寄り道
「別に構いませんが、少し寄り道をしますよ」
「寄り道?
この娘がこんな状態なのに寄り道なんてするの?」
こんな状態って……寝てるだけだよな? まぁ、身体がぼろぼろなのは……あれ?
身体中にあった傷がいつの間にかなくなってる?
飲ませた薬には簡単な治癒効果はあったけどあそこまでひどい怪我は治せないはずだが……。
……再生?……古傷がないのはこういうことか。
……ん、薬? ……ああ、サティアは飲ませた薬には麻酔効果があったのは知らんから寝てるんじゃなくて気絶してると勘違いしてるんだな。
「心配しなくてもこの娘が目を覚まさないのは先ほど飲ませた薬の作用ですよ」
「おくすり?」
小首を傾げる姿がかわいいなぁ~……じゃなくて、なぜ疑問形?
さっき俺が薬飲ませたの見てたよな? 何せ飲ませた直後にしばいて来たんだし。
「おくすりってこの娘、吐き出してたよね?」
いや、そのあと口移しで………ん?
…………もしかして…この娘、あの口移しを普通のキスだと思ってるのか?
いや、まぁ説明がめんどいからスルーしたけど普通気付くだろ。
「先ほど口移しで飲ませましたよ…」
「口移し……あ! あのキスのことね!」
ふう、やっと気付い……
「赤ちゃんができてしまったらどうするつもりなの!?」
え~、その質問に戻るの~。
「はぁ、あのですねサティア様、キスでは子供は出来ませんよ」
「嘘よ、だってお父様が言ってたもの」
……あのくそ国王いっぺん殺した方がいいかも。
「その王様の言葉が嘘ですよ。
いったい何度王様に騙されれば気がすむのですか…」
「また……なの?」
サティアが呆然と呟く……また、サティアの男が苦手なのが加速したな。
サティアが男が苦手な理由の一つが国王に嘘を吹き込まれ続けたこと、直接的な原因ではないけど、これがきっかけで決定的なことが起こったからな……。
ちなみに吹き込まれた嘘のほとんどは俺が本当のことを教えて誤解を解いている。
「それなら好きな人とじゃないと駄目っていうのも嘘なの?」
「いえ、それは珍しく本当ですね」
「そ、それなら……」モジモジ
ん? モジモジしだしてどうした? 不安気な感じだが……。
「あなたは……この娘が好きなの?」
はい?
「何をいきなり……今日会ったばかりなのに好きも何もあったものじゃないですよ」
気に入ったのは確かだが。
「でも……キス……」
そういうことか。
「あれはキスではなく口移しです。薬を飲めない、飲まない相手に飲ませる方法ですよ」
「そうなの? でも……なんて言うか……」
「なにか?」
なんか言いづらそう……どう言葉にすればいいのかわからない、って感じだが……。
「う~、なんでもないっ!」
あ、言葉にするのあきらめた。五歳児の語彙にはなかったような感情でも湧いたんかな?
「そうですか、それでは行きますか」
話が一段落したので、そう言いながら馬車の御者に合図を送りドアを開けさせる。
「ちょっと先に失礼しますね」
本来なら先にサティアを乗せるところだが、今回は獣人の娘を寝かせる為に先に馬車に入る。
獣人の娘を寝かせ……そういやこの娘、名前は何だろう?契約書にも記載されてなかったけど。
貴族の家に生まれ、奴隷として売られた子供に名前がないのは珍しくない。
たいてい、虐待を受ける過程で名前を剥奪されるからだ。だから親も契約書に名前を記載することはない。
とはいえ、自分の名前だから子供も覚えてるし、奴隷用の戸籍をつくる際にその名前で登録することもあるけど。
まぁ、つまり契約書に書かれてないだけで本人に聞けばわかるってことだが……その本人が寝てるから今は聞けないけど。
「それではサティア様、御手を」
獣人の娘を寝かせて馬車を降り、今度はサティアを馬車へエスコートする。
勝手について来ることになったとはいえ、一応貴族としての礼儀だからきちんとしとかないとな。
「……ぁぅ、あ、ありがとう」
サティアは最初ためらっていたが俺の手を取り、馬車に入る。
何でためらったんだ?
この馬車は元々王族であるサティア達を迎える為に用意していたため結構でかい。乗せる予定だったガラハゲとエリスはいないため一人が寝転んでいてもまだスペースに余裕がある。
「では大通りに行ってくれ」
御者席に向かって行き先を伝え席に座る。サティアは既に向かいの席に座っていて、何故か獣人の娘に膝枕をしている。
この娘王女なのに面倒見いいよね……ゲロ王女とは大違いだわ。これが教育の差ってやつか?
この国の王子・王女の教育は王族としての部分以外は母である各王妃に任せられている。
もっとも、第一王子は嗣子だから国王が教育関わっているし、サティアの母はエルフのためヒトの慣習に疎いところがあるので第一王妃に手伝ってもらっているが。
……ちなみに第一王妃は第二王妃とかなり仲が良く、サティアにとってはもう一人の母親って感じだ。
ガラハゲとエリスの場合は母親である第三王妃がある事情で子育てができないため、第三王妃の実家であるリオール家の者が家庭教師として教育しに来ている。
……あの二人がああなのはこの家庭教師とやらの所為だよな。
「ねぇ、どこに行くの?」
「とりあえず、服屋ですね」
サティアが行き先を聞いて来たので答える。
「服屋って何?」
……はい?
「そのまま服を売っている店ですが…」
「お洋服って作ってもらえるものじゃないの?」
……こういうところこの娘、お姫様だよね。
城には王族専門の仕立職人がいて服を作ってるの忘れてたわ。
「服というのは普通、各家庭で作るか服屋が作っているのを買うものですよ。
一つ一つ作ってもらうのは王家か一部の貴族だけで、それ以外は特別な服でもない限りは出来合いの服か、自分たちで作ります」
「そうなんだ…」
「そう言えばわたしもお母様にお洋服を作ってもらってたわ」
ああ、あのいかにもエルフって感じの服ね。あんなのヒトの街では売ってないし、城の仕立職人も作らないからどうしたんだろって思ってたけど第二王妃の手作りなんだ。
「それであなたのお洋服を買いに行くの?」
「いえ、服は買いに行くのですが、ぼくのではなくその娘のです」
獣人の娘を指しながら答える。
いつまでも服とは呼べないようなぼろ布を着させておくわけにはいかないが、この娘は元々うちで引き取らずに奴隷教育施設に送る予定だったので服を含めた幼女用の生活用品を用意していない。だから買いにいかないといけないわけだ。
「あ、そうだサティア様、その娘の尻尾ってどの辺りから生えてます?」
獣人の尻尾の生え方はかなり個人差が大きく、生え方によっては下着が穿けなかったりする。 一応穴あきのものもあるが締め付けられるような感覚があるとかであまり人気がないらしい。
「ちょっと待って、え~と……」
サティアはおもむろに獣人の娘の服を捲り確認する……けど、もうちょいその娘に配慮しようよ。
何で俺が自分で確認せずに頼んだとかその辺り考えてさ。つーか、キスにはキレたのに何で部分的とはいえ裸は気にしないんだよ……。
「ん~と、腰の少し下くらいかな?」
「ふむ、それなら大丈夫か……」
それくらいなら尻尾が邪魔にはならないだろう。……あ、でも一応布地の少ないやつやローライズのも買っとくか。子供用の下着にそんなデザインのがあるかはわからんが。
「大丈夫って何が?」
「その娘の下着のことですよ、獣人は尻尾の位置次第では下着がはけませんから」
「下着……この娘穿いてないけど……」
……おっさんの趣味か?……まぁ、奴隷にはいらないだろ的な考えだったんだろうな。
そうこう話しているうちに王都の大通りに到着、貴族用の駐車スペースに馬車を停める。
「これから少し歩きますけど…どうします?」
できれば着いて来てほしいが……。
「わ、わたしも行くわ!」
来てもらえるのはありがたいがテンション高いな……まぁ王族だし、国王と第一王子の所為であまり出歩けないからなぁ。




