プロローグ
楽器。それはいつの時代でも人々に愛されていた。
それは、武器になるからではない。人々の心に安らぎを与えるからだ。
だが、世界は変わった。楽器は武器になり、人々を傷つけ、恐れさせる。しかし、楽器はそれを望んではいない。
楽器という素晴らしいものを、武器に変えた組織がいる。
俺が、この手で組織を見つけ、倒し、楽器を解放してみせる。
そう決意し、旅立った男の名を、皆は尊敬と期待を込めて『救世主』と呼んだ。
弾き始めは、弓の真中を少しだけ使い、ゆっくり小さい音をだす。
徐々に、弓の使う幅を大きくしていき、ピアノからメゾピアノへ。弓の半分を使い、音を大きく速くしていく。
メゾピアノからメゾフォルテ、メゾフォルテからフォルテへ。弓をいっぱいいっぱいに使い、音を最大にする。無意識に体が揺れ、リズムを取り始める。
すると、1メートル先にあるアルミ製の缶が音もなく、重力が何倍にも増えたように、つぶれる。
ハァ、とため息をつき、男の子は演奏を止め、左肩からヴァイオリンを下ろす。
「ん~。まだまだだね。私はあれをこなごなにしろって言ったのよ。本当に『救世主』の子どもなのかしら。」
横で見ていた若い女性は、今までバイオリンを弾いていた子どもに声をかける。
「僕だってやろうとしてますよ。でも僕はまだ子どもだし、あ、でも僕はお父さんの子どもですよ。」
子どもは落ち込みながら、言った。
「はいはい。でももう9歳になるのにこんな事も出来ないなんて。あなたの夢は何?」
「僕の夢はお父さんみたいに強くなって、黒幕を倒すことです。」
何十回も何百回も口にしたそのセリフを、大声で言う。
「あっそ、じゃぁがんばってね。今日は、アルミ缶をこなごなにできるまで休憩は無し。」
女性はそう宣言すると、ドアを開け廊下へ出た。
ゆっくりと廊下を歩き、階段を上がる。彼女の要望で建設されたベランダへと向かう。
ドアを開けベランダへ出て、太陽が沈みかけ、薄暗くなってきた空を見上げる。
「あの子は、将来きっとあなたと同じような人になるわ。だってあなたと同じ目をしているんですもの。」
独り言のようにつぶやいた彼女の目には、うっすらと涙が光っていた。
「必ず帰ってきて。」
彼女の言葉は、太陽と共に地平線へと消えていった。