ケイト様
「トーダ氏! トーダ氏はおらんかの~!」
ふむ。あの声は我がパトロン、カステーロさん。さぁ、論功行賞のお時間です。
「ここです。カステーロさん、教会の裏にいます」
俺は荷物をまとめると、声のする方に走った。
「カステーロさん、ここです!」
俺の登場にカステーロさんが表情がぱぁっと明るくなるのがわかった。
くるしゅうないちこうよれ、と思いつつもカステーロさんに駆け寄る俺。しっぽふりふり。ご褒美欲しいんだワン。家付き庭付き裸エプロン美女メイド(伏し目がち)が欲しいんだワン。
「おはようございます。さっきまでクレイと会ってて、今からカステーロさんの所にも伺おうかと思っていたんです」
「ああ、トーダ氏! 大変じゃ、ジャンバリンの遺体が消えておる。昨夜、毛布を掛けに行ったときは確かにあったのに、今朝にはもうどこにもいないんじゃ!!」
「遺体が消えたって?! カステーロさん、ジャンバリンさんのことは町の誰かに話しましたか?」
「話した。じゃが、遺体を隠した場所までは言っておらん。死んだということだけじゃ。あの場所はわしとトーダ氏しか知らんはずじゃ。ああ、ひょっとするとグールになってしもうたのかもしれん」
カステーロさんは泣き出しそうな顔で俺の服を掴んでくる。
昨日の今日で、グール騒ぎがまだ過去のことになっていないため、気が気でないのだろう。もしもジャンバリン氏がグール化していたら、葬式の前に大捜索をしなくてはいけない。
「――ダダジムは近くにいましたか? 俺の家来になって、俺とカステーロさんを絨毯で運んでくれた黒いサルみたいな生き物のことです」
一応、ダダジムにはジャンバリン氏の護衛……ていうのも変だけど、見つからないように見張っとけって言っておいたんだけどな。
――あ。“見つからないように”だ。
「カステーロさん。ひょっとするとジャンバリンさんの遺体は、ダダジムが運んだのかもしれません。俺は昨日ダダジム達にジャンバリンさんの遺体を守るように命じておいたんです。カステーロさんはダダジム達も顔を知ってますから、毛布を掛けに来たとき、何も反応はしなかったんでしょうけど、たとえば、兵士が安全強化のため、町の外壁の外側をパトロールしたとしたらどうです? ダダジム達は慌ててジャンバリン氏の遺体をどこか安全な場所に移そうとするでしょう」
「な、なるほどじゃな。ふむ。そうかもしれん。なら、ジャンバリンの遺体はどこに運ばれたんじゃ?」
「今朝はまだダダジムの姿を見てないですからね。でも、たぶん町の外です。町の中には入らないように言いつけておきましたから」
でもまあ、昨日は屋根の上にしっかり全員いたのを見たんだが。
まだ不安そうなカステーロ氏を励ますように俺は言った。
「大丈夫ですよ。今から俺がダダジムとジャンバリン氏の遺体を探しに行ってきます。えっと、南門は今行っても通れる状態なんですか?」
「いや、今行っても通してはもらえんじゃろう。じゃが、出発式が終わって先遣隊が出て行った後ならわしが何とか話を付けることが出来ると思う。そのときまたトーダ氏を呼びに来ようと思うのじゃが、トーダ氏はあとしばらくはこの辺りにおるのかの?」
「あ、いえ。今から少し町を見て回ろうかと思っていたので、ここにはいないと思います。でも、クレイが出発式に顔を出すと言っていたので、俺も今から南門まで行ってみようかと思います。大丈夫ですよ。たぶんすぐに見つかりますから」
カステーロさんはほっとしたような顔をすると、俺に向けて深々と頭を下げた。
「ありがとう、トーダ氏。ありがとう」
「いえいえ、いいんですよ。どうせ暇ですし。ダダジムも探すつもりでしたから」
「ありがとう、ありがとう」
ただただ感謝を繰り返すカステーロさんは、そのうちなぜか泣き出してしまった。
途方に暮れる俺の手を握りながら礼を繰り返すカステーロさんは、ただのおじいちゃんに見えた。
ようやく泣き止んだカステーロさんを町の中心まで送り、待ち合わせ場所を決めると、俺は南門まで向かうことにした。
その途中――ダダジムの姿を見つけた。
一瞬ギョッとしたが、そこは平常心スキル。町の外壁の上にダダジムの首がぴょこぴょこずらりと5頭並んでこちらを見つめていても、超キモいとしか思わない。
「おーい、おまえらー。話しがある。ちょっと裏来い」
指で合図して体育館裏もとい、町外れの雑木林に呼びつける。気分は番長、えばりんぼう。
「クルルルル...」
俺が枯れ枝をぺきぺき踏みながら入っていくと、五体のダダジムがそろって鎮座していた。
うむ。くるしゅうない。えどっこいしょ、と俺は近くにあった切り株に腰を下ろした。腕を組んで足を組んでふんぞり返って鼻息をひとつ。
「もう少ししたら、アンジェリカの後を追いかけるつもりだ。うれしいかおまえら」
「クルルルル...」
「先遣隊が出発してからこっそりと後を追いかけるつもりだ。魔物が出ても安心安全な距離感を保つように。わかったかおまえら」
「クルルルル...」
「あと、アンジェリカに再会しても、必ず俺を無事この町まで送り届けるように。お兄さんとのマジ約束だぞ」
「クルルルル...」
うーむ。本当に解ってるのかね、こいつら。
無表情すぎてなに考えてるのかわからんのだよ。
「あと、俺達と一緒にジャンバリンって人の遺体を昨日絨毯で運んだだろう? その遺体どこに行ったか知ってるか?」
「クルルルル...」
本題を切り出してみる。すると、ダダジムのうちの1匹が後ろから毛布の包みを俺に渡してきた。カステーロさんが言ってた毛布だろうか。
いやしかしあれだな、毛布を丁寧に畳むことが出来るなんて、アンジェリカのダダジム教育も伊達じゃねぇな。あいつきっと平気で家事とか炊事とか狩りとか盗みとか悪さとかさせてるぞ。働けニート。
そんなこと思いつつ毛布を受け取り――その重さに危うく取り落としそうになった。
重い。普通に重い。毛布の中にボーリングの玉でも入ってるのかってくらい重かった。実際なにか石のようなものが入っているのだろうか、堅くて丸い感触が毛布越しでもわかった。
「おまえらこれ、石でも詰めたのか? ったく、変ないたずらするなよな」
俺は綺麗に畳まれた毛布を剥がして石を取りだそうとして、絶句した。
平常心スキルがなかったら、心臓が止まっていたかもしれない。それくらい驚いた。
石だと思っていたもの、それはジャンバリン氏の頭部だった。
うっすら目が開いてるし、ぎゃぁぁぁぁぁ!!! ロリポップチェーンソー!! 首の断面ぐろろろろろr!!!
その後しばらく、狂ったように高い高いするイクメンパパの如く、ひとりでパニクってみたが、最後までジャンバリン氏の頭部を放り投げなかったのは、やはり平常心スキルのおかげだろうか。
俺は馬鹿共に問いかける。
「おまえら! この人の首から下全部どうしたんだ??!」
「クルルルル...」
「いや確かに最初見たとき首折れてたみたいだったけど、取れてはなかったよな??!」
「クルルルル...」
「会話が成立しねぇぇ!!! アンジェリカぁ、ちゃんと日本語教えとけぇ!!」
「クルルルル...」
生首を小脇に抱え、鎮座する5体のダダジムに向かって激高する俺。
ラグビーの熱血教師みたいに見えるって?
ははは。
どこ行った首から下全部!!! カステーロさんに怒られるだろう!!!
頭を抱えながらうろうろする俺。ふたつの意味で笑えねぇ……。
「はい、よし!! 今から質問するから『はい』なら手を上げて、『いいえ』ならしっぽふりふりしなさい! わかったか、おまえら!!」
ダダジムさんが元気よく手を上げてくれる。ぃよし! これなら意思疎通できそうだ。
「この人の首から下は無事である。はいどうぞ!」
しっぽふりふりするダダジムさんたち。きゅん。……やだ、なんだかかわいい。
「おまえらちゃんと見とけって言っただろ! 誰にやられたんだよ?! 魔物にでも食われたのか?」
しっぽふりふりするダダジムさん。
「じゃあ、……ってまて、【鑑識】を使ってみるか。鑑識、オン」
しかし、ジャンバリン・バンサーって言う名前と、年齢とかしかでない。グールにはなっていないので、夜遊びがてらウロウロして兵士に首ちょんぱされたってことではないようだ。
あとなんだ。………………ひょっとして、こいつら……?
「おまえたち、ひょっとしてこの人、食べちゃった?」
はーい、って全員手が上がった。
「食うなぁぁぁぁ!!!!! おまえらアホかぁぁぁ!!! 見張り頼まれて何早速食ってンだよ! お腹減ってたの? で、なに、首だけ残ってるのは何の嫌がらせ? アンジェリカ仕込みの嫌がらせなの? あの女そんな仕込みがあるの? ここは戦国時代か! 首級を持ってきて喜ぶのは戦国大名ぐらいじゃい!! あーもーどうすんだよ!!」
…………。
鑑識、俺。……やっぱり平常心スキルが切れてる。ぽちっとな。ふぃぃ。さっきまで大丈夫だったのに、いつ切れたんだろ。
クールになれ、俺っち。とりあえず、カステーロさんには……無理。こんなの見せたらきっと泣いちゃう。ジルキースにその理由を聞かれて答えて「テメェぶっ殺死」とかって撃たれる。
どうしよう。
なにこの一難去ってまた一難。俺の人生には平穏は訪れないのか?
どうしよう。
とりあえず……。俺は右手を見る。あとひとりぶんで……いや、ダメダメ。この首まで無くなったら、俺がジルキースに頭吹っ飛ばされる。
どうする。マジどうする……。考えろ。考えろ。……えと。うん。いっぴ……ひとりいた。
何とか出来そうなヒト、ひとりいた。
「おまえら、この人の服まで食ってないだろうな」
「クルルルル...」
全員の手が上がる。……脱がして食ったのか、中年男を。いろんな意味でグロいな。
ダダジム達は黒真珠のような目で俺を見上げている。反省どころか、まるで罪の意識を感じていないようだ――まあ、俺だって今まで食べてきたパンの数は数えてこなかったけど。代わりに家族で焼き肉屋に行った回数は覚えている。どうでもいい。
「協力者がいるな……」
よし、いっちょ頼んでみるか。
「ケイトサマー、ケイトサマー、いらっしゃいますかー、あなたのケモナー、トーダでございますよー」
首入り毛布とジャンバリン氏の服と靴を両脇に抱えて墓場に到着した。
いやー、一日二回も墓場に訪れるとはさすがネクロマンサーだなと思ったりもする。
…………。そういえば、墓荒らしとかすれば簡単に【魄】が手に入るんじゃないか? 限りある資源は有効に使わないともったいない。墓場の土を肥やしても、生えてくるのはグールばかりなり。
ふむ。
「…………」
きょろきょろと周りを見渡しながら墓場の真ん中ぐらいまで来てみる。
えーと、確かこれだったよな、昨日一番最初に【浄化葬】したのって。えーと、日付は……ダメだ、日付書いてないや。そういや○○○年~○○○年までみたいな感じで年単位でしか書かれてなかったんだ。
隣のを見てみても、一応最終年号は同じだが、中身がすっかり腐ってしまっている可能性がある。新鮮な死体は全部昨日頂いちゃったしな~。やっぱり諦めるしかないのか。掘り返したら怒られるだろうし。
そんなことを思っていると、後ろから9歳児――もとい救世主サマからお声が掛かった。
「ちょっと、また入ってきたの?! 邪魔だから用のない人が勝手に入ってこないで。また埋め戻すわよ。シッシッ!」
ケイトは俺を見るなり眉(?)をしかめると、辛らつな言葉と横柄な態度を取ってくる。
くそぉ、現代を生きてる日本人が全員ケモナーだと思うなよ。動物愛護団体も二足歩行獣に対して同じ扱いしてくれるとは限らないんだぞ。
ぐぬぬ、と思いつつも俺は下手に出てやることにした。
「あー、ケイトサマ、ちょっとお願いがありまして、ケイトサマのお力を貸して頂けないかなーと思いまして、ハイ」
「いやよ、気持ち悪い。調子に乗らないで」
うっわ、ちょーむかつく。思春期を迎えた娘かよコイツ。下着を俺の脱ぎたてパンツと一緒に手もみ洗いするぞ、コラ。
「あー、カステーロさんて知ってるだ……すよね?」
「知ってるけど、だからなに?!」
「その人の親戚のお葬式をあげたいんだけど、協力をお願いできないかなって」
「敬語!!」
「キョウリョクヲオネガイシマス、ケイトサマ」
「いやよ!!」
ちくしょー。……いや、ここは我慢我慢。
ふふふ。世間のリアルパパ様は思春期娘相手に「くせーんだよ、加齢臭。耳の後ろもっと良く洗え」とか「飯控えろよ脂肪肝。外走ってこい」とか常々言われてるに違いない。
交渉に成功すれば、俺にはカステーロさんの論功行賞が待っているんだ。この程度で引き下がるわけにはいかない。
「じゃあ、わかった。今からパーソン神父に会いに行って、ケイトサマが今日一日俺の手下として働いてくれるよう懇願してくる」
「ならないわよ!!」
ケイトはフードの下からでもわかるくらいに「フゥゥーッ!」と毛を逆立てて怒った。
なるほど、フードの下は結構毛深いらしい。
「それに残念でした。パーソン神父さまは今はお祈りの時間よ、そのあとは対話の時間。そのあとはまたお祈りの時間だし、行っても無駄よ。昨日あんな事があったばっかりなんだから」
「むぅ。でも緊急事態ですぅって泣きながら駆け込めば、ケイトサマを手下にするくらい快諾してくれそうなもんだけどな」
「いいかげんにして!!」
また「フゥゥーッ」と威嚇の唸り声。やはり9歳児をからかうのは楽しい。ゾクゾクする。
だが、困ったな。どうしようか。
「だいたいなんであなたがお葬式を頼みに直接わたしの所に来るのよ。カステーロさんがパーソン神父さまの所に行ってお願いするのが普通でしょ」
なるほど道理だ。君の言うことはもっともだ。だが、漢は時として――
「帰って。あなたは出入り禁止にするから!」
「ちょっと待ってくだせえ。ケイトサマ、君にしかできないのでありんす。ここはあっしやカステーロさんのお顔を立てると思って、協力してくなんしょ」
「帰って!!」
結局、体当たりと突き押しで墓場の外まで追い出されてしまった。
年頃の娘さんは気難しい。これがジェネレーションギャップという奴なんだろうか。いやはや種族の溝は深い深い。
「いや、ごめん、謝るから話だけでも聞いてよ」
『******』
食い下がる俺に、ケイトは有無を言わさず挙げた両手を地面に付けると、レイジングストームの如く、墓場の入り口に地面から土壁をせり上がらせた。
「うわっ、無茶するなよ! ちょっとケイトサマ-、俺たち話し合おうじゃないかー」
高さ3メートルの土壁は乗り越えられそうにもないし、体当たりしたところではじき返されそうだ。くそぅ、墓場の地面を私物化しやがって。町内会に訴えるぞ。
でも本当に困ったな。ケイトの協力がないと、この生首の…………って、あれ? 毛布どこ行った? うっわ、両手に全部抱えてたつもりだったけど、服と靴しかない?! ケイトに体当たりされてよろけたときに毛布ごと落っことした?
……まずいな。もしケイトに生首を見つかったら事だぞ。
「ケイトサマー、そっちに落とし物したんだけど、毛布にくるんだやつー。返してくれるー? 中身とか見ちゃダメだよ。プライバシーがあるからね。個人情報保護法って知ってるー?」
「きゃああああああああああああああああああ!!!!! きゃあああ!! きゃあああ!!!」
「あー……、ダメって言ったのに。大人の言うことを聞かないから……」
ケイトの悲鳴が自ら閉鎖した墓場の中で響き渡る。
亜人と呼ばれるだけあって、悲鳴だけを聞く限りじゃ人間の若い娘さんと区別がつかない叫びっぷりだ。
ひとしきり騒いだあと、ふいに静かになり、しばらくして目の前にそびえていた土壁がどさーっと崩れ、墓場の入り口が解放された。そしてそこには入り口を閉じたときと同じ姿で両手を地を付けたケイトの姿があった。
「見ちゃダメって言ったじゃないっすかー。人の忠告はきちんと聞きましょうよー。それに遺体の顔を見て悲鳴を上げるなんてちょっと失礼じゃないですかケイトサマー」
「この、ヒト殺し!!!」
立ち上がったケイトは涙目になっていた。
俺はギョッとして早口で無実を訴える。
「いや、その人は崖からの転落事故で亡くなったジャンバリンさんという人で、俺はお葬式を頼みに来ただけの善良な小庶民だよ。それに墓場に遺体を運んでくるなんて普通のことじゃないか」
「嘘付かないで、殺人鬼! どこに首だけ持ってきてお葬式をあげようとするヒトがいるのよ! 馬鹿にしないで!! ベンだけじゃなくて、この人も殺したんでしょ!」
ケイトは再びレイジングストームの構えをすると、口早に何かを唱える。
俺はケイトが両手を地に着けるタイミングを見計らって、飛び退った――その瞬間、俺のいたその場所が地面が陥没したかのように穴ががぽっと空いた。
ぞっとする。底が見えないでやんの……殺す気か?
「馬鹿になんてしてないよ。あのひとはもう、残念だけど首だけしか残っていないんだ。でも、それだけじゃあまりにもグロテ……もとい、可哀想じゃないか。だから、ケイトサマに墓穴に入れる際に生前と同じように身体を土で作って、カステーロさんを安心させてあげたいんだ。君にしかできないんだよ!!」
「いやよ!! そんな話、信用できないわ!! どうせクレイさんが殺してきたのを後処理に困ってわたしに埋めさせようって魂胆なんでしょう?! 共犯者にするために! わたしに罪をなすりつけるために!!」
「いや、後処理は俺の方がうまくできるからそれはないよ。だいたいそれなら埋めたりする必要もなく、その場で俺が『浄化』すればすむことだろ? それにこれはクレイが絡んだ『暗殺の被害者』じゃないし、あの首の人はカステーロさんと一緒に町の外で事故にあって亡くなったんだ。だからお葬式をお願いしたいだけなんだ。ただ、もう首だけしか残っていないから、ケイトサマに首から下があたかも存在しているような、そんな感じにして欲しいと頼みに来たんだよ」
『*******』
「――っ、聞く気ナシかよ」
俺の必死の説得も聞く耳持たないのか、ケイトはキッと俺を見据えながら両手を頭上に挙げた。俺が穴に落ちなかったこともあって、今度はタイミングを外さないつもりなのだろう。落とし穴の直径も大きくしてくるだろうし、逆にせり上がってくるタイプかもしれない。
それならそう、俺にも考えがある。
「――ダダジム、配置に付け!!!」
俺のかけ声と共に、ダダジムさん5匹がケイトの後ろ――壁の上やら横、草むらの陰からひょこりと頭を出した。
ふふふ、そう。ダダジムさん達にはあらかじめケイトに見つからないような場所に待機してもらっていたのだ。いつでも押し倒せるような位置にだ。おっと、押し倒すと言っても獣姦じゃないよ。相手は未成年、そこんとこよろしく。
ケイトがダダジムさん達の気配を感じて振り返るが、しかし、隠密行動に関しては彼らの方が優秀だ。ダダジム達はケイトが振り返るまでに身を沈めて隠れた。
端から見ていると、「志村うしろー!」に思えて吹き出しそうになる。
ケイトはそんな俺を見て、さらに厳めしい表情を造ると、両手を振り下ろそうとした。
「ケイトサマには感謝している」
俺が口にした感謝の言葉に、ケイトの両手が顔の前辺りでぴたりと止まった。
「ケイトサマには命を救われた。俺たちがベンを殺そうと考えていたにもかかわらず、ケイトサマはそのことを誰にも言わなかった。そして、ベンに追いつかれそうだった俺を助けてくれた。ありがとう」
「……お礼を言っても何も変わらないわ。首がちょん切れちゃうほどの事故ならカステーロさんも無事じゃいられないはずよ。そうでしょ?」
いいとこついてくるな。なかなか賢い。
俺はダダジムのことを正直に話そうかどうか、または、ダダジムを使って組み伏せて脅迫しようかとも考えたが、今後長い付き合いになりそうなのでのでやめた。
「首から下は、俺が『浄化』したんだ。持ち運べるように。カステーロさんとジャンバリンさんの事故は南門とアルドの村との中間くらいで、馬車が崖から落ちていたのを俺が見つけて救出したんだ。ジャンバリンさんは御者をしていて、投げ出されて首の骨を折って死んでいた。カステーロさんは馬車の荷台の中で毛布にくるまっていたから助かったんだ。カステーロさんがどうしてもジャンバリンさんの遺体を町まで運びたい、ここに残しておいたら魔物に食われてしまうって言うから、俺が首だけにして運んだんだ」
「…………」
ケイトは何も言わない。厳めしい顔もそのままだ。……まだ足りないようだ。
「カステーロさんは首だけの状態になっているのを知らない。それくらい当時は混乱していたんだ。だけど、おちついた今なら事故で大事な人を亡くしたという現実だけは理解できているはずなんだ。そんな今だからこそ、ちゃんとしたお葬式をあげさせてあげたいんだよ。そのためには、ケイトサマの協力が必要なんだ。ジャンバリンさんの首から下をケイトサマが繋いで欲しい。元の姿に戻して欲しいんだ。俺は、カステーロさんがジャンバリンさんを亡くしたこと以外の理由で涙を流させたくない。それをわかって欲しくて、俺ひとりでケイトサマにお願いしに来たんだよ」
とりあえず、うまくまとめて言葉にしてみたんだがどうだろうか。
ケイトの表情はだいぶ落ち着いた感じになってきているのだが、両手は未だ肩より上だ。振り上げた拳は簡単には下ろせない。……つまり、下ろす理由。後一押し必要なんだろう。
「ケイトサマには迷惑をかけない。もちろんパーソン神父やこの墓場にもだ。カステーロさんはこの町の有力者だ。ケイトサマが協力を申し出たと言えば、必ず君の株も上がるし、お礼金だって出るだろう」
「…………っ」
お金に反応した! 今耳あたりがピクって動いた! 腰の辺りが動いているのはアレは服の上からしっぽが揺れているからなのか!?
なんて現金な種族なんだ。クリスラガー族恐るべし。所詮は金か!
「どうだろうか。俺のことは別にいいんだ。だってこれはこの町に住むカステーロさんが依頼するお葬式なんだから。カステーロさんがお金持ちだからといって特別扱いはしなくてもいい。できないならそう伝えるだけだ。でも、ケイトサマなら出来ると思う」
「…………」
「俺は、ちゃんとしたお別れのために、ジャンバリンさんの身体を作り上げて欲しくてお願いに来たんだ。ケイトサマ、カステーロさんのお願いを聞いてもらえますか?」
俺は出来るだけ深く頭を下げると、なるべく真摯な目でケイトを見た。
これでダメだったら、パーソン神父に土下寝しながら泣きついてケイトを手下として扱えるようにしてもらおう。そっちの方が比較的簡単にオチるかもしれない。
ケイトは掲げていた両手でそのままフードの端を掴むと、目元を隠すように下ろした。
「あなたがお葬式をしたいわけじゃないのよね?」
「俺はカステーロさんの涙を流す姿を見ているんだ。あんな姿をもう見たくない。できれば早くお葬式をして、カステーロさんの苦しみを止めてあげたいと思う」
自分でもいいこと言ってるなと思う。
少しの沈黙の後、ケイトは言った。
「……いいわ。ジャンバリンさんのお葬式に協力してあげる。その代わり約束を守ってよね」
「本当!? ちゃんと首から下あるみたいにしてくれるの?」
「……ん」
ケイトは顔全体をフードで隠したまま、片手を俺に差し出した。俺は握手だと思い、その手に両手で飛びついて――引っぱたかれた。
ぱぁん、と言った乾いた音が墓場の入り口に響いた。
一瞬何が起こったのかわからなかったが、じんじんと痺れる頬に手を当ててみてようやく叩かれたのだと気がついた。
「そんなわけないでしょ! だから、その……ん!」
「ん、って……ひょっとして、その、前払い?」
「要求なんてしていないわ。あなたが勝手にくれるのを拒む理由なんてないじゃない。……んっ。早く」
フードの下から鋭い視線を送りながら、片手で何かを要求しているようだ。
ひょっとして、今俺って新手のカツアゲに遭ってない?
「わかったよ。ちょっと待って」
俺は道すがら手に入れた財布から……そういえば、こういうのの相場っていくらぐらいなんだ? うーむ、銀貨一枚くらい?
俺は恐る恐る銀貨を一枚ケイトの手に乗せた。
ケイトは一瞬顔を輝かせると、それを素早く懐にしまい、再び手を出してきた。
「今のは昨日のお礼! 危ないのを教えたでしょ。次は今日の!」
「……じゃあ、もう一枚……」
もう一枚銀貨を出すと、またその手に乗せた。素早く懐に入れられる。
またさっと手を出してきた。
「今のは今朝早く墓場に無許可で穴を掘っていたのを黙認してあげたの! 次はあなたをベンからかくまってあげたの!」
俺は財布から、今度は金貨を一枚取り出して、その手に乗せた。
ケイトは慌ててフードをはぎ取ると、手にした金貨を両手で持ってまじまじと見た。太陽にかざしてみたり、指で高度を確かめてみたりと高揚した感じで言葉も忘れてくるくる回った。特に腰辺りのしっぽがものすごいことになっている。
ちなみにケイトさんの耳はちゃんとケモナー垂涎の頭の上にくっついていた。
「こ、これ本当にくれるの!? 返してって言っても返さないし、戻してって言ったら埋め戻すわよ!」
両手に持った金貨を背中に庇うようにしてケイトが言った。
「いいよ。ケイトはそれだけのことをしてくれたし。ちなみにそれには口止め料とかも入っているからね。クレイと隊長に情報が漏れたら、次に狙われるのはケイトだから」
「わ、わかってるわよ……」
一応釘を刺しておく。さりげにタメ口を利いても何も言われなくなった。
「ああ、金貨……、銀貨より綺麗……」
ケイトは目を輝かせながら、いそいそと懐に仕舞い込み、そこをぽんぽんと叩いた。
「あと一枚は、ちゃんとお葬式ができたときにあげるよ。俺とカステーロさんからのお礼金として」
「う、うん。わかったわ」
うっわ、めっちゃしっぽ動いてる。
「よろしくお願いします。……じゃあ、打ち合わせに入っていい? これがジャンバリンさんの着ていた服なんだ。ジャンバリンさんの身体のサイズはね……」
「ふん、ふんふん……」
しばらく打ち合わせをしたのち、俺はケイトに聞いてみることにした。
「俺はこの町でまだお金を使ったことがないんだけど、ケイトは今回のお礼金で何か買いたいものでもあるの?」
ウチ、貧乏だから食費に回すの! とか言われたらどうしようかと思ったが、あぶく銭が入って軽くなったケイトの口からは意外な言葉が飛び出していた。
「お母さん、今、お里に帰っているから。もうすぐ一年になるのに赤ちゃんまだお腹にいて大変だって手紙が来たの。それで迎えに行こうと思って。よかった。これだけあれば、おじいちゃんと弟たちに食料の買い置きが出来るし、乗合馬車で近くまで運んでもらえるわ」
ほくほくと口元を緩めるケイト。
俺はこれ以上踏み込まず、簡単な相づちを打って会話を閉じた。
金は天下の回りものとはよく言ったものだ。男女関係のこじれも金貨銀貨で仲直り。
ふふふ。カステーロさん、わかってますよね? 期待してますよ?
俺は足取り軽くカステーロさんを呼びに南門まで走った。




