EpisodeⅡ
「は、初めまして! マスター!」
勢いよく頭を下げる少女。
その声は緊張が見られるものの、その可愛らしい見た目にピッタリすぎるほどよく合っていた。
……え?
……喋った?
たぶん俺はさっきの少女よりもきょとんとした顔をしているだろう。いや、きょとんというよりは呆気にとられた顔か。
だっていきなり喋りだしたらねえ?
誰だって驚くはず……って、そう言えば。
それもこのゲームの売りだっけ。
ゲームの演出を上げるために特定のNPCは豪華な声優を雇って声を付けているのだ。
そして俺はあんまり使ったことがないが、パソコンについているマイクやスピーカー。カメラを使っての対話チャットもできると評判だった。
金かかってんなあ……。
「あ、あの、マスター。どうしました?」
一人で納得していると頭を上げた少女が恐る恐ると言った様子で声を掛けてきた。
まるで、俺の事が見えているかのように。
「え……? もしかして俺の事見えてる?」
いや、確実にそうなんだろうが、確認のために訊ねてみた。
「は、はい。マスターのパソコンについているカメラからばっちり見えています……」
やっぱりか。
それにしても少女の様子が少しだけ気になる。
理由は分からないが獣耳の少女はどうやら俺に怯えているようだ。
まだ、少女が現れてから数分も経っていないのに……。
俺、何かしたっけ?
「えっと……。とりあえずそんなに怯えないでくれると嬉しいんだけど……」
心当たりが全くない俺はそんな言葉を掛けるが、少女は申し訳なさそうな表情をする。
「……すみません、マスター。言ってることは分かるのですが、マイクの設定がオフになっていますので設定をオンにしていただけないでしょうか?」
あー、今まで使ったことなかったからなあ……
えーっと、マイクの設定はどこからできたっけ?
「よろしければマスター。私が設定をいたしますが、許可をいただけないでしょうか?」
設定する場所を探しているときに少女が控えめにそう言ってきた。
それと同時にポップアイコンも。
とりあえず、『yes』をクリックする。
『設定が完了しました』
するとチャット欄に現れるシステムのメッセージ。って、早っ!?
「えっと……」
「改めまして。私はマスターのサポートキャラであるアイリスです。
お名前はマスターから頂いたのでご存じとは思いますが、種族と部族は、獣人種・フォ族。
職業は近接職であるビーストファイターです。
設定にお間違えはございませんか?」
「ああ……大丈夫だけど」
あれ? なんだかさっきとは雰囲気が違うな。
そのことに少しだけ困惑する。
「何か不備がおありでしょうか?」
いや、そうでもないみたいだ。
少女の声は、まだわずかに緊張しているように思える。
というかこれ、ほんとにAIか?
少しの会話しか交わしていないが、ほとんど人間と同じに思える。
最新式って書いてあったけどそんなものをもってる運営ってすごいな。
「いや、大丈夫だよ。種族も合ってるし職業も設定した通りだ。
君のアバターもめちゃくちゃ可愛いし。……というより設定を変えることってできるの?」
「……いえ、その、可愛いだなんて勿体ないです…………コホン。
私の設定を変えることはできません。なので、私の至らないところはすぐに言ってください。
精一杯マスターのご意向に従えるよう努力します」
俺の言葉に頬を染める少女だが、すぐに表情を変えて、深々と頭を下げた。
うん。照れてるアイリスはものすごく可愛い。
「そんなに頭を下げないでくれ。画面越しでもなんかむず痒いから。
あと、その敬語もやめてくれると嬉しいな」
敬語なんて今まで使われたことがないから、なんだか背中のあたりがムズムズとする。
「え……でも……」
その言葉にアイリスは困ったような表情になる。
そんなに難しいことなんだろうか?
「できれば普通に接してくれ。俺はあまり敬語を使われることに慣れてないから」
というよりも現実で俺に話しかけてくるやつなんて、両親ぐらいだ。
学校では言わずもがな、虐めの影響でみんなが俺を無視してくる。
虐めのグループは数人だが、みんながそいつらを恐れていて、自分も虐められんじゃないかと思って俺に話しかけてこないのである。
「分かりました。でも、そのご要望には応じかねます」
「えっ? なんで?」
「これが私のデフォルトですので」
それを言われちゃ何にも言えない。
そうかー、それがアイリスのデフォルトなのか。
「それに、マスターに敬語は当然です。しかも私の方が年下なのでそれを譲ることはできません」
「いや、年下と言っても設定で、じゃん」
「それでもです!」
うーん。断言されてしまった。
まあ、いいか。
さっきまではあったアイリスの緊張もすでになくなってるし。
結構頑固な性格っぽいから言い聞かせるのは難しそうだし。
「それじゃ、これからよろしく。アイリス」
「はい。よろしくお願いします。マスター」
握手は当然ながらできないが二人で笑い合った。
その時のアイリスの笑顔は忘れられないほど可愛いものだったのを今でも覚えている。
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