5.強敵―4
そこからは、『皆』早かった。
砂影と諸星はその驚異的な身体能力を駆使して全力で駆け、東雲を寝かせているその場所へと向かった。
霧崎と成城、飯塚は三人の敵へと向かって駆け出し、距離を一気に詰める。
が、今の会話を聴いて状況に『気付いたと気付いた』敵三匹は、自らの命を守るために、向かってくる敵の相手をする。
敵が動き出した。これが、狙ってこそいなくとも、結果的に、三人の足を遅らせる時間稼ぎへとなってしまった。
「成城さん!」
「ん?」
走る途中で、霧崎が、何かを投げて成城へと手渡した。成城はそれを驚異的な反射神経で掴み取るが、見て、やっとそれが何か気付いた。
――刀。
砂影の持つどちらのモノでもない、刀である。
砂影が清瀬から戦利品として奪い取り――いや、正確には、清瀬が成城が目覚める前に奪い取り、清瀬が砂影に奪われ、砂影が別れるそのタイミングで成城に、と霧崎に投げられ、そして、霧崎が成城に『戻した』その刀であった。
打刀でもなく、長剣でもないと思える、何か違和感を感じさせる刀である。
(これって……)
掴み取って、思った。あの日見た空のスーツケースを思い出した。そして、そこに空いていた穴の形状まで明瞭に思い出した。そして、感じ取る。これが、自分に与えられた武器なのだ、と。
だが、今はどちらでも構わなかった。
武器を手に入れた、という事は単純に、攻撃手段が増え、殺傷能力が上がったという事だ。
それだけで、十分だった。
走り、正面から迫る敵を見て、次に、横を見た。飯塚がいた。同じように、走っていた、が、遅い。
霧崎と成城の様な力を既に持っている人間ではないのだ。当然だ。だが、これで良いと思った。成城と霧崎は一瞬の内に互いを見てアイコンタクトを取り、飯塚は戦わせない、と意思の確認を取り合った。
そして、加速。
疾駆する二人に飯塚は当然おいていかれ、そして、足を止めた。
「うわ。早すぎでしょ……」
呆然と、その光景を見守る事しか、飯塚にはできない。
敵三匹に対して、こちらは二人。だが、ただの二人の人間ではない。宇宙人の能力を奪った、対宇宙人用の人間兵器である。
霧崎は、宇宙人二人に狙いを定めた。そして成城は残りの一匹に。
そこからが、更に加速した。足止めの意味等、あるのかと思う程に、加速に、加速したのだ。
二匹の敵の間を割って通り過ぎるように、霧崎が二匹の敵の間にくい込んだかと思うと、両の手が、二匹の敵の顔面を鷲掴みにしていた。当然、その後は稲妻が迸る。水分が蒸発し、爆発する音が響き、そして、霧崎の手中に収まっていた敵二匹は、全身の穴という穴から僅かに黒を混じらせる白煙を立ち上らせて、そして、霧崎の手のひらが開かれると同時に、落ちた。
と、同時、居合ではない。だが、確かにそれ程に速い、一閃が、成城の一閃が、男を通り過ぎざまに、斬り伏せていた。上半身と下半身を二分するように腹部から背骨に触れるまでを内臓ごと叩き斬られたその男は、笑う間もなく、ただ、絶望の表情を向こう側に飯塚に見られただけで、倒れた。
落ちた際の衝撃で、身体が二分される。
「急ごうか」
「そうだな」
二人は、付着した死の痕跡を拭う事なく、すぐに踵を返して駆け出した。
が、その今の光景に呆然としていただけの飯塚の目の前で、成城は立ち止まった。その脇を抜けるように霧崎は先を急いだ。
「……!? 何?」
何故か強がる飯塚を目の前にして、成城は嘆息し、言う。
「なんでそんな怒ってるのかわからないけど……。敵が、最強の敵が橘さん達がいる場所に向かってる可能性が高いから、行くよ?」
聴いて、飯塚は、表情はどことなく怒っているそのままだが、確かに、頷いた。
飯塚一人で行かせる事は当然できやしない。だからこそ、霧崎を先に行かせて、成城が飯塚と共に行く事にした。どちらにせよ、敵は残り一匹だ。
二人の前にその敵が出てくる可能性は、圧倒的に低い。だからこそ、一人だけ、残した。成城だけで残した。敵は、東雲の元へと向かっているはずだから、と。
だが、しかし。
「誰だ……?」
成城と飯塚の足は、大して進みもせずに、止まった。
「……ッ、」
諸星はそれを目の前にして絶句し、立ち止まった。
「里中さんッ!!」
砂影は、すぐにその影に駆け寄った。
東雲が隠れている家の目の前。倒れている、影があった。それが里中だとわかったのは、顔『は』、無事だったからである。
「砂影さんっ……里中さんは、もう」
「わかってる」
それでも、駆け寄り、砂影は里中を見る。
血まみれの身体。肌色や、服の黒の方が、少ないと思える程に赤黒く全身染まり上がっていた。そもそも、全身が、少ない。両足はもぎ取られたようにないし、両腕も同様だった。肩の部分からもぎ取られたように、存在しない。横っ腹が割れ、中のモノが飛び出して悪臭を立ち上らせているし、左の顔の上半分も消し飛んでいる。
何の攻撃だ、と諸星はまず、思った。
こんなに酷い事を、と砂影は思った。
家の前に、こんな無残な姿で、『置いてある』。
つまり、宣戦布告。
お前らと戦うのは、これだけの事をする余裕がある敵だ、という宣言である。
「くっそ……」
砂影がそう吐いて、里中の死体から目を背け、立ち上がったと同時だった。何かが、動く様な、何かと何かがぶつかる様な、そんな音が、東雲が寝ている家の中から聞こえてきた。
二人共当然反応した。
「行きますよ!」
諸星がすぐに、動き出した。
「あ、あぁ」
砂影もすぐに続く。
玄関扉はしまっていたが、二人はすぐに開けて中へと入る。
家の中、入ってすぐに、また、見つけた。
「佐伯さん……」
家の中に進入した、という事実からあまり大きな声は出せなかったが、それでも、思わず砂影は呟いた。
ここに来て、敵が残り僅かだという、局面に来て、この恐ろしく短い時間の間で、二人が、死んだ。
そんな現状に直面せずとも、敵が強いという事等、わかりきっているというのに。
右半身がまるまるなくなっている佐伯も、今はどうする事もできず、と二人は慎重に足を進め、家の奥へと入っていく。
まず、異質だった。この家の中に、砂影は気配を一つだけ、感じ取っていたのだが、それが、最強の敵とは違う、と思っていた。
(感じる気配は、多分味方の内のだれか……だろう。まだ、少なくとも一人は、生きてるって事だ)
そう思う砂影だが、まだ、もう一つ、不安定な存在の気配も感じ取っていた。感じ取る、とは言うが、その存在は本当に不安定で、本当に生きているのか、そこに存在するのか、という気配だった。
(なんだろうな……味方だったら良いんだけど)
二人は進む。砂影も諸星も既に手に武器は構えていた。自然と足音を殺すように進んでいた。壁に触れる事にすら億劫になり、家の中に僅かに抜ける風すらも、怖く思った。
奥へと進む。慎重に、ゆっくりと。ここまで恐ろしい程に急いできた、という事を忘れてしまいそうだった。
当然、二人が向かうのは、東雲を寝かせている奥の部屋である。
血まみれの、薄汚れ、粘着質の液体のせいで足場の悪いこの廊下を二人は慎重に進み、そしてこの廊下最深の扉の前まで到達した。
二人が互いを見合う。
何も口にはしなかった。ただ、互いで意思を確認するように、ただ、頷きあった。
そして、突入する。
砂影が前へと一歩出て、ドアノブに手を掛け、そして、思いっきり、扉を開いた。
「東雲さんッ!!」
叫んだのは、当然、部屋に進入する以上、入ったその瞬間には敵がいるとすれば、気づかれるだろう、からである。




