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1.開始―9


 高無はそう言われてもすぐは何が起こっているのか理解できていない様子だったが、成城達の雰囲気を見て、あまり大声を出してはいけないと理解したのだろう。彼女は不満げな表情を浮かべているが、何も言わなかった。言わず、二人に従う様子だった。

 砂影が既に玄関扉に手をかけている。成城は、声を潜めて高無に簡単な説明だけをする。聴いてすぐ、大雑把でも状況が理解出来るように。

「高無さん。君が寝てる間にさっき、この村に誰かがいるのが分かった。そいつの確認を今からしに行くんだけど、その人影以外にも敵だったり危ない奴がいるかもしれないから、俺達も人員としてついて行くんだ」

 成城の優しい語り掛けあってか、高無は眠そうに少し呆けていたが、ゆっくりとだが、確かに頷いた。分かった、と言ったように思えた。

「二人共、行こう」

 砂影の呼びかけに二人共応える。

 砂影が玄関扉を開ける。既に人影は村の更に奥に進んでいるようで、飛び出した所では影は見当たらなかった。

 夜風が妙に心地よかった。海が近いこともあって肌寒さも感じたが、強制的に支給されていた長袖ジーパンが程よく風を防いでいるため、程良い気温を感じ取る事が出来ていた。

 砂影が視線で道を差す。見れば、足跡が微かにだが浮かんでいた。その数から、やはり、先の影は見間違いする事なく一人だった、と確信を持つことが出来た。

 砂影が影が消えた方向へと向かって静かに歩き出す。足音は全員が気を遣った。極力消すように努力した。が、どうしても、特に高無は足音をたててしまう。砂影がそれを気にして、敢えて足を運ぶ速度は遅くした。

 暫く暗く、視界の悪い村を見て歩く。警戒しながら、歩く。風が建物の隙間を流れる音や、枯れて死んだ自然が動いて鳴る音が割と響いているためか、足音だけが村の中に響く様な事はなかった。

 だが、砂影は足を止め、首だけ振り返って口下に人差し指を当てた。そして、静かに言う。

「足音が聞こえる」

 当然、その足音とは、自分達のモノではなく、自分達以外の誰かの、恐らく、先程みた影の、だ。

(さっきの人影は辺りを見回してたからな。ただ目的に接近しようとする俺達が追いつくのはおかしくない。待ち構えるなら、身を隠すのが得策だしな)

 砂影はそう考え、『出る』決心をした。

 砂影の足が早まった気がした。成城と高無はそれに気づきつつも、何も言わずに彼の速度に合わせた。自然と、足音は大きくなった。今までそれなりに足音を消せていた成城も、足音を鳴らしてしまう程だった。

 足音を鳴らしている。つまり、前進している、つまり、接近している。その、影に。

 当然、そうなれば影は近づいてくる大きな、複数の足音に気付く。

「誰だッ!!」

 声を上げたのは、影だった。声から、男だ、と三人が察した。

 砂影と成城は、当然その声を聴いて足を止めた。高無も釣られて止めた。二人の考えは、当然同じだ。

(この状況で大音声を上げるなんて、敵に見つけてくれと言っているようなモンだ)

 故に、足を止めた。既に、男と、三人は互いの存在が見える位置にいた。大きな通りの脇道の、幅三メートル程度の広さの砂の道の上、距離は、大凡七メートル。通りの脇は全て埋めるように建物が並んでいて、視界は日が沈んで暗い事もあってやはり、悪い。どこか近く、建物の中、影、隣の道、そんな容易い場所に敵が隠れている可能性だってある。

 足を止めたのは、男を囮にしてでも三人がにげられるように、だった。

 男に足音が聞こえるようにしたのは、砂影の独断だったが、それは、この日没後という恐ろしく危険な状況で、人が集まる可能性の高いと分かっている村を、一人歩きする、という馬鹿な行為に及んだ男が、本当に馬鹿なのか、という確認をするためだった。足音に気付けただけ、本当の馬鹿よりはマシだ、と砂影は結論づけたが。

 砂影は片手を横に出し、着いてきている二人に動くな、という合図を送っていた。砂影は男の様子を見ているが、それよりも、周りに気を配っていた。

(今の男の声で、近くに敵がいれば反応するはずだ。……様子を、『見させてくれ』)

 願う、が。

「誰だって聞いているんだ!!」

 男は、二度目の大音声を上げた。

 これは、誰も打ち合わせ等していないが、合図、となった。

 この現状、この状況、そして、この『付近』には、敵が、三匹、いた。当然だ。砂影も成城もそう思うように、村には人が集まる可能性が高い。日が昇っていれば山頂もその高い可能性の中に加わるが、日が沈んでいれば、なおのこと高まる。それを、理解しているのは当然、砂影、成城の二人だけなはずがない。

 敵と既に交戦した砂影は誰よりも理解している。連中は、人間を見下している。それは、高い知性があっての事、だと。

 大悟の台詞から、そして今までの敵の行動から、敵が、人間を殺そうとしている事は容易く推測出来た。

 そこまで理解できれば、後は容易い。

 人間を見下す敵、人間を舐めている敵は、好戦的である。故に、獲物を捜すために進んで行動する。そして、知性を持つ。高い知性をだ。だとすると、当然敵も考える。思考する。人間が集まる場所はどこか、と。高無のメモに記述された事と、砂影の実際の行動から未だ敵が二五匹近くいる事は推測出来る。つまり、数が多い。複数いる、知性がある、となれば当然、連携している可能性もある。人間よりも数の多い敵は、連携し、数を分散させてこの小さな島を粗探しするように人間を探している可能性がある。

 その結果の現実が、近場に三匹いる(これ)、という状況だった。

 男の声が一度響いた時、砂影達は敵が動く可能性を察し、足を止めて周りの様子を伺った。敵の気配を探った。そのついでに、男の様子を観察していた。が、同時、近場にいた三匹の敵はそれぞれ別の位置にいたが、その三匹全員が、その声に気付いた。一匹はその音が人間の声だと確信を得なかったが、二匹は声だ、と確かに気付いた。だが、位置が特定できなかった。

 だが、二回目の大音声。

 砂影は二回目になると、敵の存在に、気付いた。それは当然、『敵が動いたからだ』。

 声だ、という確信を持っていなかった一匹は、二度目の声でそれが声である事に気づき、同時、構えていた事もあって、声の発生源をすぐに察した。そして残りの声だ、と気づいていた二匹も当然構えていて、気付くのに遅れた一匹と同様、声の発生源を突き止めた。

 そして、動いた。別々の場所にいた三匹の敵が、同時に、同じ場所目掛けて動き出した。と、同時、砂影がその存在に気付いた。

(敵だッ!! タイミングからして間違いない。……少なくとも二匹。距離はまだ少しだけあるが……、足を止めている余裕はない!)

 判断は、恐ろしく早い。

「着いてこい!」

 砂影がそう叫んだ言葉は、当然、成城と高無に対して、そして、未だ名前も知らない男に対しての言葉だった。

 砂影は走りだした。真っ直ぐ、男へと向かって。それにワンテンポ遅れて始動した成城と高無も続く。

 成城と高無は、砂影のその様子から、敵が近づいて来ている事を察した。確信は体感いしていないため得る事が出来ていないが、確かに察し、それを信じた。だが、男はまだ、敵の存在に気付いていない。

 敵の存在に、そして、接近に気付いていない男が見る光景は、何者かも知らない三人が、自分目掛けて突然、走り出してきたという光景。当然、恐怖以外の何者でもなかった。

「ひぃいいい!?」

 困惑した、そして、パニックになった。

 パニックになると、どうなるか、それは大体二種類の行動に変化する。動けなくなり、硬直するか、その逆、意識もせずに、動き出すか、だ。

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