危害を加えることはしない」とは言ったが、彼女が手を出さないだけで、周りの男どもに殴らせる可能性もある。


「まず、……そうだな、自己紹介をしてもらおうか。名前、生年月日、自分がどこで生まれ、どこで育ち、いつその指輪を手に入れたのか。なぜその【ジョブ】を選んだのか。話せ」


 上手なやり方だと感服する。

 俺は『瀕死体験』を通じて、彼女が『選出者』であることに気がついてるが、もしもそれを知らなかった場合はどうするか。おそらく、適当な町の名前を言って、偽りの過去を語り、お頭に突っ込まれ、そして殺されるだろう。嘘をつく人間から得た情報など役には立たないからだ。


「俺は19○○年、日本の――」

「19○○年だと! 嘘をつくな!!」


 槍を持った髭もじゃの男が、槍の柄を振りかざした。

 あー、なるほど、こういうパターンね。本当のことを言えばお頭の取り巻きに嘘つき呼ばわりされてしばかれる。嘘を言えばお頭に殺される。なんともな状況だ。

 俺は歯を食いしばって痛みに耐え――だが、衝撃は訪れず、代わりにガキンと音がして、目を開けば俺の背を庇うように【死霊の槍】が突き出されていた。


「ボルンゴ、この人を叩いちゃ駄目だヨ。この人はボクの『仲間』だから、『仲間』を傷つける奴はボク許さないヨ」

「キサマ、裏切るつもりか、ロー!!」


 髭もじゃの男――ボルンゴが怒号を発する。それに触発されてか、周りから俺にでもわかる殺気が溢れ出し、そのすべてがロー公に注がれていた。

 8人いる盗賊の内訳は、森に隠れた2人はわからないが、剣士が2人、戦士が1人、槍術士が1人、小男が投げナイフを構え、お頭がジッと俺を見つめている。

 お頭がおもむろに左手を挙げ、「全員、武器を収めろ」と言った。


「ロー、おまえにとっての『仲間』はわたし達ではなかったのか?」


お頭はロー公に向き直ると、優しい声で問いかける。ロー公はお頭に見つめられ、ニコニコしている。

 俺は視界の端で何か動くものを感じた。


「お頭は“雇い主の孫娘”で、みんなは同僚だヨ」

「そうか。まあ、そうだな……ところでロー――」

「矢が!」


 俺はサブンズが射の構えを取るのを見て叫んだ。


「ン、おっとっト!」


 ロー公が俺の声に反応して身を捩ったかと思うと、その手にはサブンズから射られたばかりの矢が収まっていた。あまりの動体視力にこちらが舌を巻くほどだった。


「エヘヘ。ありがとうトーダ。ちょっとだけ危なかったヨ。サブンズの奴~、あとでぶっ殺してやるゾ~」


 ロー公が物見台を見やり、手にした矢をベキリとへし折った。


「……いや、サブンズはあとでわたしから叱っておこう。おまえは手を出すな」

「ウン! わかっタ! それでお頭の話はなんだっだっケ。途中じゃなかっタ?」


 無邪気にニコニコとするロー公に、お頭の目元がぴくりと動く。

 おそらくはあの左手がサブンズへの合図だったのだろう。サブンズにロー公を攻撃させ、怯んだところを周囲の盗賊が押さえつける。そして邪魔の入らなくなったあと、俺の尋問を続ける。さらにいえば、俺の死体を使って、最後にロー公の回復に役立ってもらう予定も組み込まれていたのかも知れない。

 ――だんだんと女の本性が見えてきたが、この先もこれから先も身の安全はロー公頼みというのはいささか身が縮む思いだ。


「ああ、そうだったな。ロー、おまえにとってこの男はなんだ?」

「『仲間』だヨ。トーダはボクとおんなじ【ネクロマンサー】なんダ! ボク、部族以外の人で『仲間』を見かけたことってないからとっても嬉しかったヨ!」


 “ネクロマンサー”と聞いて周囲がどよめく。お頭はさっき【鑑識】で調べていただろうから別段驚いた様子もなかった。


「その男のためになら、わたし達を殺すことも厭わないつもりか?」

「んーん。ルーザーもパイクもボクを攻撃してきたから殺したんダ。だって前にお頭が、『どうしてものときは殺してもいい』って言ってたでショ? ボク、ルーザーに斬られてもうちょっとで死んじゃうところだったモン」

「……質問の仕方が悪かったな。わたしがボルンゴにその男を殺せと命じたらどうする?」

「ボクはトーダを殺させないヨ! だって約束したんだもんネー!」

「……ねー」


 ロー公に同意を求められ、殺伐とした空気の中、仕方なく一文字だけ悲鳴のように発してみた。嬉しいような、迷惑のような複雑すぎる感情が俺の中で渦巻く。おうち帰りたい。


「わたしとその男、どちらの方が大事だ?」

「どっちも大事だヨ!」


 質問内容がアレだね、しかも答えがバイセクシャルだね。


「お頭……」

「わかっている。ロー、おまえへの質問は終わりだ。みんなにはそいつへの手出しはさせない。これでいいな?」

「ウン! イイヨ!」

「わたしたちは――いや、わたしは手下をすでに10名も失っている。これ以上失いたくはない。ロー、今後わたしの手下を殺したいと思ったときは、わたしに許可を得てからにしろ。いいな?」

「ウン! わかったヨ! ……でも、近くにいない時はどうすればいいノ?」

「上手に気絶させるか、武器をはじき落とせばいい。できるな?」

「ウン! やってみるヨ!」


 ロー公は元気よく答えた。お頭の右手が伸び、ピタピタとロー公の頬に触れる。ロー公はうれしそうな顔で目を細めた。

 俺はそれもサブンズへの合図ではないかと物見台に目をやったが、サブンズは片膝をついたままこちらを見据えたままだ。ちなみに、お頭の右手にはめられている指輪はテープのようなものが巻かれていて『識別色』がわからなかった。


「待たせたな。……それで、日本出身で、そこから続きを答えてみろ。ボルンゴ、そいつが“嘘”をつくまで手を出すな。ロー、こいつに言ってやれ。“質問には正直に答えろ。嘘をつけば罰を与える”とな」

「ウ~ン。殺したりしなイ?」

「人には200本以上の骨があるんだ。嘘をつけば一本ずつへし折る。もちろん、嘘をつかなければ何もしない。質問が終われば、おまえもそいつも村に入れてやろう」

「ウ~ン……」


 ロー公が俺に伺いを立ててくる。ここで俺が首を横に振れば“戦争”が始まる。そんな空気だった。俺はロー公に頷いた。ロー公はホッとしたような顔をした。


「ウン! わかったヨ!」

「ああ、ではロー、少し黙っていろ。――おい。自己紹介の続きを始めろ」

「名前はトーダ。指輪はイザベラという女にもらった。ジョブは【ネクロマンサー】です」

「トーダ、だな。年はいくつだ」

「36歳です」

「…………へぇ。ははは、アーガス、おまえと同い年だそうだ」

「お戯れを。お頭」


 お頭の隣に立っている大柄の男の名前がアーガスか。執事のような、はたまた軍兵のような雰囲気がある。得物は剣だから【剣士】だろうか。よくわからない。

 だが、そんな冗談のためにあの“間”を取ったわけではないのだろう。たぶんあの時間を使って、“今”が西暦何年か計算したのだ。

 つくづく、食えない奴だ。アンジェリカの次くらいに俺と相性が悪そうだ。普通に嫌い。


「それで、どうして【ネクロマンサー】を選んだ?」


 俺はギリリと奥歯を噛んだ。


「妻が死んだ。……生き返らせたかった。イザベラが【ネクロマンサー】なら可能だと言った。それだけだ」

「ふぅん? まあ、いい。じゃあ……次は【アイテムボックス】の中身を出せ」

「…………」

「早く出せ。わたしの気はそれほど長くはない」


 【鑑識オン、俺】と呟く。目の前に映る画面の端にある【アイテムボックス】を指で操作する。

【アイテムボックス】は“選出者”全員が持つ能力のひとつで、異空間が開き、そこからアイテムをひとつだけ出し入れすることが出来る、らしい。


 ・アイテムボックス:1/1

 アイテムボックスを開きますか? はい/いいえ


 アイテムボックスの中身は、俺たちの世界の、俺のアパートにあったものがひとつ入っていた。俺が持ち込んだものだ。

 小玉を使ったイザベラとの質疑応答が終わり、次にイザベラが説明しはじめたのがこの【アイテムボックス】だった。

 イザベラは言った。


「最後に、今からあなたを1分間だけ元の世界に戻します。1分経っても再びここに戻って来ることはありません。次に目を開く時は、新世界エレクザードのどこかです。

 ああ、元の世界に戻っても、決してその間に『自殺』はしないでください」


 ――するか!? それで、なんで今更1分間だけ元の世界に戻そうとするんだ? そろそろ朝なのか? ひょっとして目覚めようとしているのか俺!


「期待しているところ申し訳ありませんが、1分後には後悔することになりますのでよく話を聞いてください。では、その1分間にして頂くことですが、実は新世界エレクザードにはあなたの世界から“ひとつだけ”物を持ち込むことが許可されています。何を選ぶかはあなたの自由ですから、よく考えて行動してください」


 ――質問はしていいのか?


「構いませんが、小玉は使い切りましたので、以前のような質問は受け付けておりません、あしからず。そうでないのであれば答えます」


 ――どうしてそんなことをするんだ? 


「“生存率”を上げるため、とでも言いましょうか。それとも“動機付け”や“遊び心”であるかもしれません。もっとも、こちらの都合で動いて頂くわけですから、ささやかな“プレゼント”と言っても過言ではないでしょう」


 ――ふざけろ。通報するぞ、コラ。


「ご自由に。ただ、『持ってこられる物』には制限がございます。

 ひとつ、生き物は持ち込めません。人間、ペット、細菌、ウイルス、寄生虫なども同様です。剥製、標本などは可能です。

 ふたつ、液体のような物は容器に入れてお願いします。容器と中身で二つなどとケチくさいことは申しません。機械や道具であっても同様です。工具一式なら工具入れごと許可できます。しかし、工具入れの中に“ナイフ”があれば、ナイフは工具ではないので持ち込めません。

 みっつ、携帯電話などは持ち込み可能ですが、新世界エレクザードでは通信機能が役に立つと夢にも思わないでください。ただ、アプリなどの使用は可能なので充電器と一緒にお持ちになっても構いません。なお、新世界エレクザードには『コンセント』はございませんので、あらかじめご理解ください。お金は持ち込めますが、新世界エレクザードでは使えません。カードも同じです。ですが、宝石は取引の材料になるかも知れません。

 よっつ、持ち込める“体積”“容積”“重量”はご自分で持ち運べる大きさ、重さでお願いします。【アイテムボックス】とは、“亜空間”のことを指します。最大直径1メートルほどの亜空間を開き、物を出し入れすることが出来ますが、両手で、自分で、取り出さなければいけません。以前、『選出者』が調子に乗って60kgほどの食料一式を段ボール箱にいれ【アイテムボックス】に仕舞いましたが、彼は新世界エレクザードについたとき、【アイテムボックス】から取り出そうとしましたが、両手で60kgを持ち上げることが出来ず、Lvが上がり、腕力がつくまで食料を取り出すことが出来なかったそうです。――つまり何が言いたいかというと、“中身が多くても小出しにできない”ということです。もちろん、“食料”のカテゴリの中には“水”も入ります。持ち上げられる程度のものと常識の範囲でお願いします。もっとも、腕力を見越してであるなら200kgでも500kgでも持ち込みは可能です。ただし、【アイテムボックス】の直径は1メートルですのでよくお考えください」


 ――ああ、うん。よく考えた。……今までに『武器』を持ち込んだ人とかは多いの?


「はい。身近に『武器』がある方はよく持ち込まれています。あと多いのは、やはり『食料』でしょうか。【アイテムボックス】の中は時間凍結状態となっていますので、使用期限、消費期限などは気になされなくても大丈夫です」


 ――今までなにも持ち込まなかった人はいたの?


「はい。たまにいらっしゃいます」


 ――向こうに着いて、中身取り出せたとして、何か他の物を入れることが出来るの?


「はい、可能です。トーダ様には“アステアのオーブ”を探して頂くことになっていますが、それを【アイテムボックス】の中に入れて頂くことで、再びこの場所に戻ってくることが出来ます。その際、記憶以外の持ち込みは出来ませんのでご理解ください。

 ……では、そろそろ元の世界に送りますが、準備はよろしいですか?」


 ――よくないって言っても送るんだろ?


「いいえ。ずっとこのままです。何か他に質問はありませんか?」


 ――送って。


「了解しました。では、1分間を有意義にお使いください」


 ――イザベラ。もう一度確認なんだけど、さっき言ってた“アレ”って別に時間経ってても大丈夫なんだよね?


「……ああ、“アレ”ですね。はい。本人のモノであれば、可能と聞いています。実際、【ネクロマンサー】になられた方のうち、数名がそれを体現されています」


 ――わかった。ありがとう。


「では、行ってらっしゃいませ。お帰りを心待ちにしております」



 俺は突然空いた亜空間にびっくりしながらも、中から『ビニール袋』を取りだした。

 アーガスがそれを取ろうと手を伸ばすが、俺はビニール袋をグッと握りしめた。


「あ、あの。これはきっとあなた方には必要のないものです。もしも“いらない”と判断されたのでしたら返してもらえますか?」

「さっさと渡せ」


 アーガスの手のひらにビニール袋を乗せた。アーガスは袋を開き、中身を確かめると、ジッと俺を見た。俺もアーガスを見返すが、ビニール袋はお頭の手に渡った。


「――髪の毛、だな。それも女の」

「妻の遺髪です」

「他に持ってきた物はあるのか?」

「【アイテムボックス】で持ち込んだ物はそれだけです」

「なんのためにこんな物を持ち込んだ?」

「【ネクロマンサー】を選んだ動機に繋がりますが、妻を生き返らせるため。その遺髪は、彼女の“媒体”となるとイザベラは教えてくれました」

「おまえはこの髪の毛から人が作り出せるとでも考えているのか」

「それを体現した先人がいると聞きました」


 お頭はビニール袋を空気を抜きながらクルクルと小さく畳むと、アーガスに渡した。


「……あの、それ、返してもらえませんか?」

「なぜだ?」

「なぜって……死んだ女の髪の毛なんて持っててもしょうがないじゃないですか」

「ああ。だが、返してやる義理もない」

「――――っ」


 何かどす黒い物が俺の中で生まれ、それがムクムクと膨れあがるのを感じた。【平常心スキル】が働いていなかったら、間違いなく飛びかかっていただろう。

 お頭は、そんな俺を見て薄笑いを浮かべていた。“愉快だ”“滑稽だ”とその目が語っていた。

 そのとき、後ろで何かが倒れるような音がした。嗤っていたその目が俺の後ろに移る。それでも俺はお頭を睨み続けていた。


「ロードハイム! どうした!」


 ボルンゴが慌てたように駆け寄って行く。

 そういえば、“そろそろ”だったか。厳つい顔の男――ロードハイムが俺の上着に触れてから『毒状態』になるのは。


「――お頭ぁ! ロードハイムの手が真っ赤です!」


 ロードハイムは【剣士】だろうから、毒が回るのは他のジョブよりも早いのだろう。ルーザーはしこたま毒まみれの俺を殴ったりして暴れたせいか、正味5分で全身に毒が回った。

 ロードハイムも動いてこそいないが、それでもあれから5分近く時間が経ったはずだ。


「アーガス」

「いえ、その男は何もしていないようです」

「4番だ、トルキーノ。おまえ見てやれ」

「あいよ」


 トルキーノと呼ばれた小男が俺の隣をトコトコと駆けていく。膝をついている俺の顔ををチラリと見たようだったが、俺は目線を合わせなかった。


「痛て」


 すれ違い間際、なにか棘のようなものが刺さった気がして俺は右腕の裏をさすった。


「おい。動くな。ジッとしてろ」

「…………」


『状態異常:“毒”を確認しました。ただし、症状は回復に向かっています。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』

『修復可能な負傷箇所に接続しました。【魄】の“転用”を開始しますか? はい/いいえ』


 ――あー、なるほど、“4番”ね。……汚い真似をする連中だ。

 こいつらロー公の目を盗んで俺を『毒状態』にしようと企んだらしい。『毒状態にしろ』=4番というわけだろう。

 俺が毒で死ねば、万事丸く収まるわけだ。

 あいにく、俺は『毒耐性』が強いらしくそんなのへっちゃらなのだ。

どちらも『いいえ』を選んでおく。


「お頭! こいつは『魅毒花』の毒にやられたようです。すみません、こいつのクラスの『解毒薬』は持ち合わせがありません」

「心配……するな……。俺はまだ大丈夫だ。こんなの……酒で洗い流せば……ゴホッ、ゴホッ!!」

「もうしゃべるな! とにかく村に運ぼう。手を貸せトルキーノ……は無理だな。ロー公! 手伝え! おい! ロー公! 聞いてるのか!」

「…………」


 ロー公は聞こえないふりをして、お頭、アーガス、俺の3人に槍が届く位置を動かない。


「ロー、行ってやれ」


 アーガスが命令を下すが、ロー公は動かない。お頭はため息を吐くと、


「ロー」

「このままじゃロードハイムは助からないヨ。ルーザーのときと一緒だモン」

「なんだと?」

「ルーザーも『魅毒花』の毒に掛かって手を真っ赤にさせてタ。血を吐いてタ。それデ、頭がおかしくなっちゃってボクに斬りかかってきたんダ」


 …………。へぇ。ロー公も嘘がつけるんだ。

 たぶん、4番って言う意味か、「痛て」って俺が言ったとき、それに気がついたのかも知れない。ロー公、っぱねぇっす。


「ボクは運ばないヨ。また斬りつけられても困るかラ」

「ロードハイムしっかりしろ!」

「ゴホッ、ゴホッ! 大丈夫だ。おう、誰か酒持ってねぇか? こいつは体の中から消毒しねぇとよ……ゴフ、ゴホッッ!!」

「……アーガス、わたしならいい。運んでやれ」

「わかりました」


 さて、頃合いかな?


カクヨムにて重複投稿しています

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