2.人間
2.人間
女がいた。目覚めたばかりの彼女は、目つきの悪い細身の女だった。細身の女は辺りを見回した。
(海岸、砂浜……海、ちょーきれー。……っていうか、昼? じゃ、なくて。ここ、どこだよ)
女は冷静だった。起きて見れば見知らぬ土地。夢だ、なんて疑いもかけずに、ただ単純に、率直に、あまりに素直に、この現状を受け入れていた。
とりあえず立ち上がろうと少し動いた時に手に触れた何かを、すぐに視線を、向けて確認した。スーツケースと、それに貼り付けられているのかと思うような程綺麗に置いてある便箋のようなモノが目に入る。どちらもより近づけるように手繰り寄せ、そして、まずは便箋を手に取ってみた。開き、中身を見ると、一枚の高そうな厚紙だけが、入っていた。すぐにそれを取り出し、外装を投げ捨てると、女はその『メモ』に書かれている文字を確認するように音読した。
「えーっと。何々……。敵の殲滅をしろ。武器は支給した。それ以外に脱出の手段はない。敵は宇宙人だ。……はぁ? なにこれ」
書いてある事は理解できなかった。挙句彼女は、そのメモすらいたずらの類だとその場で素早すぎる判断をして、捨てようとした、が、念の為、と気分一つで考えを変えて、ポケットにそれを乱暴に突っ込んだ。
ポケットに手を突っ込んで、そこでやっと気付いた。
「はぁ? っていうか着替えた覚えなんかねーんだけど」
自身を見下ろしてその自然と感じていた違和感の正体に気付いた。彼女が覚えている最後の服装は、パジャマ代わりにしていた黒の大きめのスウェットの上下だった。が、今は、色こそ同じだが、長袖ティーシャツにジーパンである。当然、着替えた覚えはなかった。
感じ取る事の出来る気温はその服装で丁度良いモノで、纏っていて不快感を感じる事はなかったが、いざ気付くと違和感が身体を支配して暫くは気持ち悪いままだった。
そんな険悪な気持ちを胸中に抱え込みつつ、次にブリーフケースを見た。それなりに大きなそれは、簡単に開けられるようになっていた。金具が二つついているだけで、暗証番号を入力する装置も無ければ指紋を確認する装置もなかった。
女は躊躇いなくそれを開けると、中にあるモノをすぐに手にとって、手元で観察した。
「……なんだっけ、これ、……、あぁ、あれだ。竹刀! じゃ、なくて……えーっと、……あぁ、アレだ。薙刀」
彼女の足元に転がっているスーツケースの大きさは、巨大、と言っても良い程だった。そこから、一本の純白の薙刀を取り出した彼女は物珍しそうにそれを観察し、右手に持ったまま、一度溜息を吐き出した。力を抜く様だった。
目的を、変える。自身の身の回りにあったモノから視線を外し、自然と現状確認に移る。
彼女は立ち上がる。再度、辺りを見回す。見えるのは足元から続く砂浜と、恐ろしい程に透き通っていて綺麗な青に輝く海と、その反対側に見える山と、近くにある五階建て程度のコンクリートが剥き出しのままで、あちこちが崩れ落ちているボロ建造物と、女が、一人。
当然、見回して見回して、最後はその砂浜の自身から少し離れた位置にの転がったまま動かない女に、視線は固定された。
メモに書かれていた事を思い出し、女は不意に呟く。
「まさか、敵ってか、宇宙人ってこの女?」
眉を顰めた。が、足は進んでいた。これまた自身のモノではない真っ黒なスニーカーが砂浜に僅かに足を取られるが、倒れている女の下まで到達するには時間は要さなかった。
細身の女は倒れている女の傍まで来た所でしゃがみ込み、まずは触れずに、声もかけずに、ただ、見て、観察した。
普通の女に見えた。これが宇宙人だと言われても、信じれないと感じた。細身の女がイメージする宇宙人は、火星人と言われて浮かぶ蛸のような姿をしたモノや、グレイと言われるタイプのモノだった。が、目の前で倒れている女は、どう見ても人間だった。それも、
「日本人、っぽいよな。……、とりあえず、」
起こすか、という考えは二の次だった。まず、細身の女は彼女の横に転がっているスーツケースと便箋を見た。考えこそしなかったが、寝ている女のスーツケースは細身の女のそれとは比べ物にならない程小さく、化粧品のセットでも入っているのかと思う程で、自然と、便箋の中身も違うのでは、という可能性を感じて、手に取っていた。
女が起きない事を良い事に、細身の女は勝手に便箋を開封し、中の紙切れを取り出した。紙切れが出てきた時は少し残念に思ったが、そこに書かれている文章を呼んで、少しだけ、気が晴れた。
「えっと、敵の殲滅をしろ。武器は支給した。それ以外に脱出の手段はない。敵からは生き残るための力を奪える……、よくわっかんないけど、良い事が書いてある気がする。っていうか最後だけ違うじゃん。なにこれ」
そのメモも、自然と自身のポケットにねじ込んだ。
そして次には当然、スーツケースへと手が伸びる。が、細身の女の手がその小さなスーツケースに手が触れたと同時、
「ん、……、うぅ、ん……」
スーツケースの傍で転がっていた女が、小さく、そしてなんとも可愛らしいうめき声を上げて、身体を僅かに揺らした。
「……おっぱいでけぇな、こいつ」
こんな状況だと言うのに、細身の女が気になったのは、そこだった。が、それは、同時に、細身の女が、そのなんとも女らしい、自分とは正反対の存在であろう女に対して、驚異を抱いていない、という事実の現れでもある。
が、そんな事はどうでも良く、細身の女は考えてすらいない。ただ、目の前で揺れた二つのモノに対して気づけば執着し、薙刀を置き、両の手を、伸ばしていた。
「あぁ……う、ん、あ、うぅ、……ん!? って、えぇ!! え、やだ。え、え、何!! 痴漢!?」
細身の女に両の大きな胸を鷲掴みにされ、激しく形が何度も変わる程に揉まれていた女が、目を覚ましたと同時、全開で開いていた。戸惑いの声を上げたが、そこまでしても、表情一つ変えずに見下ろし、堂々と胸を揉み続ける細身でスタイルが良く、モデルかと思う程に綺麗だった女を見て、冷静になったが、すぐに、戸惑いを取り戻した。
「え、女性……!? 痴漢じゃない……いや、この状況だったら同棲でも痴漢だよね。え、っていうか、ここ、どこ!?」
そんな女に対して、人の胸を許可もなく揉み続けている細身の女は、あまりにも冷たく、言い放つ。
「うるさい。私だって困惑してるんだ」
「滅茶苦茶だこの人……」
「聞こえてるぞ」
「聞こえるように言ったんですけど!」
そう大音声を上げた女は自身の胸を鷲掴みにして動き続ける手を払い除け、すぐに上体を起こして、辺りを見回した。隣で、細身の女はその女の様子をただ見ていた。正確には、彼女が体を動かす事で無駄に跳ねる胸を、凝視していた。
(揺れるなぁ……いいな。私もおっぱいもっとあれば女の子らしくなったんだろうか。もっと)
(何この人、ずっと胸見てるんですけど……。同性愛者、ってやつなのかな。いや、でも、なんだろう、そうじゃなくて、私だから見てるってよりも、胸だけを見てる、って感じ。大きさ、か)
気付いた女がふと振り返って細身の女の胸を見た。失礼をされているが失礼のないように気を遣って一瞥だけした、が、見られた。
「小さくて悪かったな!」
先手を打たれれてしまった。
「え、あ、ちがっ、違うんです!」
気づかれた事に驚き、戸惑った女は大慌てで否定するが、
「ま、いいよ。羨ましいと思って揉んでみたんだし。それより、……私は、橘楓。貴女は?」
突如として始まった自己紹介。まだ、女は現状が把握できておらず、不安だけを抱いていて、そんな事より、全てを説明してくれ、誰か、と叫びたい気持ちで一杯だったが、目の前の細身の女の気楽さを直に感じ取り、向けられた格好良い笑顔を真正面から受け取った事で、不安は、一時的にだが、隅の方に追いやられたのだった。
「あ、えっと……。私は、里中姫衣です……。っと」
里中は先に立ち上がった橘が差し出した手を取って、立ち上がった。




