髪結い
「何を言っているんですか、サボろうとするあなたが悪いんでしょうが」
とはいえ、素直にそれを認めはしないがな。確かにサティアがボーッとしていたのは俺が耳を摘まみっぱなしだったからだが、それはといえばサティアがサボろうとしたのが原因だ。
……まぁ、教室に入った時点で放さなかったのは俺のミスだし、何気にモミモミしてたんだけどな。サティアの耳ってめちゃくちゃ触り心地がいいんだよな。
「う……。だ、だからって耳を摘ままなくても良いじゃない。何度も言ってるけど、エルフの耳は簡単に触っちゃダメなの!」
「確かに何度も聞かされてますね。理由は何度訊ねても教えてくれませんが」
「理由は……ダメ、絶対言えない」
ラミエル様に聞いてもはぐらかされるし、エルフに関する資料や、ゴロリからもらった知識でもその辺りのことは妙にボカされてるんだよな。……ゴロリからもらった知識もほとんどが常識レベルよりちょいマシ程度のものだし穴も多いから、あまりあてにしてなかったけど。
戒律的なものかとも思ったが、ラミエル様は『遠慮せずどんどん触りなさい』とか言ってたし。
「それより、転移が出来るなら……間に合うならサボろうなんて思わなかったわ」
「間に合わなくてもサボろうとしないでください。公務だの何だので言い訳は簡単に出来るでしょうが」
「嘘をつくのはちょっと……。それにそういうのはバレたときに厄介だし」
「サボりも大差ありませんよ」
「それは、緊急じゃないお仕事ならいつでもあるから……」
遅刻の言い訳に使うだのはダメけど、本当に公務を片付けてサボるのは、サティアの中での線引きとしてアリなのかよ。というか、それは授業中に他の科目の宿題をする──いわゆる内職と同じようなもんじゃなかろうか? 単純なサボりよりはマシだが……。
「そ、それよりも実技訓練よね。早く着替え……るのはわたしだけね」
「……ええ、まぁそうですね」
「実技訓練なのに運動着でいいの?」
サティアは旗色が悪いと感じたのか話題を逸らしてきた。あまり弄ってもかわいそうなので、追及はやめておくか。
「まずは隊形練習をするようなので、今日のところはあまり本格的にはやらないのでしょうね」
本来、実技訓練だと各々のバトルスタイルに応じた戦闘着を各自用意して、それを着用して訓練をする。しかし、今回ロリババァが着るよう指示したのは、かつて俺が授業に組み込んだ体力訓練、地球でいうところの体育で使う運動着の方だ。
実技訓練だと重量バランスや間合いなどの関係で、本番に近い格好でやるのが望ましい。運動着を着用するということは本格的な訓練にはならないはずだ。
ちなみに本番とは当然、戦闘のことだ。貴族平民に関わらず、この学院を卒業する者は最低限の護身が出来るのが望ましい──貴族は当然として、学院は平民だとそれなりに優秀な者でないと入学・卒業できない──ので戦闘訓練は必須だ。
「そうなんだ。う~ん、それなら上だけで、下は替えなくてもいいかな。さっき替えたばかりだし」
そういうとサティアは運動着をロッカーから取り出して着替えていく。
上や下と言うのは、下着のこと。サティアが身に付ける下着は大きく三種類ある。
一つ目は、誰に見せるわけではないのだが王女としての物で、無駄に高級で着け心地はいいが耐久力がなく、運動に耐えられるものではない。
その為二つ目として、耐久力と吸水性に優れた運動用の物を用意してある。
そして三つ目が、現在身に着けているのはそれらのどちらでもない、中間的な……と言うか、普通の下着だ。普通と言っても平民レベルだと高級品だけど。
一つ目のは主に城での生活や王女として振る舞わなければならない場面用で、イスカンダル家で過ごす時、そして学院に居るときは三つ目のを身に付けるようにしている。なんと言うか、一つ目のは身に付けてると精神的に窮屈らしい。それに学院生活にはそぐわないんだとか。
「うん、こんな感じかな」
「それじゃあ、髪を結いましょうか」
「ええ、お願いするわ。そうね~、今日は二つに分けてもらえる」
「わかりました」
サティアの髪は長く、運動する時には邪魔になりがちなので、運動着に着替え終えたところで声を掛けて髪結いを提案する。
二つに分けて、ってことは今日はツインテールな気分か。
櫛を通して髪を梳り、ヘアゴムで結んでいく。サティアの髪を結うのは慣れているので、その手に淀みはない。
「ひゃんっ」
途中、サティアの耳に手が当たったがわざとではない……ような気がするかも知れない。
「よし、こんな感じだな。できましたよ」
「ありがと。……けど、さっきのはわざと?」
「何のことですか?」
「耳、触ったでしょ」
「あ~、二つに分けて結う場合は当たりやすいんですよ」
ツインテールをリクエストしたサティアにも問題あるよな、うん。
「……まあいいわ。結ってもらって文句を言うのは間違ってるし。
それじゃあ行きましょうか。確か訓練場よね?」
「ええ」
サティアは疑いの目を向けてくるが、それ以上は追及せず、訓練場へ向かうことにした。




