入学式前日
私には前世の記憶がある。
こんなことを公言する人がいたら私はすぐさま精神科を受診することをおすすめするか、その人から距離をとるだろう。
しかし、悲しいかな私は前世の記憶を持ったままこの世に生を受けてしまった。
私がその記憶の存在に気がついたのはいつだっただろうか、定かではない。
小さい頃の記憶が何歳くらいのものか覚えている人は少ないだろう、つまりそういうことである。
思い出すきっかけとなった出来事であるが、なんの変哲もなく鏡で自分の姿を見た、というものだ。
自分の姿を見て何かしら考えるところがあったのだから物心が付くかつかないかそのぐらいのとしであったのだろうと適当にアタリをつけているのだがいかんせん私は子供を持たずに死んでしまったので物心がつく歳あいを知らない。
幼い頃から前世の記憶という大変イタいものを持って生きているのである、今世の性格も以前のそれと遜色ないものになってしまったのも道理であろう。
さて、肝心の前世の私、三田紀子についてであるが彼女はいわゆるオタクであった。
ここまで私なりに客観的に述べてきたつもりではあるのだが、前世の私について語るにしてはどうしても主観的になってしまうだろう。
というのも、物心つくかつかない頃合いというのは自我が芽生えてくる頃合いに近い。すなわち今生の私も前世の私と同じ自我を持っていると私はそう思っている。
ということで、私が自分自身について話すのだから主観的になるのも自明の理である、とそういうことなのだ。
話がそれてしまったので本筋に戻そう。
とりあえず以前の私はオタクであった。
アニメやゲーム、漫画をこよなく愛し、愛したが故に二次創作への道にも転がり込んだ。
特に好きだったものが女性向けの恋愛ゲーム、いわゆる乙女ゲームをプレイし、そのヒロインを愛でつつもヒロインと彼女が結ばれるキャラクターの恋愛を夢想したり、楽しんだりすることであった。
どうしてこのキャラクターが攻略対象ではないのかと嘆きながらもそのキャラクターとの恋愛を二次創作で叶えることも一度や二度ではなかった。
それ以外にも某スポーツ漫画のミュージカルに入れあげたりもしていたのだがここは割愛しよう。
このように前世の記憶がある私だが、幼い頃から目を背けていた現実ととうとう向き合わねばならないらしい。
この世界は私が三番目に好きだった乙女ゲームの世界であるらしい。
幼い頃からそうかもしれないとは思っていた。
しかし、どうしても認めたくなくてずっと向き合ってこなかったのである。
他人の空似と信じ続けられたらどんなによかったことか!
もし私が攻略キャラクターやライバル、ヒロインの親友などに生まれてきていたのであったのならばここまで目を逸らしてはいなかっただろう。
だが、私は私がこよなく愛するこの世界のヒロインとして生まれてきてしまった。
私はヒロインを猫可愛がりしたかったにもかかわらず!である。
ここで散々クダを巻いてもいいのだが、そうも言ってられない。
現実と向き合ったからには今生の私についても説明するべきだろう。
今の私は廣瀬真希、よくある学園系恋愛シュミレーションゲームの主人公である。
これもまたよくある乙女ゲームの特徴と同じように外見は平凡だと評されているけれどもプレーヤーからすれば立派な美少女だ。
こんな美少女が平凡だというのならばどこまで可愛ければこの世界で美少女だと認められるのだろうか、まったく!
前世では普通であった私はこの世界ではブサイクということになってしまうじゃないか!!
外見のことについてとやかく言うのはよそう。悲しくなるだけだ。
年は15で今年の春から花の女子高生になる。
入学する予定の高校は私が通える範囲ではトップの進学校で一流大学への進学率が全国的に見ても高い。
そうでなくては前世の経験から学歴コンプレックスを抱えている私も入学しなかったであろう。
今生では就職活動に苦労せず、社会に出ても趣味に使えるお金と時間を確保したいものである!
さて私が入学する予定の高校であるが、お察しの通りこの学校こそがゲームの舞台である。
この世界はノベルゲーであり、2年生から肝心の乙女ゲームが開始する。
言ってしまえばまだ一年余裕があるわけである。
勉強をしながら女の子と仲良くなろうと思っている。
ヒロインを猫可愛がりする代わりにヒロインの親友や友人たちを猫可愛がりするために第一印象に気を付けようと思う。
そんなことを考えている入学式前日である。