2.人間―9
砂影はすぐに首肯した。
「入る。中で成城さん達が身を隠しているだけならいいけど、『戦闘』をしてる可能性もあるしね。だとしたら手助けするべきだし」
言って、砂影はすぐに足を進めた。橘も続く。橘は背中に器用に引っ掛けた薙刀を手に取り、いつでも戦える様にしておいた。砂影も二本の刀をそれぞれの手に握らせる。
砂壁も未だ把握はできていないのだろうが、それでも、敵がいる可能性は信じていた。敵の足跡がなくとも、他に『いくらでも移動の手段』はある。それを、砂影は知っているし、推測出来ている。それに、橘は気付き始めているが、確信は当然持てやしない。
建物の近くまで来た所で、二人は気付く。家の中、それこそ砂影が言葉で示した二階部から、何かが転がるような、落ちるような、そんな連続した音が聞こえてきた。思わず足を止めて二階部を見上げたが、すぐに、二人は家の中へと進入した。
扉は以外としっかりとしていて、少し手直しすればこの建物も住むには十分だと思った。
二人は一階部も一応視線を配らせるが、すぐに階段を上がって二階へと向かった。階段は軋まない。だが、足に嫌に衝撃が響く程に、硬かった。剥き出しのコンクリートは思った以上に靴越しでも人間の足にダメージを与えていた。
二人は二階へとあっという間に上がる。駆け上がってこそいないが、そこまで大した段数はなく、数秒で登りきった。登りきると、そこには通路がある。廊下だ。一本真っ直ぐに伸びる廊下。それは二階部の端にあり、向かって左側に三つの扉が確認出来た。
まだ、音は続いている。それどころか当然、音は近づいている。
二人共、二階へと上がった時点でどこの扉の中から音が聞こえてきているのか把握した。真ん中だ。それ程わかりやすく響いていた。
二人はすぐに真ん中の部屋に入ろうとした、が、廊下を一歩進んだ時点で、真ん中の扉が、廊下へと吹き飛んだ。勢い良く吹き飛んだそれは一メートル強しかない廊下の幅を一瞬で越えて、壁に衝突して砕けて廊下に落ちた。剥き出しのコンクリートの上に木片が転がる。積み上がっていた埃が舞い上がり、視界に僅かに灰色のフィルターがかかる。
「なんっ!!」
橘が前に出ようとするが、砂影が手を横に出して橘を制した。橘が砂影を見上げると、
「まだ、進むな」
砂影はそう言う。自身も足を進めなかった。扉という壁を失ってなおの事、音は大きく聞こえてきて、それが何なのか、理解出来る様になった。
打撃音。殴打音。殴り合う音だ、と砂影が呟いたのを橘はしっかりと聴いた。
一分弱、二人は動かずに部屋の中から響き、廊下を反響し、階段を落ち、一階に、そして外にまで響く恐ろしい程の打撃音を聴き続けた。それだけの時間聴き続けて、その異常さに気付く。
「なに……どうなってるの、これ……」
橘が思わずそう呟いた。当然だ。砂影も生唾を飲み込んだ。
音が、延々と続いている。これが殴り合う音で、敵と味方が戦っているとしたら、何故、殴打音は止まらないのか。二人が聴き始めてからで数分間、始まりはわからない。それだけの長い時間の間、殴り合いを続ける等、まずありえない。故に以上と感じた。
仮に、一方的に殴っていたとしても同様。これだけ殴っていれば、確実に死んでいる。どちらかがだが。だとすれば、ここまで殴り続ける理由はない。
一体何が起こっているというのか。それを、確認する。
二人は慎重に一歩一歩に気を遣って進み、扉を失った部屋の傍まで来て、顔だけを、二人共、覗かせて部屋の中を覗き見た。
見えたのは、三つの影だった。
一つは、部屋の隅で身を小さくして膝を抱え、怯える様に視線を胸元に埋めて雨に打たれる子犬の様に震えている――、
「姫衣だ」
里中姫衣の姿。
そして部屋の中央で、殴り合っている二つの影の内一つは――、
(成城さん……!? 『まさか』……)
この時、もう一つの影と恐ろしい程の速度で殴り合う、成城のその姿を見て、砂影は感じ取った。成城は既に、『一匹以上の敵を倒したのだと』。
「どっちか味方!?」
声を潜めつつも鬼気迫る様子で橘に問われてやっと、砂影が成城の存在を知らせた。
「と、いう事は、もう一人は敵、か」
橘が息を呑む。
その光景は圧巻だった。最早、人間の動きとは思えなかった。恐ろしい程の速度で攻撃の応酬が繰り広げられ、それを受ける時もあれば避けたり、受け止めたり、受け流したりと千差万別の対処が短い時間の中で次々と繰り広げられ、挙句、どちらも、いくら打たれても、倒れない。
砂影は、その理由を知っている。
(これは――『手に入れた』って事だな!! 流石、成城さんだ。こうなる気がしてた!)
事実に気付いた砂影は、思わず、こんな状況の最中でも、笑んだ。笑んでしまった。それを『口にする事は叶わない』が、確信は持った。
が、知っていても、それを教える事はできない『状況』にある。
故にどうしようもないが、行動は、する。
「橘さん」
「何?」
「その武器は、この狭い空間じゃかえって邪魔になる。だから、俺が不意を突いて敵を倒す。少しだけ待っていてくれ」
そう言って、砂影は返事を待たずにすぐに部屋へと飛び込んでいった。橘はその行動の速さに追いつけないが、彼女が反射的に一歩踏み出した時には既に、呆然と荒げた呼吸を整えている成城と、彼の傍らに立って彼を安心させる砂影の姿と、二人の足元に転がる胸を引き裂く様に切り裂かれた死体の姿しかなかった。
やはり、緑の粘着質の血液が目立ち、視界に入るが、それよりも、
「姫衣!」
橘にとって重要なのは、里中、彼女である。橘はすぐに駆け寄って、怯えきっていた里中に寄り添い、励ましてやる。
そんな二人からわ僅かに離れた部屋の中央。話は当然、進んでいた。
「すごいね。成城さん。俺と離れている間に何かあった?」
「……一匹、倒した。なんとか……。この建物の裏側に、落ちてる、はず」
「そうなんだ。……それさ、今の力と関係してると思うんだけど、それは、あっちの二人が持ってるメモの内容だから、後で推測は教えるよ。それよりも、……、」
聴くのは当然、
「高無さんは、何処に?」
部屋は隠れる場所なんてない。家具なんてモノどころか壁紙もないのだから、当然だ。扉があった位置に立てば全てが一つの視界内に収める事が出来る程である。その中に、里中の姿を見つけても、高無の姿が、ないのだ。
聴いて、応えが返ってきたのは、成城がある程度呼吸の乱れを整えた数秒後の事だった。
「……高無さんは、一階に隠れてる――はずなんだけど、戦いの最中で、悲鳴が聞こえて、その声がすぐに消えて、外に連れて行かれたみたいだった。誰か、に」
嫌な予感がした。
砂影は聴いて、考える。
だが、考える、という程の時間すら要さずに、ある程度だが答えは推測される。
(連れて行かれた、って言うって事は、一階に死体はないな。それにある程度は目配せはして、確認した。それにそう言い切るって事は説明が足りてないけど、殺された、じゃなくて連れて行かれたって分かる現状だったんだろう。……人間を殺さないで、連れて行く。そんな事をするのは、敵であり、敵じゃない)
砂影はある程度の推測をつける事が出来る。それは、単純な状況整理能力。
(あの男かッ!! 俺と成城さん、高無さんが三人いる瞬間は襲撃を掛けた時に見てるんだ。人質にして、俺をおびき出すって事だろうか)
推測して、一番可能性があると思え、且つ、一番に浮かんだ答えは、当然それだった。




