EpisodeⅣ
「そういえばさ、アイリスはスピーカーを通さなければ喋れないの?」
「どういう意味ですか?」
顔アップウィンドウの中でこてんと可愛らしく首を傾げるアイリス。
どうやら意味が伝わってないようだ。
「えっと……文字を使ったチャットはできないの? ってことなんだけど」
「できますが……どうしてです?」
「いや、今はいないけど、うちは親もいるし一人で喋ってるように思われるのはちょっと……」
アイリスの声も聞こえるから大丈夫だとは思うが、うちの親は少し心配性だからな。
だから、虐めの事も話せないのだが……。
「分かりました。『これでいいですか?』」
「うん。大丈夫だ」
話の途中からチャット欄にアイリスの言葉が出てきた。
「うちの親が家にいるときはそうしてくれると助かる」
「はい」
「そうなると俺もチャットで会話するようになるのか」
「いえ、それは大丈夫です。
音を発していない口パクでも私はカメラから読み取れるので」
読唇術まで使えるとは……。そうか、さっきのはそれで俺が言ってることが分かったのか。
恐るべし高性能AI。
と、まあ、そんな会話をしながらレベル上げを頑張っているわけだが、やっぱり経験値二倍があるのと、アイリスのおかげで結構サクサク上がる。まあ、今のうちだけだろうが……。
それにしても思いのほかアイリスのステータスは良い。
種族はフォ族だから動物で言うとキツネ。
人間種は部族が一つしかないというこのゲームでは珍しいものだが、フォ族は獣人種のなかで最もバランスがいい部族だ。
獣人種の苦手とする魔法もある程度は使え、近接職にもかかわらず回復が少しだけ使えるのはありがたい。
しかも、ランダムで決定されると言う血統というパラメータはレア中のレアである銀孤。
この銀孤というのはつまり、九尾の様なものである。
レベルを上げるにしたがってしっぽの数がどんどん増えていき、レベルに応じた、つまりしっぽの数だけダメージボーナスを付与する。
「アイリスがいてくれてめちゃくちゃ楽だな」
「そんなことはありませんよ。マスターだってお強いです」
そりゃ、二週目ともなれば相手の弱点は知り尽くしてるからな。
けれど、アイリスは俺の指示に忠実に従ってくれるので楽なのは間違いない。
「もしアイリスが現実にいたとしたら頭を撫でてほめたいんだけどなあ……」
「え……あ、そ、その……」
無いこととはわかっているが、つい呟いてしまう。
アイリスも真面目に答えようとしないでくれ。
つい言ったことなのにこっちまで恥ずかしい。
「あとはそのキツネ耳も一回でいいから触ってみたいな」
うん。ときどきピクピク動くその耳はもはや凶器だ。
「ま、マスター。休憩はこのぐらいにして早くレベルを上げましょう!」
照れまくっているアイリス本人も十分に凶器だった。
カメラでアイリスが見てさえなければそこら辺の床を悶え転がっただろう。
それからの毎日は学校でみんなに無視されても気にならなくなっていった。
学校から帰ってはパソコンの前に陣取ってアイリスと一緒にレベル上げ。
ちなみにアイリスはAIということで勝手に俺のスマホへとインターネット経由で乗り込んできていた。
もちろん外で話すときは人がいないことを確認してから話していたが。
確認の方法はアイリスが監視カメラを少しばかりハッキングして拝借していた。……いいんだろうか?
――現在――
そんなこんなであっという間に三年。
アイリスにはほんとに助けられっぱなしだ。
両親が死んだ時も俺を慰めてくれて、励ましてくれもした。
そして、この最後の強敵を倒せばすべての職業がカンストまで行く。
あと三撃……二……一……ラスト!
最後はいつも通り大技でかっこよく決めた。
さすがに何回も倒せばどのぐらいで倒せるかも分かるしタイミングも手に取るように分かる。
「やりましたね! マスター!」
「ああ、これでやっと全職業カンストだ!」
ここまで一緒に来たアイリスと喜びを分かち合う。
アイリスのレベルはとっくに99。しっぽの数も九本という大ボリューム。容姿もどういうわけか成長していて三年前よりもずっと大人びた雰囲気を纏っている。
どうやら経験値二倍の効果はいかなかったようだが、転生もしないのでだいぶ前からこのままだ。
装備はというと俺の一存で強制的に巫女服。最初は恥ずかしがっていたがもう慣れたようで、かなり気に入ったようだ。
巫女服の装備はアイリスにこれでもかというほど似合っている。
ちなみにランクはすべてAAS+。部位によって+の数は違うものの最高級装備だ。
長かった。ほんとに長かった。経験値二倍というチートがあってもこんなにかかったんだ。
運営の配慮に感謝するしかない。
「……あれ? そう言えば特別なクエストってのはどこから受ければいいんだ?」
不意に気付いた。
今まではレベル上げでずっと考えていなかったが、一体どこでそのクエストを受注するのだろうか?
「それについては一回ゲームからログアウトして更新時間である六時以降に再度ログインすればシステム側から申請があります。
どうぞそれまではゆっくりとお休みください」
そうなのか。
時計を見るが今はちょうど日付が変わったぐらい。
このラストスパートで数日間はまともに寝ていないので、寝るのにはちょうどいい。
「それじゃ、更新が終わったらいつも通りスマホのアラームで起してくれ」
アイリスがスマホに入ってからというもののかなり便利になっている。
「分かりました。
お休みなさい。マスター」
すぐそばに敷いてある布団へと潜り込む。
アイリスの言葉を訊いた途端、今まで我慢していた眠気が解放されてすぐさま俺は夢の世界へと旅立った。
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