4.能力―10
ここで、重要なのは、仲間が増えた、という事である。念の為に指先を切って僅かに血を流して人間である事も確認した。
諸星は武器を構える。
――長棍。
単純に考えれば、切れ味というモノが存在せず、打撃だけの非殺傷用の武器と思われるが、違う。打撃は時に、斬撃並の攻撃力を発揮する事がある。使い手の腕が良ければ良い程、その効果は発揮される。
それは、
「行くぞ」
「まずは目の前のだよね!?」
「そうだ。行って! 俺は反対側に跳ぶッ!!」
刹那、両の斬撃。
額から鮮血を流していた男が、振り返ると同時、跳躍し、宙に浮いた状態で身体を捻り、それを思いっきり戻す勢いを使い、諸星が振るった長棍が、男の頭を思いっきり叩いた。
と、同時、炸裂した。
男の身体が思いっきりぶれる。そして、長棍が振るわれ、男の頭にヒットし、そして、戻る。振り切らない。戻るのだ。同時、男の長棍で殴られたそこから、鮮血が吹き出した。まるで、口を抑えて狭めたホースから吹き出す水のように、勢いよく、緑の粘着質の血液が、思いっきり、勢い良置く吹き出した。
これが、弾性の力である。
単純過ぎて、それを効果として考えるまでもないような、そんな力。
叩かれ、正確には弾かれたその攻撃により、肉体が炸裂する。驚く程に綺麗に肉体が裂け、当然露出した血管の断面から血が吹き出す。頭部の皮膚が薄く、軽く切っただけで多量の血が吹き出すというのは良く聴く話しだが、そんな程度の話しではない。
男の露出させたのは、骨。見えるのは肉体の『緑』と、脂肪の白と骨の白。皮膚が薄い。単純に、骨までが近い。宇宙人の身体の構造自体は人間のそれとは全く違うモノだろうが、今、連中は人間の身体に擬態している。
男はまるで、新幹線にでも轢かれたかの如く、地面に叩きつけられるように派手に落ちて、そのまま勢いよく転がって山頂の端にまで飛んでいった。
と、同時、
「えぇええ!?」
驚く佐伯に、
「誰?」
戸惑う里中に、
「人間だよね」
困惑しつつ状況を探ろうとする橘の、三人を跨いで反対側、そこに、
「お待たせ」
砂影が、二本の刀を携えて降り立った。
「砂影さんっ!?」
皆驚いた。当然だ。皆、砂影の能力幻影により、砂影が死ぬ光景を見せられた高無から、砂影は死んだ、と聞かされていたのだから。
だが、砂影がいる。目の前にいる。自らが敵の目の前へと立つ。守ろうと、ここまで来る。
やはり、頼れる男だな、と橘は思わず笑った。この男が、ここまで強い理由を知りたいと思ったくらいだった。
砂影は着地と同時、そう言ったかと思うと、迫ってきた男に対して、伸ばした右腕を叩き斬り、そして次の一撃で、首を刎ねていた。
頭が跳び、地面へと落ちてすぐ背後の山の斜面を乱立する木々にぶつかりながら転がって落ちてゆく。
一瞬だった。
橘が二人を守りきれないかもしれない、と思っていた程の戦況が、一瞬にして、ひっくり返ったどころか、解決してしまった。
砂影と諸星。
今回の、最後のテストの正式な参加者の中で、一、二を争う強さを誇るのが、この二人であり、タッグを作れ、と言われて、間違いなく最強だと謳われるのが、この、二人であった。
「生きてたんだ……よかった。本当によかったよ!」
佐伯が嬉しそうにそう声を上げた。
砂影は察していたのだろう。
「あぁ、高無さんだよね。彼女の勘違いは、仕方のない事だから。後で説明します。それより、」
と、砂影は武器をしまって、反対側にいる諸星を紹介する。
味方である、と紹介したところで、橘が、不意に呟く。
「って事は、後一人、参加者がいるんだよな?」
言われて、皆、思った。
そんな思いに応えるように、橘が説明する。
「私だろ? 姫衣だろ、砂影君だろ、佐伯さんだろ、諸星君だろ、今ここにいるだけで五人。それに、成城君に里中さん、それに成城君が見たっていう死体、それで八人。で、どうしてか敵だった砂影君を殺そうとしてたあの男まで合わせて九人。テストクリア済みの人間が霧崎君っているんだけど、もう一人クリア済みの人間、東雲って人がいる以上、二人はカウントされてないって考える。と、まだ、一人残ってるよな?」
「確かに、そうだ」
砂影が頷く。皆に影でも見たか、と聴くが、誰も頷く事は出来なかった。
「で、その霧崎さん達は……?」
砂影が問う。砂影は東雲とは会っている。そして東雲の目的が霧崎である事も知っていた。そして今、霧崎が皆の味方である事を把握した以上、恨みこそないが、東雲が負けている現状を彼は望む。砂影から軽くだが話しを聞いていた諸星もそう思って固唾を呑んだ。
が、当然、
「いや、わからないんだ」
佐伯が残念そうに首を横に振った。砂影と諸星は佐伯、橘、里中と三人を見るが、全員首肯は出来なかった。
里中が言う。
「でも、霧崎さんと東雲って人が戦ってるのは間違いないかも。多分、山の中で、どこかで」
「分かった」砂影は頷く。彼女等の言葉を信じる。そして次に、問う。「成城さん達は?」
それには橘が応えた。
「そうだ」
まずでた声は、はっとしたような声。それを聴いて砂影は嫌な予感を感じた。
「成城君達も、っていうか成城君と高無さんも私達と同じ様に山頂を中心に移動をしていたんだけど、……多分、敵に遭遇してる」
「敵……? 多分?」
どういう事だ、といった具合に砂影が眉を顰めると、佐伯がおずおずと話し始めた。内容は当然、あの時、空を見上げた時に見た、巨大なビームのような何かについてだ。
それを聴いた砂影は当然、清瀬との戦闘の際に入った邪魔を思い出したが、話しを聴く限り、規模が違う、と感じ取った。それが、東雲から聴いたテストに紛れ込んだ強敵なのかと思ったが、すぐに違う、と『思い出した』。
(最強の敵の存在だけを無駄に警戒してたけど……そんなバケモノまでいるのか……)
砂影達は把握しきれていないが、敵の数は今の二匹を殺した時点で残り九匹。内一匹はそのビームの主となる。それを除いても残り八匹。その内の一匹が歴代テストの中でも最強の敵だと言う。
今の話しを聴いて、その残り七匹の中に、それ程強力な能力を持った敵がいる可能性を感じ取って、砂影は拳を強く握り締めた。
と、そこで、里中が砂影の違いに気づいて、不思議そうに、率直に問うた。
「砂影君。……、三本目の刀?」
「それが上の狙いって事だ。結局、俺達がテストに参加できたのも、それが理由だったんだよ」
霧崎は全てを説明して、呆れた様に嘆息した。が、表情には嘲笑が浮かんでいる。三位、お前も被験者なんだよ、とでも言わんばかりの、笑みだった。
その表情を見て苛立つが、言われた事は最もだ、と思うのはやはり、東雲自身が本当に、普段であれば、だが、霧崎を信用に値する人間だと言わずとも評価していたからだろう。
その真実に、上の連中の企みに気付いた霧崎は、自身の中で推定していた『戻ったらどちらにせよ殺される』という考えの可能性が、低くなったと考え直した。
「……だけどさ、三位。それって私があんたを殺さない理由ではないわよね?」
「そうか? 無駄な事だと思うんだけど」
「…………、」
霧崎の気さくな声色に、東雲は思わず押し黙った。
東雲は純粋だった。強がってこそいたが、現実に気付くと、言葉そのままを受け取り、理論的に考えたつもりになって自分が判断したと思い込むようだった。
当然、今の霧崎の言葉はそんな彼女を騙そうとするモノではなく、酷く現実ではあるのだが。
霧崎もできるだけ戦闘を避けたいと思っている。
だからこそ、霧崎は言う。




