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第九章 その雫は風に乗って



第九章 その雫は風に乗って



 夕陽がCICに入ると、空調が効いているはずの室内は熱気に包まれ怒号が飛び交っていた。

 気持ちを鎮め集中力を高めるために灯された青く薄暗い照明の下、きょろきょろと目的の人物を探す。

「神月、こっちだ」

 その声に振り向くと、航空隊司令の片山健司一等海佐が手招きしていて、夕陽は他の隊員の邪魔にならないよう急いで駆け寄った。SH60Kシーホークヘリのパイロットだった彼は、今回、一人艦に残された夕陽を慮ってCICに呼んでくれたのだった。

「ここで仲間達の戦いをしっかり見ておくんだ」

 自分の椅子を勧めて片山が立ち上がると、夕陽は慌てた。

「あ、あたしは立ってますから!」

「俺は尾澤司令の横にいなきゃならん。座ってろ」

 そう言うと、片山は尾澤司令以下幕僚達が集うCICの後方へ移動していった。

 傷心の夕陽にはその心遣いが身に沁みる。そのまま椅子にストンと腰を下ろすと、目の前に広がる大スクリーンを見つめた。

 群青の空間に浮かび上がるスクリーン上の多数のBlip。それははまるで透き通る冬の星空のようだ。だが、そこに映っているのはロマンチックな星などでは無い。無慈悲な兵器とそれを操る生身の人間。その中には最愛の人がいる。そして自分も愛機と共にあそこに映っているはずだったのだ。

〝ジーク01よりいずも。展開完了。このまま待機する〟

 勝野の声がCICに響き渡る。〝ジーク〟はいずも戦闘飛行隊のコールサインで、01は隊長機を示す。ちなみに敏生の乗る機体のコールサインは〝ジーク05〟で「てるづき」の直掩のはずだ。

 あれだ。

「てるづき」の横に映る敏生のBlip。祈りにも似た想いでその光を見つめる。

 そして視線をスクリーンの左上にスライドさせると、そこに映っているのは中国艦隊とその艦載機を示す赤く輝く多数のBlip。数では圧倒的に向こうの方が多い。果たしてこれで勝てるのだろうか? たとえ勝ったとしても無傷で済むことはないように思えた。

「現在、遼寧より二十六機の発艦を確認」

 遼寧が搭載するJ15戦闘機は三十六機。稼働率百パーセントであればあと十機は上がる計算だが、彼らの稼働状況からしてそれはあり得ない。なので、彼らが〝殺る〟つもりならそろそろ始まるはずだった。

 画面に注視していると、パパッと左隅の方に多数のBlipがついた。夕陽が驚いて振り向くが、CICの連中は顔色一つ変えない。

「大陸から上がってきた制空部隊です。那覇の空自が相手をします」

 横に座る顔見知りの女性電探員が一人動揺している夕陽にそっと耳打ちしてくれる。落ち着いているのは全て折り込み済みということか。

「遼寧より二十七機目発進」

 まるでロシアンルーレットだ。そのアナウンスに夕陽はゴクリと唾をのみ込む。

「二十八機目の発進を確認」

 次の瞬間、中国艦隊から無数に思えるBlipが現れ、画面を埋め尽くした。

「中国艦隊より多数のミサイル!! 来ます!!」

 ついに開かれた地獄の扉。

 ミサイルが飛び交う現代戦、三十分後には趨勢が決しているはずだ。

 神様―――――

 夕陽は手を合わせ、ただ祈るしかない。仲間の無事を、そして勝利を。

 負ければその時はきっと、自分はこの世にはいない。

「よし、全艦ジャミング開始!!」

 尾澤司令のかけ声で、各艦が搭載するECM(Electronic Counter Measures)装置から一斉に強烈な妨害電波がミサイルに対して照射された。

 その凄まじい威力に敵ミサイルが次々と目標をロストし、爆発し、海中に没していく。

 ジャミングをかい(くぐ)った約三分の二の対艦ミサイルの群れが海面スレスレまで高度を落とすと、次はいよいよイージス艦の出番だ。

 ギリシャ神話の最高神・ゼウスが娘のアテナに与えたという、あらゆる邪悪を払う盾。それがイージス。

「こんごう」と「あたご」のSPY1Dフェーズドアレイレーダーが迫り来る全ての対艦ミサイルを同時追尾すると、イージスシステムにより脅威が高いと判定された順から瞬時に目標が割り当てられる。次の瞬間、艦橋前に設置されたMk41垂直発射セルから最大一〇〇キロメートルの射程を誇るSM2スタンダード艦対空ミサイルが次々と天空へ向かって放たれた。

 二隻のイージス艦から放たれた計四〇発のミサイルは海面まで高度を下げると、音速で敵ミサイルに向かっていく。そしてそれらは艦隊から八〇キロメートルの地点で敵ミサイルと交錯し、驚異の命中精度でその目標のほとんどを叩き落とした。

 向かって来る残りミサイルは一〇発。その迎撃の役割は「あきづき」と「てるづき」に託された。

「あきづき」型汎用護衛艦は、イージス艦が弾道ミサイル迎撃に専念している間にできる隙を補完するために開発された僚艦防空艦(ミニイージス)で、ESSM(発展型シースパロー)との組み合わせにより、六目標までの同時対処が可能だ。

 イージス艦のSPY1Dレーダーに勝るとも劣らない、防衛省技術研究本部が開発したFCS3レーダーが一〇発のミサイルを捕捉すると、データリンクにより目標をシェアした「あきづき」と「てるづき」の垂直発射セルから計一〇発のESSMが轟音と共に発射された。

 誰もが固唾を呑んで前方の巨大スクリーンを見つめる中、彼我のミサイルが交錯する。

「九発撃墜。残り一発、まっすぐ向かってくる。距離三〇、〇〇〇。標的は〝いかづち〟と思われる」

「よし、ジーク06、撃墜せよ」

〝ジーク06〟は刑部が乗る機のコールサイン。彼は「いかづち」の直掩だった。

 夕陽の脳裏に昨夜の刑部の言葉が蘇える。

〝アッシュ、お願い―――――〟

 刑部はセーフティロックを解除すると冷静に目標をロックオンし、トリガーを引いた。

〝ジーク06、フォックスワン〟

 ライトニングのウェポン・ベイが開き、機体内部に格納されたAAM4ミサイル(九九式空対空誘導弾)がフワッと離れると、敵ミサイルに向かってマッハ四の速度で勢いよく飛翔を開始した。

 この三菱電機製の国産ミサイルは、対戦闘機戦闘に特化した米国製のAIM120と異なり、対艦ミサイルや対地ミサイルへの迎撃も要求事項として盛り込まれ開発された、いわば万能ミサイルだ。

 命中率は驚異の百発百中。そのため、開発時には逆に近接信管の試験ができずに苦労したという逸話を持つ。

 そのAAM4は確実に残り一発の敵ミサイルを捉えると、「いかづち」から二〇キロメートルの地点で爆散した。

「敵ミサイル、全て撃墜!!」

 CICがドッと歓声に沸く。夕陽もホッと胸を撫で下ろすと、安堵感から背もたれに身体を埋めた。

「まだだ!! お前ら気を抜くな!!」

「いずも」艦長の森川一佐の怒号が響き、夕陽はビクッと姿勢を正す。一瞬にして弛緩しかけたCICの空気が一変した。

 そうだ、まだ終わっちゃいない。

 レーダースクリーンの左端では下地島と那覇から上がったF35JとF15J改の空自部隊が、大陸から上がって来た中国空軍のSu30MKKの大編隊と対峙している。やがて、Su30MKKの大編隊がミサイルを放った事を示すBlipがまるで星空のように、画面上にパパっと煌めいた。空もまた、専守防衛であることに変わりはない。

 お願い、みんな逃げきって!!

 そこにいるのは古巣の仲間達。誰一人として欠けて欲しくなどなかった。

 イージス艦の「こんごう」と「あたご」がそのミサイル群に向けて強烈なジャミングを放つと、レーダー上のBlipが一気に減少する。実戦におけるイージス艦のその驚異の能力を目の当たりにし、夕陽は頼もしさを感じる半面、これがもし敵だったらと思うと薄ら寒さを覚えた。

 イージス艦のジャミングによりレーダーホーミング誘導が使えなくなった生き残りの敵ミサイル達は、赤外線追尾に誘導方式を切り替えて再び空自の戦闘機部隊に襲いかかった。

 しかし空自のパイロット達は冷静だった。有事の際に先制攻撃を受けることなど元より折り込み済みだ。彼らは反転すると一斉にフレアを放った。空一面を覆い尽くさんばかりの眩い光のカーテン。

「ブレイク!!」

 直後、彼らは回避機動を開始した。フレアの光と熱に欺かれたミサイルが次々と爆発し、騙されずに越えてきたミサイル達も回避機動のGに耐えきれず爆発、または燃料切れで海中に没し、どれ一つとして命中することはなかった。

 その圧倒的な空自パイロット達の実力に、稼働率が低く碌に訓練を積めていない中国空軍のパイロット達が(おのの)く。反撃を恐れた彼らは反転すると、いったん戦空から退避していった。

 尾澤は表情を変えることなくその状況を一瞥すると、手元の通信用マイクを口に寄せた。

「〝いずも〟より統合作戦本部へ。〝敵〟の第一波は(しの)いだ。全艦艇・全作戦機共に無事だ。これより反撃に移るがよいか?」

 しかし応答はない。市ヶ谷でも目の前のレーダースクリーンと同じ状況が映し出されており、躊躇している余裕などないのは分かっているはずなのだが。

「統合作戦本部、応答してくれ。こっちに迷ってる暇などない!」

「……反撃は許可しない。敵ミサイルの撃墜に注力せよ」

 それは本部長の首相を補佐する、統合幕僚長の苦渋の声だった。その返答に誰もが耳を疑った。夕陽も驚いて後方の司令席を振り返る。

 そんな……、あの人がそんな判断をするわけない……。

 レーダースクリーン上の敏生のBlipを見つめる。

 であれば自衛隊の最高司令官たる、軍事に無知な内閣総理大臣か。第一波が凌げたから次も大丈夫だとでも思っているのだろうか? 命の危険に晒されることのない、安全で快適な市ヶ谷の会議室で!!

「了解した。そちらの許可が下りるまで敵ミサイルの撃墜に注力する」

「司令!」

「専守防衛だ!!」

 詰め寄る幕僚達に尾澤が一喝する。鬼気迫るその表情に、誰もそれ以上詰め寄ることはできなかった。

 幸いにして対空ミサイルはまだ温存できている。次もまた凌げるかもしれない。だが、なぜ反撃許可が下りないのかが分からず、現場の誰もが不満を抱え出した。

 少なくともこれほどまでに()()()で明確な敵対行為を受けたのだ。現在の法体系であっても反撃は可能なはずだった。


           *


 その理不尽な命令に憤りを感じながら対空防御に備える乗組員達。だが、間髪入れずにやってくると思っていた第二波はなかなかやって来なかった。イージス艦のジャミングを恐れているのか、敵の制空部隊も先ほどのようには出てこない。それともこちらの反撃を警戒しているのだろうか?

 だが、その理由は数分後に判明した。大陸側から突如現れた多数のBlip。それは内陸から飛んできた旧式戦闘機の群れだった。

 対艦ミサイルのプラットフォームとしてのみの役割を担った彼ら。反撃を受けないと分かった以上、ミサイルを放って離脱すれば撃ち落とされる心配もない。そしてまたしてもレーダー画面が満天の星空に埋め尽くされる。それは明らかに第一波を上回るミサイルの数だった。

 もとは旧ソ連が得意としたミサイルによる飽和攻撃。その思想は同じ共産主義国家である中国にも受け継がれているようだ。これほどまでの飽和攻撃はこれまでの演習でも受けたことがなかったが、迎撃手順は第一波の時と変わることはない。

 ジャミングとイージス艦二隻のスタンダードミサイルによる対空防御。スタンダードミサイルは今回もまた、そのほとんどが命中したのだが、いかんせんミサイルの数が多過ぎた。

「あきづき」と「てるづき」のESSMだけでは間に合わず、全艦にデータリンクで目標が割り当てられ、そしてついに「いずも」戦闘飛行隊全機にも目標が振り付けられる。

 飛んで来るミサイルを射程に収めると、各艦・各機よりESSM、シースパロー、AAM4といった対空ミサイルが一斉に発射された。

 艦隊から三〇キロメートルの地点でぶつかり合う彼我のミサイル。

 静かで美しい南洋の空と海を穢す、人間達の創り出した恐ろしいまでの爆発音と数多の大火球。海鳥や魚達がこの世の地獄に逃げ惑う。

 夕陽は愕然とした。レーダースクリーン上に残った敵ミサイルの数は第一波の時に比べ明らかに多い。 その数は二五発、そのうち「いずも」に向かってくると思われる対艦ミサイルは十二発。各艦とも個艦防御に手いっぱいの状況だ。支援など受けられない。

 だが、「いずも」は個艦防御の点では海自艦艇の中でも最強クラスだった。艦橋の前後に配置された二基のSeaRAM(シーラム)から、自動制御で矢継ぎ早に計二十二発の短距離艦対空ミサイルが発射される。

 現在のところ、「いずも」にのみ搭載されている最新型の近接防御システム・SeaRAMは、従来の機関砲をベースとしたCIWSでは射程二キロメートルが限界という欠点を補うために開発された、いわばCIWSのミサイル版で、最大射程は約一〇キロメートルと、艦より遠方での迎撃が可能だ。

「いずも」より八キロメートル地点の海面上で交錯する彼我のミサイル。期待通り、SeaRAMは他艦艇へ向かうミサイルまでいくつか撃ち落としたようだ。

 だが―――――

「残りミサイル二発、本艦に突っ込んでくる!!」

「総員、対ショック姿勢を取れ!!」

 森川艦長の怒号で周囲が頭を伏せる中、夕陽は一人、わけも分からず戸惑っていた。

「神月三尉!! 伏せて!!」

 横に座る顔見知りの女性電探員が夕陽の頭をつかんでグイッと抑えつける。

 え……? いずもにミサイルが当たるの?

 ようやく状況をのみこんだ夕陽は目の前の計器台の端をつかみ、頭を伏せた。ふとよぎる、戦死した若葉の顔。それから脳裏を走馬灯のように様々な記憶が駆け巡る。そして思い浮かぶ愛しい彼の顔。

 敏生!! 敏生――――― !!!

「いずも」の艦首と艦尾に設置された二基のCIWSが火を噴く。一発は艦から一キロメートルの地点で撃墜したが、もう一発は猛烈な弾幕をかい潜り、「いずも」に到達しようとしていた。

「夕陽―――――!!!」

 ライトニングのコクピットからその様子を見ていた敏生は絶叫した。音速の対艦ミサイルがまるでスローモーションのように「いずも」を捉える。

 だが、「いずも」に命中したと思ったミサイルは甲板上で大きく跳ねると、そのままの勢いで海中に没した。不発だった。

 ホッと胸を撫で下ろすも、その胸に渦巻くのは悔恨。

 俺は……俺は間違えたのか?

 ライトニングよりも比較的安全だと思っていた「いずも」。だが、この戦場に安全な場所などあろうはずがなかった。

 ふと視線を眼下に向けると、敏生は蒼くなった。個艦防御に徹してミサイルを撃破し、未だ健在の「てるづき」。だが、その艦橋上部に設置されたFCS3レーダーが潰れていた。

 恐らくCIWSで破壊したミサイルの破片がぶつかったのだろうか? これでは僚艦防空どころか、個艦防御もままならないはずだ。

 この状況で第三波が来たら……次こそ間違いなく……。


           *


 いつまで経っても衝撃は来なかった。CIWSが二発とも撃ち落としたのだろうか?

 夕陽が恐る恐る顔を上げると、CICの面々は既に慌ただしく状況の確認を始めていた。

「敵ミサイルが甲板を擦ったようですが被害なし。発艦、着艦共に支障ありません」

 CIC内がどよめく。どうやらミサイルは「いずも」に当たったが不発で、奇跡的に助かったということだ。

 尾澤が手元のマイクを手繰り寄せる。

「各艦、被害状況を報告せよ!!」

 レーダー上には「いずも」を含めた一〇隻が映っているが、果たして無傷で済んでいるのか?

〝こちら「こんごう」、被害なし。レーダーも正常〟

〝「あたご」も同じく被害なし。健在です〟

 続いて「あきづき」「おおなみ」「むらさめ」「いかづち」「あけぼの」「ありあけ」と各艦から無事の報告が入る。だが「てるづき」からなかなか応答がない。

〝ジーク05より「いずも」へ。「てるづき」は左舷側のレーダーをやられた模様。恐らく火器管制不能と思われる〟

 それは敏生の声だった。シビアな報告内容にも関わらず、彼の声を聞いた夕陽は安堵感からか思わず涙ぐみそうになり、慌てて首を振る。その報告から十秒ほど遅れて「てるづき」から報告が入った。

〝こちら「てるづき」。人的被害なしも左舷側レーダー損傷。……火器管制不能です〟

 その報告に誰もがショックを隠し切れなかった。火器管制が不能ではESSMを放つことはおろか、主砲によるミサイル迎撃すら不可能だ。使えるのは別系統のCIWSのみ。

 これでは蟷螂(とうろう)の斧に等しい。

「統合作戦本部、尾澤だ。〝てるづき〟人的被害なしもFCSを()られ戦闘不能。これ以上の防戦は厳しい。反撃したいが良いか?」

 だが、またしても即答は得られなかった。一体、何を悩んでいるというのか? その市ヶ谷の〝態度〟に苛立ちを隠しきれない。こうしている間にも敵は第三波の準備を進めている。そして艦隊を殲滅した暁には、制空部隊が襲いかかり尖閣上空の制空権を一気に奪取しに来るはずだ。

「本部!! 聞こえているのか!? ……総理!!」

「……反撃は……許可しない。引き続き敵ミサイルの迎撃に……努めよ」

 それは制服組トップである統幕長の涙交じりの声だった。かつては海自随一の操艦の名手としてDDHやイージス艦の艦長を歴任した生粋の船乗り。部下想いで清廉かつ高潔、将兵達の信望を一身に集める尾澤自身も心酔してやまない人物。その彼の指示が断腸の思いであることが感じとれ、尾澤にはそれ以上言い返す気が起きなかった。

「了解した。引き続き敵ミサイルの迎撃に努める!!」

 そのやり取りに静まり返るCIC。

 そんな……、こんなの凌ぎ切れるわけないじゃない……。なんで……。

 夕陽はただ呆然と、Blipが蠢くレーダースクリーンを見つめるしかなかった。


           *


 皆が意気消沈する中、敏生には何となく反撃の許可が下りない理由が分かったような気がした。

 同盟国である米国の参戦が得られない中、日本が単独で反撃して無傷のまま一方的に勝利することがまずいのだ。先制攻撃を受け被害が出たためにやむを得ず反撃した、恐らくその状況を創出したいのだ。中国側に余計な言い分を与えないためか、または国際社会へのアピールか。いずれにしてもそれは高度な政治的判断。

 だが……。

 人間は、かくも冷酷な判断を下せるものなのだろうか?

 誰かが殺られるまで反撃してはならぬなどと!!

 すると突然、「いずも」の左舷二キロメートル後方に布陣していた「てるづき」が猛然と前進を始めたかと思うと、「いずも」の左舷二〇〇メートルのところで艦体を停止させた。

 僚艦の「はるさめ」を守ることができず、仲間が紅蓮の炎に包まれ沈んで行くのをただ眺めていることしかできなかった「てるづき」の乗組員達。その時から彼らの修羅の道は既に始まっていたのだ。そして敏生同様、この命令の意味も理解していた。ほぼ戦闘能力を失った自分達がその役に適任であることを!!

 一度は失った命、仲間を守るためであれば惜しくない。自ら盾となり旗艦「いずも」を守る。その行動は彼らの決意の現れ。

 そんな「てるづき」の様子を上空から見ていた敏生は怒りを抑えることができなかった。

 敵に対するそれではない。

 こんなの……、こんなのありかよっ!? 何であんたがついていながら……!!

 眼下の「てるづき」はもはや洋上に浮かぶ鉄屑だ。

 その横に浮かぶ「いずも」もSeaRAMは第二波で撃ち尽くした。この二隻にはもう四基のCIWSしか残されておらず、三、四発のミサイルでも防げるかすら怪しい。戦闘飛行隊のライトニングも自分を含め第二波でAAM4を撃ち尽くし、積んでいるのは対戦闘機戦闘用のAAM5のみで、対艦ミサイルの迎撃には力不足だ。

 俺は……どうしたらいい?

 ミサイル一発で散った親友の槙村と後輩の若葉、そして彼らを含む一四〇名の仲間達の声なき声が敏生の脳裏をこだまする。

 ドクン

 心臓が鳴る。

 自分の拳を両手で握りしめ、泣きじゃくる最愛の人の記憶。

〝この手はお前を守るためにあるんだよ。俺にとっての全てを守るために〟 

 だよな……、それが俺の戦う意味だ。

 敏生は歯を食い縛ると、操縦桿を握り直した。


           *


 尾澤はドンッとテーブルを叩くと唇を噛んだ。その目には涙が滲んでいる。

「全艦ッ……第三波に備えよ。……一発たりとも撃ち漏らすな!! 全て撃ち落とせ!!」

 その「てるづき」の覚悟の様子と尾澤の一喝に、無謀な命令で意気消沈しかけていた全ての艦艇・作戦機の乗組員達が再び奮い立つ。そして尾澤も覚悟を決めた。この第三波をもし凌ぐことができたら、自分の(くび)を、刑罰を賭して反撃をすることを。

「中国艦よりミサイル発射!! 第三波来ます!!」

 幸か不幸か、第二波よりはミサイルの数は少なかった。いよいよ向こうも手詰まりなのだろうか? だが「てるづき」が防空戦に加われない今、それは何の気休めにもならない。

 ジャミングとイージス艦のスタンダードミサイルによる防御網を突破したミサイル群が猛然とこちらに向かってくる。

「あきづき」他、各艦から迎撃のESSMとシースパローが次々と発射されていく様子を、夕陽が祈るような気持ちで見つめている時だった。

「ジーク05、何をしている!?」

 CICがざわつく。その声で夕陽が視線をスライドさせると、敏生のライトニングが「てるづき」の四キロメートルほど先に布陣していた。

 え……?

〝見りゃ分かんだろ、俺がミサイルを引き付ける。その代わり逃した残りはお前ら全て撃ち落とせよ?〟

 まるでピクニックにでも行くかのような、明るい彼の声に夕陽が固まる。

 ちょっ……敏生……今何て……?

 すーっと身体が冷える。彼が何を言っているのか意味が分からない。

〝ガイア!! そんなことして何になる!? 退避しろ!!〟

 勝野の声だ。

〝悪いな、オッサン。あいにく俺は不器用でね。これしか思いつかねぇんだよ〟

〝てめぇふざけんな!! お(・)()が(・)()ん(・)だ(・)ら(・)イデアはどうするんだよ!?〟

 それはいつもクールな〝アッシュ〟刑部の初めて聞く怒鳴り声。

 彼らの制止にようやく状況が飲み込めた夕陽は、慌てて立ち上がると司令席に駆けつけ、尾澤の手元から構わずマイクを奪った。

「何やってるの!? 敏生やめて!」

 だが、彼からの応答はない。

 そんな……、まさかそんな……ッ!!

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!! お願い敏生逃げて!! 逃げてよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 取り乱し絶叫する夕陽を周りの幕僚達が慌てて取り押さえにかかる。それを振り解こうとしながら夕陽はマイクに向かって叫び続けた。


           *


 イヤフォンを通して聞こえてくる愛しい女性の悲痛な叫び。だが、敏生にはもはや逃げるなどという選択肢はなかった。

「いずも」の身代わりになろうとしている「てるづき」には二〇〇名、旗艦の「いずも」には五〇〇名の乗組員が乗っている。そしてその中には最愛の君も含まれているのだ。

 ごめん、夕陽。

 音速でこちらに向かってくる、防御を突破した六発の対艦ミサイル。

 敏生は残った四発のAAM5をそれぞれにロックオンすると、一斉に発射した。

 AAM4と異なり対戦闘機戦闘用のミサイル故、これで撃ち落とせるかは疑問だったが、デコイ(おとり)にはなるかもしれない。

 そして幸運にもその内の一発は敵ミサイルを撃ち落とした。

 だが、敏生にはそれを確認することはできなかった。

 最期に脳裏に浮かんだのは、初めて出会ったときの不機嫌そうな夕陽の顔。


 ごめん。


 彼の目から涙が零れたが、それが頬を最後まで伝うことはなかった。

 敏生のライトニングは三発の対艦ミサイルを引き付け、

 南洋の空に散華した―――――


           *


「ジーク05、ロスト……!!」

 レーダー員の悲痛な叫び声に夕陽の頭の中は真っ白になった。レーダースクリーンからは敏生のライトニングが消えている。

 残りの二発のミサイルは「てるづき」と「いずも」のCIWSがそれぞれいとも容易く撃ち落としたのだが、喜ぶ者は誰もなくCICの中はシンと静まり返っていた。

「……神月!?」

 夕陽は突然、弾けたように駆け出すと、片山の呼び止める声にも振り向くことなく、CICを飛び出し甲板に向かった。

 そうだよ、

 敏生が……

 日本最強のファイターパイロットが、

 優しくていつもあたしのことを考えてくれる彼が

 あたしを置いて行くわけないじゃない

 きっと撃墜される前に脱出して……

 階段を駆け上がりドアを乱暴に開けて甲板に出ると、強い海風に夕陽は息をのんだ。

 辺りを見回すと、敏生を慕っていた若い甲板員達が座り込んで泣きじゃくっている。その中の一人が夕陽を見つけると、

「神月三尉!! 門真二尉が……トシさんが……!!」

 と号泣しながら叫んだ。

 うそ……だよね……?

 夕陽はよろよろと二三歩進むと、一気に腰の力が抜け、その場にへたり込んだ。

「うそつき……」

 呆然と空を見つめる彼女の頬を一筋の涙が伝い、その雫は風に乗って彼の消えた彼方へと飛んでいった。


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