3.分断―1
突如として、成城と揉み合っていた男が成城を突き放し、そして、完全に無視して方向転換し、成城の放った手斧による一撃を容易く、身を翻して避け、そして、砂影へと真っ直ぐ一直線に突っ込んだ。
「砂影君ッ!!」
成城がすぐに体勢を立て直してそのガラ空きの背中を追って攻撃を仕掛けようとするが、
「こいつは任せて!! メモと皆を頼みます!!」
砂影が男と衝突する間際に叫んだ言葉によって、成城の足は踏みとどまった。
そして、すぐに周りを見回した。見回して、高無と佐伯の位置を確認した。二人がまとまっていてくれた事は助かった。幸いにも敵の二人は砂影が沈黙に追いやり、問題の男も砂影が相手をしている。
成城の視線は持ち上がった。
今なら、メモを確認する余裕があるのではないか。
が、すぐに成城の視線は下ろされる事になった。
成城の視線が地面とほぼ直角に位置した頃、
「ぐっ!!」
足場の関係や、飛び出してきた勢い、守らねばならない仲間の位置等、様々な要因が原因となり、気づけば、砂影は後退させられていた。木々が乱立し、雑草が生い茂るこの山の中。数歩も後退すればすぐに先の光景が見えなくなる。
斜面の先へと消えてしまった砂影と男に構っている余裕はなかった。
成城の視線は西の方へと向いた。
足音ではなかった。だが、確実に何かが近づいてくる、という音が聞こえてきていた。風を切り裂き、木々を避ける様にうねる、そう感じられる謎の接近音。
脳が警告を発していた。当然、逃げろ、という指示を出していた。
が、成城はまず、振り返る。
「高無さん!! 佐伯さん!! 逃げるよ!!」
二人を、守らねばならない。
この島で、自らが置かれている現状の完全把握は当然未だできていない。推測を重ね続けているにすぎず、ほとんどの事が分かっていないと言っても過言ではない。
だが、ただ唯一、こんな現状でなくとも理解出来るのは、死んではならない、という事。
成城の叫びに反応した二人がはっとして顔を上げ、足に力を込める。呼ばれて冷静さを取り戻したか、我に還ったか、二人も、成城が聴いているその風を切る様な、足音とは違う接近音に気付いたのだろう。成城がメモを諦め、頂上に向かって走り出したと同時、二人もすぐ後に続いた。
何故上を目指したのか理解はできなかったし、成城自身も咄嗟の判断でその道を選んだため、本当の所理由はなかった。が、それは良い選択だった。周知の事実ではあるが、人間は下りよりも登りの方が体力的に上手く動けるのだ。戦闘では下にいるモノが完全に不利になるが、移動で言えば逆である。
が、しかし。
この意味不明な現状、島に突如として目覚めて二日目。初日から探索を重ね、動き回り、見知らぬ初めての土地で寝るに寝きれず、彼らの体力は消耗されていた。
足が重く、身体が熱い。呼吸はすぐに乱れ、脳がアラートを鳴らすのまでが鬱陶しく思え始める。
駆け上がりつつ、時折全員がそれぞれ気の向いた瞬間に背後を振り返って見てみるが、追ってくる音はしても、その姿は乱立する木々に阻まれて確認する事が出来なかった。
自身が駆け上がる音がうるさく、呼吸をする音がうるさく、酸素が消費されていく中で追従する音も徐々に聞こえなくなってきていた頃、三人は、頂上へと出てきた。
開けた土地に出ると、思わず足が止まった。急制動した三人は数歩分意図とは別に進むと、すぐに、三人並んで振り返った。
音が、聴こえた。
風を切る音。近づいてくると分かるその音に、聞き覚えはなかったが、近いモノは三人とも知っていた。
鳥の、飛ぶ音だ、と。
そう気付いて、すぐだった。三人の視線の先、木々が乱立し、二メートル先は見えないというその景色の中から、何かが飛び出して、そして、三人の目の前を『上』に通り過ぎ、ぐんと伸び上がる様な軌道を描いて、空高く舞った。
強烈な風が三人を真正面から叩いた。思わず一歩身を引くほどだった。
三人の視線が動いたのはワンテンポ遅れてからだった。
見えたのは、
「何だ、あれ……!?」
空飛ぶ、人間。
フライングヒューマノイドと呼ばれるUMAの名前が存在するが、そんな影ではない、とすぐに三人とも思った。
目を見開き、あるいは細めて見えたのは、遥か上空から三人を見下ろす、背中から鳥を連想させる翼を生やし、それで風を仰ぎ、宙に悠然と浮いている男の姿。
姿を見てもそうだったが、遥か遠くに見えるその男の人を見下す表情をみて、敵だ、と三人とも確信を得た。
「と、飛んでる!!」
佐伯が上空を指差して叫んだ。
「なんで……、何がどうなって……っ!?」
高無もその光景には驚愕し、面食らってしまっていた。
当然、
「やっぱり、人間じゃないんだ……ッ!!」
成城も、また、同様。
三人の上空にいる男の翼が羽ばたく度に、その真下にいる三人に大量の、物質かと思う程の風が振り落ちて衣服や髪をはためかせた。
最初に連想したのは、SFファンタジー映画でみたミュータントの姿。似たような格好をしたキャラクターがいたな、と成城と佐伯は考えずとも思い出していた。が、二人とも、ミュータント、という人間の枠からすら、あの男は外れている、と感じ取っていた。
何かが、おかしい。そして、全てがおかしいのだと思い出させる。
この状況から脱する事がない限り、おかしい、という感覚はまとわり続ける。と思い出す。
上空にいた男が、その不気味な笑みを更に深めたかと思うと、突如として、急降下。身体を真っ直ぐ下に向け、羽をたたみ、まるで、ミサイルの様に、一直線に地上へと向けて、落下した。
が、その狙いはミサイルの様な、攻撃的なモノではなかった。
男の落下速度についていける者は一人としていなかった。三人の中で一番『そういう類の事』のセンスが高い成城でさえ、落下している男を目で追う事すら、できなかったのだから。
まず気づけたのは、突如として力一杯に広げられた人間の身体を宙に浮かせる程の翼が、己の身体を吹き飛ばした、という現実。気づけたのは、身体が吹き飛び、地面に転がってからだった。
人を宙に浮かせる程の胸筋が生み出す力は恐ろしい。例えば、の話しだが、大型の梟、ミルキーワシミミズクやベンガルワシミミズク等の中型種から大型種の羽を広げる、という動作だけで、例えば、コノハズクやモリフクロウ程度のサイズのフクロウであれば、それがぶつかるだけで死に至る場合もある。
それと、同様。いや、それ以上だ。
もとより浮かぶ力のない人間――という形――を無理矢理飛べる様にする程の状態である。
見てくれ、大した事がなさそうだが、その威力は、かすっただけで、成城の肋骨の数本を叩き割り、更に数本にヒビを入れる程だった。
地面に落ちた成城はすぐに立ち上がろうとするが、突如として身体を襲う激痛に思わず膝を着いた。顔を上げて反対側を見れば、佐伯が尻餅をついている姿が見えた。彼は翼による攻撃を受けていないのだろう。
佐伯が見上げているのが分かり、自然と成城の視線も上へと持ち上がった。
そうして見えてきたのは、高無を抱き抱え、遥か上空に舞い上がった男の姿。
その光景を見ただけで冷や汗が吹き出し、喉がつまり、思わず、息を吸い込んでいないのに、叫んでいた。
「降りてこいよこの野郎ッ!!」
成城の叫びが届いたのか届いていないのかは定かではない。
だが、確かに、その翼の生えた男は、口角を釣り上げ、笑い、成城と佐伯を見下ろした。
直後、男は高無を抱えたまま、飛び去った。その大きな翼が羽ばたく様は圧巻だったが、見惚れるわけもなく、成城達の視線は男を追従したが、それは、行く先を知るためだったに間違いない。




