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第九話『依頼と苦労』7

「ふぅ~……」

 練習試合が始まってから一時間ちょっと経った頃。俺は連続の試合での疲れが溜まっていた。

 こうして運動していると、日頃どれだけ運動してないことが痛い程に分かる。これは一度体力作りをした方がいいな。

 「懸、大丈夫?」

 俺が珍しくまともな事を考えていると、天使水野が俺を心配していた。って俺はいつもまともだ。

 はいと水野が水を渡してくれた。ありがとうございます、天使。

 俺は天使の恵みである水を一気に飲み干した。そろそろ天使、天使うるさいと言われそうなので水野に戻す。

 「水野は疲れてないのか? 俺は少し疲れたぞ」

 タオルで汗を拭きながら、水野に尋ねた。まあ、見たところ疲れてなさそうだが。

 いつも運動しているから、普通の事なのかもな。でもその身体つきを維持してほしい。

 俺が守りたい。いかんいかん。

 ここまで来ると、別に男子でも大丈夫になってしまう。でも可愛い.

 現在の思考回路は水野だけの事しか入っていない。

 「僕はまだ全然平気だよ。懸はいつも運動していないからだよ。たまにこういう事した方が良いと思うよ」

 「ごもっともです。次から心がけます」

 水野がそうしてしょうがないなと呆れている表情もやはり可愛い。

 はっ。俺はいつまで水野に見とれているんだ。

 いい加減止めなければ。

 「懸、あれ見て」

 水野が何かに気付いたらしく、俺に声を掛けてきた。

 俺は水野が気になっている方に視線を向けると、姫野たちがダブルスで練習試合をしていた。

 別に気にする必要はないと思ったが、ある光景を見て俺は目を疑った。驚き度MAXだ。

 あのショット、見えなかったぞ。それは他校が打ったのではなく、姫野によるショットだった。

 とてもじゃないけど、初心者に見えない。あいつ、昔卓球してたのか。

 どんだけ高スペック何だ。性格が悪いのが惜しい。

 「きゃああ!! 凄~い!! よく出来るね、姫野さん!!」

 こちら側の女子は大喜びだった。誰もが笑顔を見せている。

 先輩も大絶賛だった。今にも凱旋パレードが始まりそうだ。

 羨ましいな、この野郎。

 他校の人すら感嘆の表情を浮かべている。どんだけ凄いんだよ。

 「ええ。昔、少しやった事があるだけよ。別に変な事ではないわ」

 「もう~嘘吐いて。実は結構経験者でしょ?」

 姫野はこのような状況に慣れていないのかたじろいでいる。

 そんな姫野に構わず他の女子たちは話しかける。花澤ですらもう止めらない状況だ。

 俺はふと、姫野に話しかける女子たちを見た。

 あれは……。俺は気になってしまった。

 「ねぇ、姫野さん!! 卓球部に入ってくれない?」

 「それはお断りします。それだけは」

 「え~。いいじゃんか、入ろうよ~」

 ここまで来たら、女子の勧誘はいわゆる一種の強制になる。

 俺的には姫野が卓球部に入っても問題と思う。悪口とか言われなくなるしな。

 とはいえ、姫野は本気で嫌がっていた。

 別に俺が助ける必要はない。

 だが、姫野を部活に入れようとする女子たちの目が気に入らなかった。

 俺はぼっちだ。よって観察は大の得意だ。

 俺には分かる、あの目の正体が。俺も経験したことのある事だ。

 別に姫野自身を必要しているわけではない、姫野の才能を欲しているのだ。

 ただ、私たちの部活は強いですよとアピールしたいだけなのだ。

 ぶっちゃけ言うと、我が校の卓球部は弱い。残念な程に活躍していない部だ。

 なので、あまり先生から期待されていないのだ。部活の顧問ですら、諦めかけているのだ。

 第一やる気があるのなら、こんな風に誘ってはこない。自分たちを鍛えようと努力するはずだ。だが、彼女たちはしない。

 彼女たちは今までの悔しさを見返す為に姫野を入れるのだ。姫野自体は要らない、才能だけだ。

 俺はそれが気に入らなかっただけだ。

 「ちょっと、懸」

 気付いたら、俺は歩き出していた。

 後ろで聞こえた水野の声を無視して。

 今にも姫野は入れられそうな空気だった。

 だから、俺はその空気を打ち壊す。

 「そんなこと言わずに」

 「ごほんっ!!」

 ある女子が喋ろうとした所は遮った。

 その咳で大半の女子が引いていた。

 これぞ、必殺杉山ワールド。

 中二病っぽく言ってみたが、思惑通り空気を打ち壊す事が出来たみたいだ。

 「何なの? あなたは?」

 警戒心、半端ないな。ここまで俺は嫌われているのか。

 今はそれは置いておき、俺は口を開く。

 「姫野が嫌がってるから止めろ。それに姫野は部活に入っている」

 最近出来たばかりではあるが、青春部は立派な部活だ。

 別に変な事ではない。

 少しだけ姫野が驚いた表情をしていた。花澤は少し感動している。

 別にそういうわけではないんだが、あまり期待はしないでほしい。

 「急に何なの? 別に私たちは善意で」

 「善意? ふっ、笑わせるな。それはただお前たちが認めて欲しいだけだろう」

 俺がその言葉を言うと、先ほどまで引きつった笑顔が消えいよいよ俺を本気で睨むような表情になった。

 おお、怖い怖い。それでも、俺は続ける。

 「それとも相手が嫌がっているのに強制で部活に入れるのがお前たちの言う善意か? 素晴らしい部活だな」

 今にも爆発しそうな表情だ。

 流石にこれ以上にまずいな。ここまでしておこう。

 姫野と花澤ももういいという表情をしているしな。

 それにいつ呪いが発動するか分からないしな。

 「とにかく姫野、花澤や俺はあくまでサポートで来ているんだ。お前たちの問題を俺たちに押し付けるな」

 俺たちの部活の依頼は練習試合の埋め合わせとして参加をするだけだ。

 部活の評価を上げるのが目的ではない。

 そんなのは勝手にやってくれ。

 「姫野と花澤。少し休憩するぞ」

 「ええ。そうね」

 「私もそう思っていたところです」

 相手が悪いとはいえ、俺が空気を悪くしたのは事実だ。

 ここで、一度退散するのが良いだろう。

 まだ、練習試合の時間はある。

 少し外に出ても構わないだろう。

 姫野たちも俺の気持ちを察してくれたらしく、賛同してくれた。

 「懸。どこに行くの?」

 俺の事を見て、心配そうに聞いて来た。

 確かに急に退室するのは少し心配になるだろう。

 だが、別に心配する必要はない。

 「ちょっと、風に当たってくる」

 そう言い、俺は姫野と花澤を連れて体育館を出た。

 

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