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1.開始―4


 その耳障りの良い音にまず、反応した。成城は顔を上げる。

 見えたのは、背中。

 見知らぬ背中だった。だが、しかし、見覚えのある服を纏っている。黒の長袖に黒のジーンズ。細身の背中だと思ったが、注視して見れば筋肉質である事が理解出来る。

 そして、その両手には、二本の刃。打刀と太刀。違いは見ただけで何の知識もない成城には分からなかったが、長さの僅かに違う刀を、両手に持っていた。そして、それで大悟の振り下ろした鎌を受け止めていた。

「なっ……なんだ!!」

 突然の光景にそう間抜けな声を上げて成城は地面に腰を落としたまま後ずさった。後ずさり、そして、立ち上がっている時に、

「何も知らないんだな」

 黒髪長髪の顔の整った男が、首だけ僅かに回して振り返り、二人を見てそう言った。と、同時、成城の視線は、彼の右手にある打刀に、釘付けになっていた。

(あの武器って……)

 当然どちらも純白に染まっている。その大きさには、見覚えがあると成城は思った。

「下がってろ」

 男の怜悧な雰囲気を感じさせる声が、二人に届く。が、当然下がるなんて事はできやしない。状況に理解が追いついていないのだ。何故、この男は成城の危機を救い、そして、謎の攻撃意思を持ち、漆黒に染まった武器で殺人をしようとする大悟と、戦っている。

 両手を振り上げ、男が大悟の鎌を打ち上げると、その後はほぼ一瞬だった。

 大悟の手から離れた巨大な鎌は彼の頭上一メートル程の位置まで打ち上げり、くるくると回転しながら、落ちる、だが、その落ちるまでの間に、一撃、二激、右手、左手、打刀、太刀と刃が大悟の身体を穿った。

「がっああああああああああ!?」

 大悟の悲鳴が上がる。が、それもすぐに消え去った。二本の刀を振るった男が、大悟を斬り伏せた直後、彼の頭上を回転しながら舞っていた鎌の刃が振り落ち、大悟の首を跳ねた事で、だ。

 大悟の首から上が、無残にも男の足元に転がって落ちる。そのすぐ直後に大悟の首から上を失った身体が、落ちる。男は、その恐ろしい程の形相をしたまま硬直した頭を、片足で踏んだ。

 そしてやっと、二人に振り返る。

 振り返って二人を見て、「当然だな」と呟いた男は、刀を両手に携えたまま、語りかけた。

「おい、お前達。名前を教えてくれ」

 そう言うが、それどころではない。二人は、目を見開いて、驚愕している。男の、その姿を見て。

 それは、視覚的なインパクトが大きすぎた。二人の知っている現実とはそれすぎた光景が映っていて、死体よりもまず、そちらに目が行ってしまって、二人とも、生首なんか眼中においていない程に、驚愕していた。

 男が二人の視線に気づいて、自身を見下げる。

「お、お前……それ、それなんだよ!!」

 成城が彼を指差して言う。正確には、彼の身体に付着した、蛍光塗料の様に薄気味悪く輝く、緑色の液体を、そして、倒れた大悟の首から、溢れ続ける緑色の液体を指して、だった。

 大悟が斬られた、殺された。そこまでは理解ができた。突然の事でパニックに陥りかけていたが、なんとか思考をそこまで追いつかせる事は出来た。考えができていれば、自然と先読みをしているのが、人間の頭脳だ。

 死体が出来上がり、切断面が新鮮であればある程、真っ赤な鮮血が吹き出す。当然、考えこそしなかったが、自然と脳はそう判断してしまっていた。

 だが、違った。

 大悟から吹き出すのは、緑色の、二人の知る血液よりも僅かに粘着質で、血液とは呼びきれない程の、何か。

「これは『連中の血液』だ。緑色で不気味だろ。それより、名前を教えてくれないか」

 男は大して気にしていないようで、二人にそう問い直した。

 だが、当然二人はまだ、応える余裕を持ち合わせていない。

 当然、男は見て分かる通り、二人よりも現状に理解を置いている。または、理解している。その上の立場から見れば、二人の気持ちも良く理解出来るのだろう。

 二人が驚き、思考をまともにできていない事を察知した。男は、高無の視線が足元の生首に向かおうとしているのを察知して、生首を後ろに蹴り飛ばし、雑草と木々の中に消え去った。首のない死体は自身の足元で少なくとも切断面が見えないように気を遣った。

「現状が理解できないっていうのも分かる。俺も最初はそうだった。そうは言っても、俺もまだこの意味不明な島で目覚めてから五時間だ。理解できていない部分も多い。だが、君達も気づいているだろうが、メモがある。俺は俺と、もう一人分のメモを把握している。だから、君達のメモの内容についても知っておきたい。だから、まず、自己紹介だ。君達と敵だとは思いたくないからな」

 男は言う。敢えて言葉で丁寧に説明した。彼なりに丁寧な口調にもしたつもりだった。

 メモ、という言葉を聞いて、二人ははっと我に帰った。当然だ。メモこそが、唯一の手がかりなのだから。成城は彼を見たままだったが、背後の高無が慌ててポケットに手を突っ込み、メモを取り出そうとするが、

「待て、」

 男は打倒を握ったまま、掌を向けてそれを止めた。

 そして、一度、わざとらしい咳払いをした後に、言う。

「まずは、名前からだ。それに、失礼したな。まずは自分から名乗るべきだった」

 再度、咳払い。そして、手を下ろし、両手それぞれに持っていた刀の鋒を地面へと突き刺し、両手をフリーにした事を確認する様に二人に掌を見せて、言う。

「俺は砂影怜生(すなかげ れい)。先程言った通り、この島で五時間前に目覚めた。メモに書いてあった言葉は『味方は全員で一○人だ』だった。そして、俺が道中で出会った男のメモには、『敵は殺しても問題ない』だった」

 全て、先出しした男は、二人の名前を求めるように手を広げる。

 が、二人が話始めるよりも前に、

「あぁ、そうだ。言葉の前には『敵の殲滅をしろ。武器は支給した。それ以外に脱出の手段はない』と書いてあった。そこも違うなら教えてもらいたい。名前の後で」

 そこまで会話をした。あまり長い言葉はかけられなかったが、砂影はその程度の長さを選んで、言葉を吐いたくらいだった。その絶妙な長さが、二人に僅かでも冷静さを取り戻させる最低のラインだと砂影は考えたのだ。

 案の定、その長さの会話に集中した二人は、死体が見えない位置に移動している事もあって、ある程度だが落ち着いて応える事が、出来るようになっていた。

「俺は、……成城悟。目覚めたのは……どうだろう。数時間前としか。まだ日は高い位置に登ってたけど、正確な時間はわらかない。メモに書いてあったのは『ここは無人島だ』だった」

「私は高無華。目覚めたのは、ごめんなさい。わからない。成城君と同じで、数時間前、としか言えない。メモには、『敵は全部で三○匹だ』って……」

 それぞれ、言い終わると、砂影は笑った。

「そうか、ありがとう。出来るだけ情報を共有したい」

 そう言った。成城が高無にそう言ったように。それに気づいて、成城は、砂影もまた、自分達と本当に、同じ立場なのだろうと察した。

「それは、俺も思う」

 成城は言った。言って、一度振り返って高無を見た。未だ怯えの表情は見せていたが、落ち着きは取り戻した様だ。

「だとすれば、助かるな。互いに、だろうが」

 そう言った砂影は先を指差す。

「こっちに下りた方に村があるのは見たと思う。生存者が他にいるならば、そこを目指す可能性が高いと思うんだ。それに、何かあるかもしれない。そこで会話を交わそう。道中は襲ってくる奴がいるかもしれないし、会話は抑えよう」

 砂影はそう言った後に、視線で成城が落とした純白の斧を指し示し、成城に拾わせた。成城が武器を拾った後、自身も二本の刀を手に取った。

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