2.人間―7
そんな橘を見て、砂影は苦笑した。心配等、必要なかったのだ、と自虐めいた言葉を胸中で吐露した。と、同時、これから向かう先にいるであろう、いや、いてくれないと不安になってしまう成城、高無、佐伯の三人が、無事でいるように祈る必要性も、感じなくなっていた。三人なら大丈夫だろう。そう、思う事にした。寧ろ、たった今出会ったばかりの橘をここまで信じて、先にであっている三人に信頼を置かないのは、失礼だと思った。
簡単に信頼を置きすぎている事はわかっていた。だが、この状況で、仲間の数が必要だという状況で、人を信頼しないわけにはいかなかった。砂影は信頼の重要性を良く理解している。
二人はそのまま何事もなく川原へと到達した。相変わらず綺麗な光景が広がっていた。砂利の敷き詰められた川原に幅三メートル程の澄み切った川。覗いて見ても魚や海生生物は見当たらないが、それでも、綺麗な光景だった。その向こうすぐに見える緑の強い山が相まって尚更綺麗に輝いていた。日の傾き具合も程よく川を輝かせていて、場所によっては眩しく思う程だ。
二人は塗れないように岩が足場になっている場所を選んで渡り、そしてあっという間に山の中へと入る。
山の中へと入ると、二人はとりあえず頂上を目指す事になる。
砂影はここに来て、橘に詳細を話す。
「さっきも言ったが、仲間と山の中ではぐれたんだ。正確に言えば分断された、だけど」
「あぁ、敵が出てきて仕方なく、だっけ?」
橘はそう応えつつも、そこには若干の疑問を抱いていた。
(敵を簡単に倒しちゃう砂影君が仲間と分断されて村の近くまで来る理由ってなんだろう)
更に続く説明に、橘は更に疑問を抱く事になる。
「はぐれた場所が、ここから丁度反対側の場所なんだ。そこでさっき言った成城さんが、死体を見たっていうから、その死体が持つメモを確認する予定だった。確かに死体はあって、メモを確認しようとしたんだが、そこで、敵に襲われた。三匹のな」
「三匹!?」
橘が驚いて声を上げるが、それは数多い木々に阻まれて遠くまでは響かない。
三匹も相手ならば、何か事情があってこの長距離を移動する可能性もあるのか、と橘は思ったが、更に、違う。
「正確には、二匹と『一人』」
「二匹と、……一人?」
当然の疑問だった。が、続く言葉を聴いて、橘は気付く。
「橘さん達の言う宇宙人が二匹。それに、俺達の言う人間が、一人」
「なんで人間と争う必要があるの? 敵ってどういう……?」
「人間側にも、人間を狩ろうとする馬鹿がいるって事」
「え、そんな馬鹿いるの。怖いんだけど」
「いるんだ。俺はそいつを追って村の近くまで走ったが、見失った。が、そこで『不意打ち』を受けてね。一旦その場を離れて近くに身を隠したんだ。痛みが引くまでね」
言ったが、傷口に関しての詳細は一切吐かなかった。外見見ただけでどこに不意打ちを受けたのかわからない程に砂影は元気で、無事に見えるため、今まで橘はそれに気付く事はなかったし、今もまだ、気付けていない。
「その人間って、どんな……?」
ここまで会話が進んだ時点で、橘は気付き始めていた。
橘はあの時の言葉を思い出す。
――俺ぁ、この傷を俺に追わせたくそったれを探してんだ。
――つーか、お前あのくそったれ知らねぇなら用ねぇから。
どちらも、右目に傷を負っていた男の、言葉である。
「右目に傷がある男だよ。俺が斬った」
予想通りである。あまりに予想に沿ってしまったために、橘は大して驚かなかった。寧ろ聴いて、あの時の状況を整理した。
(あの時、あの男は砂影君を探してたんだ。だから、私達を見逃した。……もし、砂影君の相手をしてなかったら、単純に人間を殺してたんだろうから……危なかったのかも)
木々と雑草をかき分けながら山を登り、二人は会話を進める。
「でも、その男。なんで人間を……?」
橘は素直に疑問を吐いた。一応に考えてみた。この共通の敵がいる状況で、何故、味方となる人間を殺すのか。殺そうとするのか。単純に想像するのは、そこにメリットがあるからだ。だが、そのメリットが、考えても思いつかない。そもそも、敵のいる状況で、仲間を減らす事にメリットがあるとは思えない。思えなかった。だからこそ、自身よりも知識のあると思えた砂影に問うた。
が、砂影は難しい顔をして、暫く押し黙った。
突如として訪れた謎の沈黙に、橘は何だ、と違和感を覚えたが、応えが返ってくると、
「さぁ、わからないな。そもそも、仲間の数を自分で減らして、敵連中に自分が殺される可能性を上げる理由はわからないな」
そうだよな、と思った。
だからこそ、砂影は戦うのだろうと思った。砂影は、見ての通り、感じる通りの、超人だ。何もかもが常人よりも先に及んでいると分かる程のだ。その砂影が『どうしようもないから男を殺す』という判断を下したと想像するのは橘には容易かった。男が仲間に危害を加えようとしていて、それをやめる様子を見せなければ、それは敵となんら変わりはない。
それを確認するように、砂影が念を押すように所々口調を強めつつ、言う。
「あの男は危険だ。追いかけてでも殺さないといけないと思った。でも、不意打ちを受けたせいで失敗してしまったけど。……でも、次あったら絶対に殺す。じゃないと、俺達が生き残る事に対しての影響が大きすぎる」
言い切る。
「生き残る……」
その言葉が胸を締め付ける。
生き残る。これこそが、現状において、現状を象徴する、最大の言葉だと思えた。
橘も確認を取るように、所々、特別気になる所を強調するように、問う。
「何度も聴いてるけどさ。この状況。やっぱり救助は来なくて、メモに書いてあった通り、敵を殲滅するまで、ここから出られない、って考えていいのかな」
その言葉に砂影はすぐに首肯して返した。
「あぁ、そうだと思う」
思う、という言葉が強調されている様な気がした。
「……この島はおかしな部分が異様に多い」
砂影の表情が曇る。橘もその言葉には頷いた。違和感だらけだ、と思っていた。
「生物は俺達と敵以外に一切見当たらない。蟻すらも、小魚も。それに、太陽の動きも少しおかしい。星の位置も何か違う。空気もいくら本土の近くじゃないからって一定過ぎる。それに、敵は『あれだけの身体能力』を持ってるんだ。一匹くらい泳いで逃げてても良いと思うが、誰も彼も好戦的だ。逃げようって意思がないのもおかしい。……おかしいことだらけだ」
そうやって会話を交わしている内に、開けた頂上へと二人は出た。空気が一定だと言っても、高く開けた位置に来れば麓に比べればやはり、空気は変わる。僅かでも気圧差もあるだろう。当然だ。
頂上に到達しても、二人は足を止めず、早速山を下り始める。
その間も会話は続く。
「話が戻っちゃうけどさ、敵が仮に宇宙人だとして、この現状を作った人……黒幕っていうのかな。黒幕は、なんで人間と、宇宙人を戦わせるのかな」
「それについての推測はいくつか出来るけど、俺が一番可能性が高いと思うのは、――何かの、『テスト』だね」
「……テスト?」
砂影は頷く。
「成城さんとも話しをしたんだけど、これはきっと、黒幕からしても遊びじゃないんだと思う。何かをなすために、この現状を作って、俺達を使っている、そんな気がするんだ」
砂影は推測での話をするが、言い切っていた。
先程からずっと、『勘の鋭い』橘は、それが気になっていた。やけに口調をわざとらしく不変的にしたり、強調すべき言葉をやけに強調したり、とする砂影に、違和感を覚えていた。
橘は彼と出会ってから、ずっとそうだった。彼が信頼に値する人間である事はわかっていた。敵だとも思えなかったし、現に助けてもらっていた。だが、彼の様子は、どこかおかしい。そう感じていた。




