第七話『記憶と勝負』2
「ねぇ、懸。こうして図書館に来るのって久しぶりじゃない?」
図書館の近くの坂を上っている途中、優姫がそう呟いた。
「何だよ、急に。そうだな。確かに久しぶりだ」
俺は自転車を運びながらそう淡々と答えた。
「良かった……。もう克服したんだね」
優姫はそれを聞いた事で安心したようだ。
だが、俺は克服したわけではない。
「トラウマはまだ引き摺ってる。今回は仕方がなく来ただけだ」
「そうなの……」
優姫は少し暗そうだった。まあ心配するのも無理はない。
「自転車は綺麗になったんだがな」
「まあ、無理しないでね」
「ああ」
優姫がそんなにも心配する理由は俺のトラウマにある。
俺は呪いのせいで中学生時代はもちろんぼっちであった。その気晴らしによく図書館に通っていた。
それも一週間に五回くらいのペースで。ただ俺は本を読んでぼっちから逃れようとした。
そんな日常がしばらく続き、とある中三の夏、約一年前。図書館に新しくライトノベルが入る事になった。
俺は今と違いアニメや漫画が好きでいわゆるオタクだった。
その時の俺は嬉しくてたまらなく、すぐに図書館に向かった。
俺は自転車で急いで行き、ライトノベルが置いてある場所へと向かった。時間帯は今ぐらいで昼だった。
導入初日に行ったおかげで無事自分が読みたい本を借りる事が出来た。その時の俺は今すぐ読みたくなり、図書館の中で読んでいた。
そんな時だった。俺は不可解なものを目撃したのだ。
俺と同じくらいの女子がライトノベルを手に取っていた。すると、突如三人組の男性がその女子に声を掛け始めた。
別にここまでは気にすることはなかった。その女子も結構美人だったし。だが、こんな声が聞こえた。
「お~い。何だよ、それ」
「別にこれは……。ライトノベルです……」
三人の男性がその女子をバカにし始めた。もちろんその女子も必死に抵抗していた。
「ライトノベル……。はぁ? 何だそりゃあ?」
俺はその言葉にカチンときた。こいつらはライトノベルについて何も分かっていない。
「人が何を読もうが人の勝手です。ほっておいてください」
「はぁ? 何言っちゃってんの? 俺たち友達だろう? そんなダサい物読むなよ」
何が友達だ。そんな友達とは言わない。ダサい……。ふざけるな。
「やめて下さい。あなたたちとは友達ではありません」
「そうか。じゃあこうだ!!」
突如三人組の男性がその女子の鞄を奪い、あさり始めたのだ。完全にこいつらは嫌な奴だ。俺はそう思った。
「やめて下さい!! 勝手に人の物を……」
「ぷっ。何だよ、これ。完全にオタクじゃないか。笑えるわ」
何がオタクだ。オタクの何が悪いんだ。
「あなたたちに何が分かるって言うんですか? もう話さないでください」
そう言い、三人組の男性から鞄を取り上げ去ろうとした。
次の瞬間。彼らは彼女に拳を振りかざした。
「お~い。何、偉そうにしてんの? ふざけやがって」
「何ですか? そんなに私と仲良くしたいんですか? 気持ち悪いです。他を当たってください」
彼女は強気で彼らに歯向かった。だが、彼女の目に薄ら涙があった。
俺は我慢ならなかった。ライトノベルをバカにされて、ましては女子を殴るなんて。
「そうか……。なら、こうだ」
再び彼女から鞄を取り上げた。
「……!! 何をするんですか!!」
他の二人の男性が彼女の鞄からライトノベルを取り出し、それを踏みつけた。
「最低ですね!! それでも」
また一人の男性が彼女を殴った。
「黙れ。あんたに拒否権なんてないんだよ!!」
「もうやめて下さい……本当に……」
彼女はもう泣きそうだった。俺はただ見ているだけでは許されない気分になった。
次の瞬間には俺の体は動いていた。怒りでいっぱいで。完全にこの時俺はどうかしていた。
「おい!! やめろ!!」
「何だ!! お前は!!」
後ろに俺がいる事に気が付くとそう言い睨んできた。
「やめろよ。嫌がってんじゃないか。それにオタクやライトノベルをバカにする奴の方がクソだ!!」
「なに、生意気な事言ってやがる。オタクなんてクソだろう」
「ふざけるな。お前たちの方がよっぽとクソで最低だ」
次の瞬間を俺も殴られた。
「よ~し気分が変わった!! お前ちょっと外に出ろ!!」
「ちょっとその人は関係ないでしょ!!」
「うるせぇ!! お前はもうどこかに行け!!」
俺は彼らに外に連れてかれた。
「お前!! 調子乗りやがって!!」
「ふっ」
俺はこの後散々殴られ、自転車や本など全てぐちゃぐちゃにされた。
でもその時は後悔してなかった。女の子を助けられたのだから。
だが、俺は未熟だった。自分が勝手に英雄だと思い込んでいたのだ。
人の気持ちも知らずに。
トラブルがあってからしばらく経った後俺はまた図書館に行った。
怪我をしたが別にここまではトラウマになるレベルではないので普通に図書館に入った。
「ちょっと君」
「えっ。何ですか?」
俺は司書さんに呼ばれた。
「これ、ある女の子が渡して欲しいって」
「どうも」
俺は素っ気ない挨拶をしたが、とても嬉しかった。
まさかお礼の手紙をくれるとは思ってなかった。
だが、ここからなのだ。俺のトラウマは。
「開けていいですか?」
「ええ、もちろん」
俺はすぐに開けて手紙を読み始めた。
『助けてくれた人へ
この間は助けてくれてありがとうございました。ただごめんなさい。私はとんでもない事をしてしまいました。他人であるあなたを巻き込んでしまうなんて。本当にごめんなさい。もうあんな思いしたくもないしさせたくありません。ライトノベルやオタクがなければあなたは傷つかなくて済んだのに。本当にごめんなさい。もう私はライトノベルなんて読みませんしオタクをやめます。本当にごめんなさい。』
それは決して温かいものではなかった。その書いた女子の名前は書かれておらず、ただ最後の最後まで謝罪の言葉で埋め尽くされていた。しかもオタクをやめると。
俺は理解出来なかった。どうして彼女が止めなければいけないんだ。俺が助けたせいで彼女が傷ついてしまった。俺のせいで。
俺はただ悲観するしかなかった。自分が善意にやった事は間違っていたのだ。そう思ってしまった。
俺はそれ以来しばらく図書館に来ていない。もちろん俺もその時をきっかけに唯一の希望であったオタクを止めた。
「あの~。大丈夫?」
「ああ。すまん」
優姫のおかげで我に返った。どうやらしばらくの間ぼうっとしていたらしい。
「もうすぐ着くよ。」
「そうか」
俺はただそう言った。
「手紙の事。まだ気にしてるの?」
俺の表情を見て優姫はそう尋ねてきた。流石は従妹である。
「別に気にしてるわけではないが」
俺は優姫を心配させない為にそう答えるしかなかった。
「それならいいんだけどさ。その人とまた会えるといいね」
優姫は俺の思っている事を察したのか深くは聞いてこなかった。また会えるか……。そんな事ありえるわけないが。
「そうだな」
「調べておくよ」
「はぁ?」
急に何だ。ほんの少しだけ優姫は先ほどより元気になった気がする。
「だから、その人の事。まずは懸の手紙を探してからだけど」
この時優姫は凄く優しくて良い従妹だと思った。まあ俺がボロボロになって帰って来たの見てるし。
それに俺は最初で最後の涙を流してしまったしな。
それにしても手紙はどこにやったんだっけ。また整理するか。
「それはまあ無理するな」
今更知る必要はない。俺はもう気にしない事にしているのだ。
「それは大丈夫だよ。あっ。着いたよ、図書館」
「ようやくかぁ~」
俺たちはそんな話をしながら図書館に着いた。
何もしていないのになぜか非常に疲れてしまった。
やはりトラウマのせいなのだろうか。
あの時の俺はバカだった。どうしようもないくらい。
あの時女の子は今頃どうしているのだろうか。
ふと俺にはかすかにそんな思いが浮かんでいた。




