1.開始―13
確かに、成城も砂影も一見しただけではそれがメリケンサックなのだとは気付けなかった。少し特殊な形状をしているモノで、切れ味までついているとなると、判断が難しかった。三人共メリケンサックだと判断したが、まだ、言い切れないのが現状だ。
味方は全員で一○人存在する、という情報を持っている。となれば、一○の武器が存在する可能性は多いにある。まだまだこれから、様々な武器と出会う事になるのかもしれない。
夜はまだまだ続く。
壁と天井に空いた小さな穴から吹き込む夜風の音が三人を、特に佐伯を震わせた。いつ敵が来てもおかしくないこの状況に、緊張は張り詰めていた。気を抜けば寝てしまうか、そのまま、死ぬか。そんな状況に、理不尽に投入された事に苛立ちを募らせるがやり場等ない。結果、砂影や成城に頼るしか、今の席にはなかった。
「そうだ、」
と、不意に言葉を発したのは成城だった。砂影も佐伯も声の主に何だと視線をやる。と、成城は佐伯を見て、問う。
「これ聞き忘れてたけど、っていうか、普通に聴くつもりだったんだけど、佐伯さん。俺達と合流するまでの話、聴いてなかったよね?」
言うと、砂影がハッとしたように目を見開いた。
成城が口にしたそれは、まず聴くべき事情だった。砂影もそう思っていた。だが、日常よりも数倍気を遣って、挙句、殺し合いまでして、殺して、という環境下にいて、疲れてしまっているのだ、と自身の状態に気付いた。
(くっそ……当然聴くはずの事だってのに。少し、ぼーっとしていた……。疲れている場合じゃ、ないのに)
砂影が自身を攻めている事は露知らず、成城が突っ込んで問うと、佐伯は思い出すように、語りだす。
「仕事を終えて、帰路についた。何事もなかった。自宅に着いても。1ルームの小さなアパートで、コンビニで買った弁当を食べて、風呂に入って床に着いた。そこまでは、覚えてる。だけど、次に気付いた時にはこの島、だった」
導入は、皆と変わらない。皆、『気づいたら』、この島にいた、という状態である。自ら足を運んだ、という人間は、この先も現れないような気がしていた。
「起きて……まず、当然、なのかな。目に入ったブリーフケースの上にあった便箋を見た。メモ、だったね。中身を確認した後は、ブリーフケースを開けて、その中身、メリケンサックを見て、何か分からなかったけど、とりあえず持っていこうと思った。で、持っていった」
ここまではテンプレートと言わんばかりに同じような体験が吐露される。皆、人間なのだ。敵ではない。日常をそれぞれ過ごす人間で、日本人で、感性が大きな範囲で見れば似る。細かな考えや体感は違うとしても、状況が掴めるまでは似たような行動になる。それは、当然で、必然で、こういう現状での常識で『あるべき』なのだ。
「その後はひたすら歩いたね。状況が掴めなくて正直焦ってたし、うろうろ、していた。海岸沿いに歩けば、島だって事にだってすぐに気づけただろうに」
恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうにそう言う佐伯に、砂影が問う。一番重要な、事を。
「そのうろうろ、ってしている間に、味方、敵問わない。誰かに、会わなかったか? もしくは、見なかったか?」
問われた佐伯は、顔色を変えた。その見て分かる程の変化には、二人とも気付いた。何か、あったのか、とすぐに察した。佐伯の顔はこわばっている。眉は潜め、筋肉の一部が僅かに痙攣までしている。
「何があったんだ?」
成城が首を傾げると、佐伯は、嫌な事を思い出した、と話始めた。声色は、僅かに暗く落ち込んだ。
「……思い出したよ。さっきまであんな事になってたし、君達と合流できた事で安心して一時忘れてたけど、うん。この情報こそ、やっぱり共有するべきだよね」
言って、二人の目を見た佐伯は、小さな溜息の後、続ける。
「道中ね、……どこだか説明できなくて、悪いんだけど、海岸だったかな。……人の形をした、何かを、殺している何かを、見たよ。男の子だった。目から血を流してたよ。手には、何か日本刀みたいな、刀を持ってたかな。純白の」
重要。この情報は重要過ぎた。
成城と砂影が互いを確認するように見る。
男は生きていて、新たな武器を持って、まだ島にいるのだ、と砂影は再認識した。
そして、成城は、
(……また、刀。……その目に傷を負った男は、目に傷を作ったって事は、砂影に武器を奪われた後だったんだ。って事は、だ。その男が持っている日本刀みたいな武器は、……スーツケースの形状から考えても、俺のじゃないのか? 確認してみる必要が、あるな)
そこまで話した所で、砂影が提案する。
「とりあえず、その男の事は置いておこう。っていうか、できれば会いたくない相手だ。一戦交えたしね。……今日はもう寝て、体力を回復しよう。明日は成城さんが言ってた死体の持ってるメモを確認しに行く。いいかな?」
二人に確認するように砂影が二人に視線をやると、二人とも頷いた。死体を見る、という事に佐伯は抵抗があったが、敵のだが、人間の形をした無残な死体を既に見た後だ。ある程度の覚悟は決まっていた。
こうして、なんとか目覚めてから二四時間以内に全一○人しかいない中で、四人という大勢で固まる事のできた、成城達の一日目は、終わった。様々な非日常が起こりすぎて、皆、疲弊していた。憔悴、とまではいかなかった事が幸いだが、この、終わりが本当にあるかどうかさえも疑わしい程に未知の事情があるこの状況で、生きるために死に急がないように気を遣うのは、大変だった。
(……明日も、生き残ってみせる)




