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2.人間―1

 二人は素直に立ち上がった後、互いを観察するように数秒間は黙ったまま、互いを見合っていた。そして、先に口を開いたのが、橘だった。

「いい身体してんな」

「なんでそんなにおっさん臭いんですか……」

 はぁ、と呆れて嘆息しつつも、里中は橘が悪い人間でない、と感じ取って、その自身の考えを信じ、橘が危険でないと判断して、返す。

「……あの、足元に落ちてるのは?」

 言われ、気づいて、橘はそれを拾い上げて説明する。

「えっと、武器、ってやつみたいだね。形からして、薙刀かな」

 そこまで言った時点で橘は思い出したようにポケットから里中のメモを取り出す。開いて、それを里中に見せ、渡し、それを読んでいる里中に言う。

「足元に落ちてるそれに、武器が入ってた」

 そう言って里中のすぐ傍に転がっている小さなスーツケースを指す。指が指す先を辿ってそれに気付いた里中はそれを拾い上げ、観察するように裏表左右を見回すと、ゆっくりとそれを開いて中にあったモノを取り出した。

 掲げるようにそれを見て、里中は呟く。

「えっと、これって、」

「トンファーだね。持ち方違う」

 先に橘が気づいて、正しい持ち方を教えてやった。

 小型のトンファーだった。見た事もないのだろう。里中はそれの構え方もわからないようで、橘に持ち方、使い方を教わってやっと、正しく持つ事ができた。

 右手に装備したそれを見て、里中は眉を潜める。

「私、こんなの使える気がしないんだけど」

 不安げな声色だった。続けて、

「そもそも、敵って何だろう? 何か思い当たる事ある? 橘さん」

 問うが、橘はまず、否定する。

「楓でいいよ。……私は、そもそも、そこで寝転がってた君が敵かと思ってたよ」

「うわ、酷い。あ、私の事も姫衣でいいよ」

 こうして互いは互いを名前で呼ぶ事になった。

 話はした。メモに書かれている事と見える景色程度しか情報がない今、結論を出す事は出来なかったが、向かう先を決めるのは速かった。見える位置に風化しすぎた建物がある。五階建て程度の屋敷だが、コンクリートが剥き出しになっていて、あちこちが僅かに崩れ落ちていて、人が生活している様子が伺えない。

 が、目立つモノは見渡しても木々の生い茂る山の入り口に聳え建つそれしか見える範囲にはなく、二人は当然、そこを目指す他なかった。

 山を歩くのも想像以上には辛くなかった。普段の服装であれば足を痛めていたくらいはあったかもしれないが、衣服に靴まで勝手に同じものに着替えさせられているこの状況では、山の入り口から少し入る程度の事は、何の問題にもならなかった。

 だが、決して、橘は油断しなかった。山へと踏み込むという事は、周りの木々が視界を悪くするという事。足元を封じるかの如く雑草が生い茂っていて、罠が仕掛けられていても分かる事はない。

 里中は頼れる人間だ、と自然と橘に頼っていて、橘もそれを察して考えはせずとも自然に彼女を守らねば、先導せねばと、常に彼女の気配に気を配りつつ、見えた建物まで近付いていた。

 建物の入り口まで到着して、見上げ、その雰囲気を真正面から受けて二人は思わず辟易した。

「お化け屋敷みたい……正直入りたくないなぁ」

 里中がまず第一印象を吐く。が、

「そうも言ってられないだろ。見えるモノは全部探らないと、現状の把握が一歩も進まないし」

 橘は前を見ている。

 大丈夫だって、という橘の声に引きづられるように、里中も足を進める橘の背中に続くしかなかった。

 建物の中は外観から連想出来る通りの剥き出しのコンクリートと一部が崩壊した景色でしかなく、部屋数は少ない。

 最上階のワンフロア丸々一部屋になっている場所に慎重に二人は上がったが、特別な発見は特になかったどころか、誇りや塵程度しか目に入るモノはなかった。

 が、最上階。部屋の中央まで来た所で橘が不意に立ち止まった。観察するように辺りを見回す事もなく、ただ、視線を斜めしたへと落としたのを見て、里中が不思議そうに彼女の顔を覗き込む。

「どうかした?」

 問われて、応えたのは数秒後だった。

「……なんだろう。人がいたみたいだよね。そんなに前じゃない」

 橘は不意にそんな事を言う。ここに到着するまで、そんな事を一切言わなかったため、里中はそこに理由がある、と当然気付く。

「どうして?」

 里中自身では気付けなかったために、素直に、率直に問うた。問いつつ、一応に辺りを見回してみるが、特別何かがあるようには思えなかった。

「……空気が、違う気がしてね。勘だけど」

 そう言ってへらへらと、からかいました、と言わんばかりに言ったのは当然、橘だった。

「あ、そう」

 橘のそんな遊び口調にも慣れたのか、里中はそうとだけ言って、再度辺りを見回して確認作業に入った。

 が、やはり、当然と言わんばかりに何も見当たらない。

 すると、数秒もしない内に橘が出るぞと踵を返した。里中も慌てて続く。

「ここで留まって救助を待つ方が安心じゃないかな?」

 登ってきた階段を下りながら、里中は問うが、

「いいや、救助なんかこないと思うね」

 橘は足を止める事なくそう言い切る。

 が、その言葉で、里中の足は階段の途中で、止まる事になった。

「え、なんで!?」

 里中が足を止めた事で自然と橘を彼女から数段先の位置で足を止める事になった。足でまといだなんて思っていない。離れるのは得策でないと思っていた。

 首だけで振り返り、彼女を見上げ、橘は静かに言う。

「言っただろ? 人がいたって。って事は、ここじゃないどこかに人間がいる。恐らくだけど、『さっきの部屋の感じから』その人間はそれなりの時間いたって想像がつくから。多分、一日は過ごしていると思う。私達が目覚めるよりも前の、夜一晩越したのかもね。だったら、ここに留まるよりも、私達よりも事情を知ってるであろう人間と接触した方が良いよ」

「いやいやいや」

 言って、階段を下って橘に並び、二人は再度階段を下り始める。

「だから、人間がいたって証拠は何なの? それに、楓は私にイロイロ説明が足りないんじゃない?」

 不満げに言う里中だが、橘を信じている。信じているからこそ、橘の足を止めてはダメだとならんでしっかりと歩み続ける。

「そうだな。じゃあ、一応説明しておく。あの部屋の床には、丁度、私が立ってた足元の辺りには、刃物で傷付けたと見える溝があったんだよ。そこに誇りの一つもなかったから、多分って推測しただけだ。確信はないよ」

「刃物での傷?」

「私達も武器持ってるだろ」

「あ、あぁ! そういうことか!」

 言われて、確かに確信はないが、と思った。

 そもそも、これだけ古く、あちこちが落ちていて風通しの良いこの場所に、不自然に埃が積もっていない場所があれば、それは何かがいた証拠になるのである。里中は気づいていなかったが、橘は最上階に上がるまでにいくつもの不自然に思える場所を確認していたが、そこまで説明はしなかった。

 何事もなく建物を出ると、当然の如く、

「山の頂上まで登る。幸いにもまだ昼前に見える。昼過ぎには遅くても頂上につけるだろ」

 橘の早い判断に里中は、なんで? と問うが、

「一番高い所に出て辺りを把握するのは当然だろ? それに、私達と同じ事を考えて登ってくる人間もいるかもいしれないよ」

 当然の判断。だが、冷静でなければできない判断を、橘は、素早く下して、すぐに足を進めだした。休憩は山頂に着く前に一度取れば良いか、と判断した。

 里中は文句を言いたげな、不満げな表情をしていたし、それを橘はわかっていたが、文句を言いたいのは橘も同様だった。が、互いに向けて、の文句を持っているわけではない。二人共、この状況の現況に対して、苛立ちを覚えているのだ。

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