エリス
「え、あ、あの……」
「ちょっと、じっとしてて。ん~、体温はいつも通りだし、熱はないみたいね」
これはアレか? 誘ってんの? つまり、手を出してOKってことか?
他の女ならともかく、サティアやリセの据え膳なら遠慮なく食うぞ。
……まぁ、自分からサティアはもちろん、リセにすら手を出したことはない。
せいぜい発情期のリセに押し倒されてからあれこれするくらいだ。
「マルス様はここかしら!」
少し首をずらせば唇同士が触れ合う状況で、手を出すか否か悩んでいると、突然部屋の扉が荒々しく開かれた。
「ふんっ、相変わらずエルフ臭い部屋ね。こんな部屋早く出たいわ」
「「そうですそうです」」
ここは仮にも王女の部屋。いくらサティアがナメ腐られているとはいえ、本人が中にいて来客の対応をしている最中に部屋に乱入するなんて普通はあり得ない。その来客がイスカンダル家次期当主の俺なので、なおのこと。
だが、ここが王女の部屋だろうと、中にその王女がいようとも、そして来客が俺であろうと……いや、俺だからこそ入ってくる女がいる。
「ふんっ、あんな半端者がアタクシの姉だなんて冗談じゃないわ。
それにあの噂、なんでマルス様のお相手がアタクシ、エリス・アン・アストライアじゃなくてあの雑ざり物なのよ!? マルス様にふさわしい女はアタクシ以外にいなくってよ!
たかが噂にしてもあり得ないわ」
「「もちろんでございますわ、エリス様!」」
その女は胸がでかく、またその胸を強調するような下品といってもいい紫のドレスを身に纏い、部屋の入り口に立っていた。
それが、サティアと同じく王女であり、俺のことを狙っている、サティアの異母妹で第二王女のゲロスだ。あとついでに取り巻きもいる。
噂、ね。大方、俺とサティアが婚約しているってよ噂だろう。……うん、こいつだけはないな。
「ところで、お父様はここにいると言ってらしたけど、本当にここにマルス様はいらっしゃるのかしら?
……あ、いらっしゃ……って、そこの乳無しにケダモノ、マルス様に何をしているの!」
「え、あ……エリス……」
ゲロスは部屋を見渡し、俺を、そしてリセとサティアの姿を確認するとずかずかと中に入って来た。
いや乳無しって……。王女なんだから他に表現があるだろうが。リセへのケダモノ発言よりも、そっちに気がいくわ。つーか、王の話は半信半疑かよ。
「ふん、雑種がアタクシの名を気安く呼ばないでくれるかしら」
「おや、エリス様。ご機嫌麗しゅうございます」
とは言え、ムカつかないわけではないので、どう見ても麗しい機嫌ではないが、皮肉をこめて挨拶をしてみる。
「ええ、マルス様ご機嫌麗しく……はありませんわね、残念ながら。
まったく、いつまで亜人……ケダモノを傍においているんですの? そんなものなんで百害あって一利なしですのよ」
サティアに嫌みを言って威圧し、俺の傍から退かせると、今度はリセに対して嫌みを俺への提言の形でほざいて来た。ちゃっかりサティアのことも混ぜながらな。
「そうですか? 亜人といえど、懐いて来るとなかなか可愛いものですよ。エリス様も試しに飼ってみてはいかがですか?」
「にゃ~♪」
「いえ、結構ですわ。ペットにするにしても、少し節度を持つべきだと思いますわ。せめて、そのような形で膝に乗せるのはお止めくださいな。臭いが移りますわよ」
他の貴族なら叩き潰せばいいのだが、一応王女相手なので取れる手が少ないのでのらりくらりと躱す。
そのような形……ね。まあ、確かに向かい合わせで乗せるのは見た目てはアウトくさいし、リセが胸に顔をぐりぐりと押し当てているから匂いも移るけど。そんなことお前に言われる筋合いがないな。
「そんなことより今日はどうしましたか?」
「あ、そうですわ。本日はアタクシのために御越しいただき、ありがとうございますわ」
ゲロスのため?
……王は今日のことをどういう形で伝えたんだ?
ちなみに、ミドルネームがサティアとゲロスで違うのはゲロスの母が五大貴族出身だからです
この国ではミドルネームは王家と五大貴族本家のみにあるのですが、王家の結婚の際、ミドルネームを持たない者が嫁いで来る場合は「クァン」の名が与えられ、五大貴族本家出身の場合は元のミドルネームを名乗ることになります
また、他国の貴族や王族の場合は元の家名がミドルネームになります
ただし、サティアの母はエルフの王族出身ですが、半ば放逐される形でこの国に嫁いで来たので、サティア共々元の家名を名乗らずに「クァン」を名乗っています




