5.強敵―10
「これが宇宙人の姿だ」
最初にそう声にしたのは、霧崎だった。既にテストクリア済みで『そちらの方面で』仕事をこなしている霧崎や東雲は既に、その姿を把握しているのだろう。知識があり、力のある霧崎が皆を先導する。
「ッ、でっけぇ……」
成城が後ずさる。
「……前に見たのの二倍近くあるぞ……」
「何これ、これが宇宙人だっていうのか?」
砂影も橘も絶句する。
諸星は、黙って息を呑んだ。
蟷螂のように見える。が、当然そんなサイズの蟷螂なんて存在しない。そもそも、五メートルもの体長を誇る生物が、地上には限られた数しか確認されていない。
こいつは、宇宙人である。
足が八つ。虫のようで、やはり、蟷螂を連想させる。上半身は人間に近いが、どちらかといえばやはり、虫である。指は全て鋭利になっていて、触れただけで、全てを切り裂いていしまいそうな程である。
そして、それを証明せんと言わんばかりに、
「ッ!?」
一瞬、一瞬だった。
宇宙人が身体を振り向かせるように回転させたと同時、腕を振るうと、丁度そこにいた、霧崎の右腕を、触れただけで、吹き飛ばした。
吹き飛ばされた霧崎の右腕は大きく飛び、近くの民家に当たって転がり、民家と民家の間に転がっていった。その鋭利さを痛感させるように、切断面は恐ろしく綺麗で、吹き出す鮮血の量もまた、多かった。
「霧崎さん下がって!!」
咄嗟の判断により、砂影が後退した霧崎の前へと飛び出した。
今の一瞬の動きと結果を見て、砂影も理解した。あの腕には切断能力があるのだ、と。だとすれば、刃のついた武器を持つ自分が真っ先に飛び出すべきだ、と考えたのだ。
だが、宇宙人がそのまま二擊目を逆の手で放つ。それを、砂影は二本の刀で受け止める――が、砂影の身体は、そのあまりの威力に耐え切れず、踏みとどまれず、砂影の身体はバットで打たれたボールの如く真横に吹き飛んで、近くの民家へと突っ込んだ。砂影が突っ込んだ民家の壁は容易く穴を空け、砂影の身体が中へと消え去った直後に、崩れ落ち、穴を塞いで砂塵を激しき巻き上げる。
「砂影君!!」
成城が叫ぶ。当然、その時視線は砂影が消えた先を追ってしまっていた。だからこそ、隙が生まれてしまう。それに反応した宇宙人が再度旋回すると、宇宙人の尾がよそ見をした成城の全身を叩き、そして、砂影が消えた方向とは正反対の位置に飛ばされ、砂影同様、民家の中へと突っ込んで消え去った。
「っ、……どうしろって」
橘がたじろぐ。諸星がすぐに横に並んだ。
当然、宇宙人は場に残る二人を見る。
だが、すぐに、振り返った。
宇宙人がそうやって見下ろしたのは、右腕の肘から先を失い、未だ鮮血を垂れ流す霧崎の姿だった。険しい表情で霧崎が宇宙人を見上げている。蟷螂のような、いや、悪魔によく似たその顔が、霧崎を感情の篭らない表情で見下ろしている。
何をしているんだ、諸星は霧崎を見て、そう思った。
確かに、霧崎は強い。普通の宇宙人相手であればその電撃の能力だけで容易く制圧出来るし、身体能力だけでも押し切る事が可能だ。だが、相手は、電撃が通じつ、身体能力でどうもできない大きさである。
諸星も、橘でさえも、この時は霧崎を守らねば、と判断した。
だが、既に、高無だってこの場で殺されている。その時から今まで、誰かが高無の無残な死体に駆け寄っただろうか。否、気持ちこそあってもそんな余裕は微塵もない。
つまり、敵は、待たない。
敵の腕が振られる。思いっきり、叩き切る様に。だが、霧崎だってただ殺されに立ったわけではない。その攻撃を、一瞬の判断と、驚異的な反射神経と、運により見切り、状態を捻る様にして避け、そしてそのまま、地面を強く蹴り、一気に敵の懐へと、潜り込んだ。
そして、そのまま敵の腹部辺りへと張り付き、そして、最後の力を振り絞る。
暗雲が立ち込めた、のは、言葉そのまま、島の頭上にどうしてか、一瞬の内に真っ黒に染まり上がった硬さを感じさせる程の雲が、集まり、出現した。
そして、落雷。
轟音が轟いた。視界が消える程の眩い明かりが一帯を支配した。皆が、怯んだ。視界を奪われ、轟音により聴力まで奪われて、三半規管が狂った。ふらつき、地面がどちらかもわからなくなる程だった。
何がどうなったのか、と皆が目を閉じたまま思った。
今の霧崎の一撃による効果である事は理解したが、誰もが、その後どうなったのかを確認できない状況にあった。
それこそ、一分強はかかった。
一番最初に目を開ける事ができたのは、諸星だった。咄嗟の判断で落雷よりも前に瞼を閉じる事が出来ていたのが、幸を制したのだろう。
「ッ、」
諸星は、未だ半分以下の視界をフルに使って辺りを確認して、すぐに橘の前へと駆けた。
視界を取り戻したのは、諸星が一番ではなかった。敵だ。敵の動きから、敵も今の光に視界を奪われたのは想像出来るが、敵の足元に転がっている霧崎の上半身と、その身体が正対する者を確認すれば敵の動きが早かったのは容易く想像出来る。
既に、宇宙人の右手が橘へと振り下ろされていた。まだ、目を開く事のできていない橘へと、だ。だからこそ、諸星はすぐに駆けた。その身を犠牲にしてでも橘を守らねばならないと咄嗟に判断し、咄嗟に飛び出した。
(間に合うか――ッ!?)
手を伸ばす。武器を投げ捨ててしまいとも思った。だが、そんな余裕すらなかった。
敵の手は、目を閉じたままの橘のすぐ目の前にまで迫っていた。
が、今の落雷によるフラッシュバンの様な閃光を、受けていないのは、まだ、二人いるのだ。
「ぐぅうう!!」
金属同士が打ち合う様な鋭利な音が炸裂した。そして、それを連想させる火花が散った。
未だ視界の戻っていない橘は、押され、尻餅をついていた。そして、その目の前に、成城がいた。刀を横に構え、両手で支え、振り下ろされた宇宙人の右手をなんとか抑えている、成城がいた。
今の攻撃をなんとか受け止めた成城は、力一杯、最大限に攻撃を抑え、耐えていた。
かと言っても、やはり敵は最強と呼ばれる程の宇宙人である。成城は、完全に押されている。徐々にだが、成城の体勢が下がってきている。
だが、既に視界を取り戻している諸星が、援護に入る。一緒に攻撃の下へと潜り込み、そして、長棍で敵の攻撃を抑え、一緒に、支えてやった。
が、宇宙人の攻撃手段はまだ、ある。
空いている手が、横から二人まとめて屠るとばかりに振るわれた。
だが、人間側にもまだ、視界のある者はいる。
「ッ!!」
打撃音。
勢いよく飛び出した砂影が、横から振るわれた攻撃に、ただ防御だけに専念した体勢で、衝突した。二本の刀の内一本は一瞬の内に弾け飛んで砂影の手から離れた。そして、残った一本に空いた手を添えて、砂影は攻撃を受け止める。
押される。足は動かしていないというのに、砂影は大きく後退する。踏ん張るが、必死に抵抗するが、足はただ地面の上を滑って砂影の抵抗を無意味にする。
だが、攻撃が今の一瞬、防がれただけで十分だった。
その一瞬で、成城がまず体勢を低くして攻撃から一度抜け、背後で座り込んでしまっていた橘を無理矢理引きずって数歩分だが下がった。そして、攻撃を抑えきる事のできなくなった諸星は、橘達が離れた所で自身も攻撃から抜け出して、大きく飛んで宇宙人から距離を取った。
そして、砂影もスライディングする様に横からまだ押し切っている攻撃を抜けて、頭上に風を切り裂く轟音を感じながらも、そのまま立ち上がって数歩分宇宙人から離れて、振り返った。
皆、思う。
――どうやって倒せっていうんだ。




