表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/18

第5話 そして彼はそれを食す



栄林庵に戻った時にはもう日が傾きかけていた。


ガラララ!!…ピシャ!



戸を開けると驚いたようにこちらを見る2対の目があった。

「どーしたんだ、そんなに慌てて」

片岡 大吾が尋ねる、


聞き流す。

…アンタに構う暇はない


早く二階の自室に戻らなければ!そう思って階段を駆け上がろうとした時だった、




「大丈夫ですか?店長さん」

その声に条件反射で振り向いてしまう自分が憎い。


午後から来ると言っていた山川 はるかがそこにはいた。



「何、持ってんだそれ」

一瞬止まってしまったことが敗因だった。

右手に握る袋の存在を片岡さんに見られてしまった。


隠しようにも彼だけでなく遥さんにまで見られてしまった。



ど、どうすれば…


焦る私を前に彼女は言葉を放つ。




「それ、タコですよね?」



すると片岡さんも反応する

「おお、ホントだ、新メニューの食材はタコにしたのか?」




……彼は何を言っているんだ?


私の耳が確かなら今、食材という単語が聞こえた気がするが…



「すごく新鮮で、美味しそうじゃないですか♪」




……彼女は何を言っているんだ?


私の意識が確かなら今、美味しそうという言葉が聞こえた気がするが…


美味しいという言葉は日本人がよく使う形容詞だ、

…だがその修飾先は食べ物に限られたハズだ!



…ということはまさか……

彼女はその、この赤ん坊を、我が種族を…食べ物、と捉えているのか!?



う…嘘だ!そんなバカな!?こんな可憐な少女が?


誰でもいい!誰か、誰か嘘だと言ってくれ……!


既に限界を迎えていた私の意識はその場でブラックアウトした。





◆◇◆


「本当に救急車呼ばなくていいんですか?」

ソファーに横たわる男を前に遥がおずおずと尋ねる


「心配すんな、これで三度目の気絶だ、暫くすりゃあ目を覚ます」

「しかしお使い頼んだのに、買ってきたのはタコだけかよ…」

片岡はやれやれと首を振る。


「それにしても、うちのバカがすまねーな、せっかく来てくれたのに…」


「い、いえ私は大丈夫です」

彼女は胸の前で腕をぶんぶんさせる。


「そう言ってくれて助かるぜ…そうだ、ちょっと聞いてもいいか?」

「?、構いませんよ」


「新作メニューのことなんだが…」

気絶した悠馬ゆうまをよそに、メニューについての会議がなされた。



◆◇◆


目を覚ますと私は一人、ソファーの上で横たわっていた。


夕日に赤く染められた店内に人はなくもちろん例の赤ん坊もいない。

唯一聞こえるジュージューという音は片岡さんが厨房で夕飯を作っている音だろう。



…夢…だったのか?


だとしたら随分なものを見たものだ、地球査察という大役に気負っていたのかもしれない。

エリートほどしっかり休む、これからはそうあらねばな



それはさておきこうばしい香りがするな…今夜の献立はなんだろう。


そう思って腰を上げ、良い匂いの漂う厨房の扉を開けた。




◆◇◆


……なんで、こうなった…


私はもう何度目かわからないほど心の中で繰り返した。


目の前には湯気を立て、香ばしい匂いを振りまく料理が皿に盛られている。


そして横にはじっと見守る片岡さんと遥さんの姿があった。


話は数分前にさかのぼる。




◆◇◆


厨房に入って驚くことが2つあった。

一つは山川 遥がそこにいたこと、


そしてもう一つは…


私が命をかけて守り抜いたあの存在が、衣をまとっていたことだ。

確かに私も服ぐらいは着せようと思っていたが…



それが身につけていたのは

…ただの衣では無い、片栗粉が中心の衣だった。


しかも油のお風呂で入浴中だ…


「あ、目が覚めたんですね!よかった~」

「おう、やっとか、ホラ、もうちょっとで新作メニューが出来るから待ってろ」

そしてカウンター席に座らされた。



「お待ちどうさま!」

数分後満面の笑みを浮かべて彼女は私の前に皿を置いた。


私は生ける屍になった。



そこからは長いので割愛させて頂く。


大まかに言うと固まった私に彼女が何度も話しかけてくれたことで、私はなんとか喋れるまでに回復し、


そこでタコがなんであるかの説明を受けた。


◆◇◆


そして今に至る。


確かに私は空腹だ、今日はことさらエネルギーの消費が激しかったからだ。


しかしだ、私は箸を持つ手が動かせなかった。


その先に摘まれた、ある存在を前に…




そう、タコのから揚げに。



「ったく、さっきの一件といい、なんだその反応は…」

「遥ちゃんがな、タコ買ってきたオメーの案を気にしてタコのメニューを考えてくれたんだぞ」

彼は呆れた声を出す。



タコの説明は今し方受けた、それには納得したはずだ。

…いや、したはずだった。




初耳だった、地球にこんなにも我々によく似た生物が存在するなんてぇ!!

しかも地球人の食糧だったなんて!


聞いてないぞ、情報局、いっつも下らん情報ばっか仕入れやがって~!


私は内心激怒した、必ずかの邪知暴虐を除かねばならぬと決意した…



そんな私に彼女は控えめに質問する。

「もしかして、タコ、お嫌いなんですか?」

辛うじて首を横に振る


「男なら一口だろ」

と片岡。


「パクっといって下さい、店長さん」

…遥さん、そういう問題では…



…しかし彼女がこんなにも薦めるからにはきっと美味に違いない

郷に入っては郷に従え、


…これはタコという食材だ。


分かっている、食べればいいのだろう!


えいっ、


パクっ


…モグ…もぐもぐ……ゴクン



…………!



「どう、ですか?」

遥さんが期待の混じった顔を向ける。


この表現でいいのか、


しかし舌に感じた感想をこれ以外に表す言葉を私は知らない。


「美味しい…です」


よかった~と彼女は息をもらした。


私は別の意味でため息を吐く。


ああ、済まないタコよ、そしてグッバイ故郷


…だって、だって美味しいんだもん!今は地球人の味覚なんだもん!


「ま、食わず嫌いなんてこんなもんよ」

そう言って片岡さんは笑う。


…だから好き嫌いじゃないって言ってんでしょーが!

あ、今思ってただけでした。



その後、背徳感に悩まされながらも私はタコのから揚げを完食した。




そして今宵めでたく開店記念のメニューが決定した。


その名も栄林庵揚えいりんあんあげ¥380

ジューシーなタコのから揚げ、とってもおいしいヨ☆




この報告はすべきじゃないな、と私は直感で感じた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ