第二話『多重なあいつの多重な事情』5
教室に入った後は先生の自己紹介から始まり東隠学園についてなど長々と説明を聞かされた。自分の自己紹介の時は少し緊張したが特に何事もなく終えることが出来た。さくらはしっかりと自分の名前ではなく『姫野叶』と言っていたので良かった。
「はぁ~……」
急に疲れた気がしてつい深いため息をしてしまった。
「大丈夫ですか、杉山さん? これから学園の中の探索時間ですが」
探索って何かの推理ゲームか脱出ゲームかよ。案外先生はオタクかもしれない。
「別に大丈夫です」
「あら、そうですか。皆さん!!これから自由時間にします。12時までに教室に戻ってきてくださいね」
『はぁ~い!!』
そんなにここ広いのか。今は10時だ。先生がそう言うと皆教室から出ていき、
『どこから行く?』『3階行こうぜ!!』
など様々な会話が聞こえた。
「さぁぁ~。杉山さんも早くいってらっしゃい。恋を実らせるのよ!!」
「どこにそんなの存在してるんですか。ただ周るだけですよね」
「まあ、そうですけど……」
「じゃあ、俺も行きますね」
辺りを見渡すとぼっちが好きなさくらがまだ教室にいた。
「おい、行くぞ」
俺はそっと近寄りそうささやいた。
「いやだ。君となんか。それに僕は一人がいい」
「このままだと上野先生と一緒に行くはめになるぞ」
「それはもっと困る。じゃあ、仕方がないから一緒に行ってやる」
俺の頼む人はどうして上から目線の人ばかりなんだ。そう言いさくらは席を立った。
「あらあら。どうやら私は一人みたいね。まあまた会えますけどね。じゃあお先に行っています。仲良くね、ミラクルボーイ」
そのあだ名やめてください。先生はそう言い教室から出ていった。
俺たちが外に出ると花澤がいた。
「花澤、待っててくれたのか?」
「はい!! どうしても一緒に周りたくて」
「それはどうも」
「もちろん、姫野さんとも一緒に行きたいです!!」
「チっ……。こんなリア充クソビッチに……」
俺は急いでさくらの口をふさいだ。おい、言い過ぎだ。
「あの、何か言いましたか?」
「ああ、一緒に周ることが出来て嬉しいってさ」
「本当ですか!? とても嬉しいです」
「そんにゃあこと言ってないしそれに……」
俺はもう一度口をふさぎ、
「もう言わなくていいから。それに花澤は悪い人じゃない」
「あ~そう。ならいいけど。僕は信じるよ。リア充信者じゃないことを」
どんだけリア充を嫌ってんだ。
「よしじゃあ行こうか」
俺たちは時間の許す限り学園内を周った。食堂や休憩室など様々な場所がありずいぶんと充実していた。さすがにカラオケなどが置いてある娯楽施設があったことは驚いたが。東隠学園は県内でもトップ5に入る進学校だ。俺はここを目指し必死に勉強したのを覚えている。ぼっちから脱退するためが主だが。素晴らしい高校だと堂々と言えるほどの充実した環境だ。ほとんどの生徒が大学に進学するらしい。
「はぁ~……。さすがに疲れました」
まあとにかく広かった。周るのに1時間ちょっとかかった。
「そうだな」
俺たちは中庭で休憩していた。
「こんなに広いなんて想像もしてなかったよ。あの先生何を考えているんだ」
桜は少し不機嫌そうだった。普段運動はしないだろう。俺でも本当に疲れた。(それくらい広い)
「それにしても今日の姫野さん、何か変でしたよ。やけに私たちと距離をとりますし、まるでぼっちが好きな人みたいでしたよ」
おお、なかなか鋭い。ってそうじゃない。まさかばれてるのか?さすがに桜も動揺していた。確信に迫り過ぎだろう。もう少しオブラートに。
「そっそっそんなことないよ。僕はいつも通りだよ」
僕って言っちゃだめだろう。それに動揺し過ぎだ。
「その『僕』って言うのも変です。昨日は『私』って自分のことを言っていましたよ」
どこかの探偵かよ。誰か眠らすのか?だめだ、鋭すぎる。さすがに一緒に周っていたら分かるか。
「それはその……」
「さあ白状してください。そうしないと……」
花澤が姫野に近づき問い詰めようとした。その時。
「おい、そっちは」
「えっ」
「きゃあ」
俺の注意は虚しく間に合わなかった。二人は池に落ちてしまった。何だこの嬉しいような残念のような気持ちは。
「あの大丈夫ですか!? 姫野さん!!」
ずぶ濡れになった花澤はずぶ濡れになった桜に声をかけている。この時期じゃ風邪引くぞ。
「おい、大丈夫か」
「はぁぁ!! あれ私は……」
「大丈夫ですか? 良かった」
「私はいったい確か……」
もしかして……。
「なあ、姫野叶だよな?」
「はぁぁ? 何言っての? そうよ。もう私の事を忘れたの」
やっぱり昨日の姫野だ。
「ごめん、確認だ」
「まあいいけど。それよりなんで私こんなに濡れてるの? それにここはどこ?」
「ええぇぇぇ!! ごめんなさい、私のせいでさらにおかしくなちゃったですね」
「いやそういうことではないぞ」
「それはどういうことですか?」
仕方がないここまで来たら話すしか……。今なら話せるかもしれない。
「ちょっとまさかあのこと話すの!!」
俺がしようとしている事を察した姫野は俺を止めようとした。
「ああ」
花澤は首をかしげている。
「実は俺たちは呪いを持ってるんだ」
「えええぇぇぇぇぇぇ!!!」
花澤は予想以上に驚いた。