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1.開始―3


 成城に問われた大悟は、不気味な程爽やかなにやけづらのまま、自身の右手を見下ろした。そして顔を上げ、「あぁ」と何かを思い出す様に唸った後、

「そうだそうだ。落としちゃったんだよねぇ」

 当然である、と言わんばかりにそう言い切った。

 その様子に不自然さを感じたのは、成城も、高無もだった。

「え、何だろ。なんか……」

 成城の後方で高無が不安げに呟く。

 場違い、という言葉がやけにしっくりときた。

(なんだ、……、何か、おかしいな)

 油断はできない。未だ、高無にだって信頼をおいていないくらいだ。慎重に、一歩一歩進める。

「……、じゃあ、メモは?」

 成城のその質問に、大悟の爽やかで、場違いな笑顔が僅かに歪んだ。

 が、数秒もしない内に、

「あはは。なくしちゃったようだね。ポケットに突っ込んでたんだけどね」

「何が書かれていたの?」

 すかさず質問を投げたのは高無だった。成城越しの質問に大悟の視線が成城から動いて後方の高無に向く。まるで、それを遮るかの様に、成城は僅かに横に動いて高無の前に立った。

 それが不快なのだろう。大悟の顔に張り付いていた笑顔が薄れた。

 そして、言う。声色が暗くなった様な気がした。

「……ごめん。覚えてないなぁ。それより、疑いすぎじゃないかな? せっかく人と逢えたって言うのに」

 しおらしい。そう感じた。だが、それを言葉にする事はできない。態度に出す事もできない。

 相手が、大悟が、本当に何もない、自分達と同じ『巻き込まれた人間』であれば、この態度は無礼で、失礼だ。

 この現状で、この状態で、その無礼や失礼があっても問題はないのだが、中途半端に現状に馴染んでしまったため、普段持っていた人間性が滲み出し始めているからこそ、その余計な事を気にしてしまう。

 故に、押し黙ってしまった。

 だが、それは、成城だけだった。

 そうだよな、疑いすぎたか、と成城が気を改めようとしていた時だった、

「……こっちこないで」

 高無が、無慈悲にも、だが、震える声で、そう言った。

 一歩踏み出してゆっくりとだが近づいて来ようとした大悟の動きが、その言葉で止まった。笑顔が引きつっている。そのまま放っておけば痙攣しだすのではないかと思う程にだ。

「なんでかな?」

 笑顔はまだ消さない。だが、今の高無の無慈悲な突き放しが、成城の油断を消した。同時、高無が成城に信頼を勝ち得た。互いに疑っているこの状況、少なくとも、悪くはないと言える。互いが、同じ目的に疑いをかけている。この状況、言えば味方だ。

「それはお前が怪しいからだろ」

 成城も冷たく言い放つ。だが、まだ、

「何が怪しいのかな? ……教えて欲しいね」

 引かない。引かないが、声色が、更に一段階暗く落ちた。

 大悟は成城の疑いしか見えない、怪訝な表情を不気味な笑顔で見る。場違いで、不気味で、爽やかだが気味の悪い笑顔で、睨む。

「武器を持っていない、メモを持っていないどころか内容も覚えていない。この状況で、だ。俺だってメモは持ち歩いてるし、見なくても内容は覚えてる。この状況でだ。この理解できない程の状況で、明らかに重要な事実を把握していない。それに、俺はこの道中で死体を見た。明らかに誰かに殺された死体を、だ。挙句ここは島。お前は忘れてるようだが、この島からはそう簡単に出られない。つまり、この島の中にまだ、その死体を作り上げた人間がいる可能性は高い。……強く疑うのは当然だ」

 成城が思った事をそのまま、口にした。この緊張状態での長広舌に何度も舌を噛みそうになったが、なんとか言い切った。言い切って、大悟の様子を改めて確認した。

 笑顔が、浮かんでいない。

 悪寒を感じた。つい先程まで圧倒的な場違いを演出していた大悟の笑顔は、最初からなかったかの如く、消え去っていた。そこに残っているのは、無表情だけ。冷徹で、無機物を感じさせる様な無表情が、成城を見下ろしていた。

「ッ、」

 言葉は出なかった。そんな成城を見て、臆している成城を見て、大悟は、再度笑んだ。だが、今度は、爽やかさなんて全く感じさせない、人を見下ろす、嘲笑という笑み。

 そして、吐き出す言葉。

「せぇえええええ、かっく、信用させてぇ、安心させてぇ、背後から不意打ちで絶望に満たせてあげようと思ったのに、ねぇ」

 最早口調が違った。

 そして、気づけば、大悟の右手には、鎌が握られていた。純白ではない。漆黒の、真っ黒に染まった、大きさや形状が、明らかに殺人用だ、と言わんばかりの、不自然な程の存在感を放つ、鎌が、握られていた。

 いつ手にとったのか、それをどこから取り出したのか、認識できなかった。気づけば、大悟の右手には巨大な鎌が握られていた。大悟は両手でそれを構えると、

「もう、十分だねぇええええええええ。とりあえず、こっちも『お前達の数を減らさないと』、『ここから出して貰えない』んだよねぇえええええええ!!」

 悲鳴めいた絶叫。と、同時、大悟は体勢を低くし、そして、疾駆。

 巨大な鎌を持っているとは思えない程の身のこなし。スタートダッシュは早すぎた。

 地を穿つかと思う程の脚力。そして、素早さ。両手で構える巨大斧は当然、それなりの重量があるだろう。だが、大悟の疾駆は、重量等関係ないと言わんばかりの、速さだった。

 一秒未満。大悟が成城の目の前まで迫った時間だった。距離が近すぎた。故に、

「ッお!!」

 横一線に薙がれた鎌の刃を、しゃがみこむ様に、反射的に地面へとへ垂れ込んで避ける事ができたのは、奇跡であり、必然であった。

「ひっ、」

 完全に地面に落ちてしまった成城の背後で、高無が悲鳴を上げる。が、それまでだ。動けやしないし、足は震えて逃げる後ずさる程度の事すらできそうにない。

 そんな怯え切った高無を見て、大悟は鎌を肩に担ぎ、笑う。

「大丈夫、順番に、だから」

 そうとだけ言って、演技めいた舌なめずりを見せた大悟は、足元で腰を抜かしてしまっていた成城を、見下ろす。

 成城はその視線を真正面から受ける様に、大悟を見上げた。

 細めた目と、涎で光る唇と、肩に担いだ巨大鎌が、不気味で、恐ろしくて、身体が震えだした事に気付いた。

 今の一撃は偶然、頭の上を空ぶった。だが、次はない。立つ事すらまともにできない程に恐怖していたし、鎌の刃がすぐ届く位置にあった。右手に握る斧も、まともに振るえやしなかった。それどころか、その存在を忘れてしまう程だった。

 視界に大悟のその不気味な表情だけが映っている様な気までしてきていた。山の頂上は風が強く、吹き、草木を揺らして音を慣らすが、それすら耳に入ってこなかった。だから当然、『他の存在の接近にも』気づいているはずがなかった。

「じゃあ、早速、死んでもらおうかな。成城君だっけ? 君とそっちの女の子……高無ちゃんだったかな。二人を殺しても、まだ数はいるからねぇえええええええええええええええ!!」

 そう言って、鎌を構え直し、振り上げ、足元の成城目掛けて振り下ろした大悟もまた、成城に集中しすぎていて、その存在には気付かなかった。気付けなかった。

 違う。気付く事ができなかった。

 足音は確かにしていた。だが、その足音は風が草木を凪ぐ事によって聞こえてくる喧騒とほぼ同化していたために、そちらへと集中していたわけでもない大悟達には、気づかれなかった。高無と、大悟の接近に気付いた成城でさえ、気付かなかった。

 鎌が否応無しに縦一線に振り下ろされる。鎌の刃が空気を切り裂く鋭利な音が聞こえた。

 だが、直後に聞こえたのは、肉を断つ音ではなく、金属同士が、打ち合う甲高い衝突音だった。

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