1.開始―5
そして砂影の先導で二人は歩き出す。砂影が移動中ずっと辺りを警戒しているのが分かり、無闇矢鱈に言葉を掛ける事ができなかった。それに、いつ襲ってくる奴、とやらが来るかもわからない。砂影の言った通り、あの村に到達し、落ち着ける場所を探してから、会話は交わした方が良いのだろうと、思えた。
それにしても、と、砂影の背中を見て、成城は思う。
(それにしても、なんだ。砂影君だったか? ……幼くも見えるし、年上にも感じる。それに、この現状で、あんだけ動いて、殺して……何者なんだ?)
成城は自分の評価をする。自身は突然大悟に襲われ、何もできなかった。だが、それが普通だと思った。思った上で、比べた。異常だ、とまで思った。速く村に到着し、話を聞きたい。そう、思った。
まだ村まで距離がある、山の下り坂。道中、不意に、砂影が歩きながら、口を開いた。当然、視界は辺りを右往左往させて警戒を続けてままである。
「……先に言っておく。俺は既に、さっきの奴を合わせて、四匹の敵を倒した。反応はいらない。ただ、頭に入れておいてくれ」
そうとだけ言った。反応は返すな、と念を押されてしまったものだから、成城も高無も何も返事を返す事はできなかった。
だが、情報は与えられた。そこからある程度でも、推測をする事は出来る。当然、答え合わせ等できやしないのだが。
(敵を、四匹……。高無さんのメモには、『敵は三○匹』って書いてあったんだ。と、いう事は……多くても、敵の数は残り二六匹、って事だ。……とは言っても、なんなんだ、敵って。さっきの大悟だって、見た目は完全に人間だった。ただ、変に光る緑色の血を流したけどさ……)
推測すればする程、考えは歯止めをくらった。先へ進みそうだが進まないもどかしさに苛む。
そうして暫く歩いている内に、だった。山を完全に下ると、島を囲む海に繋がっているであろう幅三メートル程の小さな川に三人は当たった。底は浅く、川の周りには砂利が敷き詰められていて、場所と現状さえ違えばキャンプ場やBBQ会場にでも使われそうな雰囲気が漂っていた。日が大分傾いてきていて、夕暮れ独特の哀愁漂う雰囲気を醸し出していて、思わず安堵の溜息を吐き出したくもなるが、
「ここは開けてる。さっさと抜けて村に向かおう。もう目と鼻の先だから」
砂影は僅かに焦っていた。
敵がいる事は周知。だが、今は三人で身を隠す事を目指して村に向かっている。ここで敵に見つかれば、村まで敵を引っ張ってしまう事になる。それは、好ましくない。生存者が他にいるとすれば、三人のように山頂に向かって島全体を見渡そうとするか、村のような建物の多いところでまず落ち着こうとするはずだからだ。
(ここで何もなく、村まで入れてしまえば良いのだが)
そうは、思うが、
「……、場所は変わらない。どこでも良いから、隠れて待っていてくれ」
そうは上手くいかないのが、現実だった。
砂影はまず、そう言った。二人はぎょっとしたが、すぐにその理由に気付く事が出来る。正面に見える村に、砂影の視線は向いていない。右、川の向こうに向いている。そして、その視線を辿ると、一つ、影が見えた。
それが人間に見えるのだが、砂影が先に行けという合図を出した以上、
(あれも、敵……?)
「走れ!」
砂影が声を上げると、成城と高無は二人、同時に駆け出した。川で濡れる事なんて気にせず、水を踏み抜いて川を渡り、砂利道に足を取られながら最早見える位置にある村目掛けて走り出した。
敵は、それを一度視線で追ったが、目の前の逃げない敵に視線はすぐに戻した。
敵は、男だった。少なくとも、人間の成人男性程度に見える、敵だった。
「……逃げないんだね」
敵は砂影を見て、両手に刀を構える砂影を見て、言う。言って、舌なめずりをする。獲物を選定している、と言わんばかりの、余裕が伺える態度だった。
だが、砂影は、そんな仕草等、とっくに見慣れていた。
砂影は思う。どいつもこいつも、『人間をなめやがって』と。
「かかってこいよ。くそったれ。お前で五匹目だ」
砂影は両手の刀を構える。対する敵は、いつのまにか右手に、漆黒に染まったボウガンを握っていた。漆黒に染まった矢が、装填されていた。
砂影の協力あってなんとか村へと降りてきた成城と高無は、村入り口付近はまだ危険だ、という成城の咄嗟の判断により、村の中程まで進み、そこにあった適当な民家に進入した。扉の鍵は古めかしいモノで壊せそうだったが、それ以前に扉に鍵が掛かっておらず、扉を開けて進入し、そのまま中に入って鍵を閉めた。
古めかしい家だった。村の雰囲気にぴったりマッチした石造りの、昭和よりも前を連想させるような、そんな家だった。現代で言うところのワンルームの作りで、壁際に便所、風呂場と繋がる木製の扉があり、縁側とは言い切れない縁側が僅かにある。入り口の傍には台所があるが、目新しさはあってもこの現状で役に立つと思えるモノはなかった。
日が傾きつつある事もあって部屋の中は薄暗く、成城は明かりを捜すが、見つからなかった。仕方なく、二人はとりあえず、と部屋の中心にある囲炉裏を中心に、二人で向かい合うように腰を古ぼけた湿気を感じさせる畳の上に落ち着かせた。
数秒は沈黙が続いた。互いとも精神的にも、体力的にも憔悴していた。
成城は思った。休むべきなのか、と。だが、砂影の帰還を待って、話を聞く事の方が重要なのでは、とも思えていた。砂影が大悟を倒したあの光景を見れば、砂影があの敵にも打ち勝つ事は用意に想像出来た。
その間、休憩するよりも、まず、会話を交わした方が良いのでは、と思った。思って、成城が口を開いた。
「高無……さん。砂影君のメモには味方は全員で一○人、って書いてあったんだよね、確か」
声をかけられた高無ははっと顔を上げてから、ゆっくりと首肯した。
「確か……、そうだったと思います」
声から、疲れている事を察する事が出来る程だった。が、会話は交わしておくべきだ、と成城は気を遣いつつ、続ける。
「だとしたら、やっぱり、俺が道中で見たあの死体の事を考えたら、既に仲間は、味方は、九人以下になってる、って考えた方が、良いのかな」
疑問だった。当然、こんな質問は砂影を待ち、砂影に投げた方がよいのだが、会話を交わすという事に重点を置いているのだ、内容は現状に関係さえしていれば、何でも、前進となる。
高無は言われ、思い出したように、
「あ、……やっぱり、そうなるんですよね。だって、まだ聴いてなかったですけど、成城、さん、の見た死体は赤い血を流していたんですよね?」
言われ、そうだ、と成城は思い出した。
(砂影君は確かに、あの緑色の血みたいなのを、連中の血液だ、って言ってた……。連中っていうのは当然敵で、見分けるのは、やっぱり、それ、なのかな)
言われて、自分もまだまだ落ち着ききれていないな、と思って、成城は返す。
「そうだった。赤い血を流してたよ。……正直、半ばパニックだったから、記憶が混乱している部分もあるけど、赤だったと思う。それに、緑だったら、尚更記憶に焼き付いていると思うんだよね」
「そう、ですよね……。だったら、もう味方で一人、死んでるんですよね。敵は、砂影さんが倒したって言ってた分を考えても、まだまだ倍以上いるのに……」
言葉から、高無は割と、現実を見ているんだな、と成城は思った。冷静に分析し、現状を受け入れた発言だ、と上から目線だとは思ったが、素直に感心していた。
「……この島って、日本国内、だと思う?」
高無が不意に、成城に質問を投げた。




