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ぼくの部屋には本がある

作者: 大竹下
掲載日:2012/08/16



その本はぼくが物心ついた時にはすでにぼくの部屋にあった。

ぼくの部屋はベッドがあるのと反対側の壁が一面天井まで棚になっていて、

棚の一番上の真ん中にその本はある。


棚はぼくの背と同じくらいの所までしか物は入っていないのに、その本だけが一番上にあった。



―――――――――――――――――――



お父さんはしばしばその本を読みにぼくの部屋にやってくる。




お父さんは「がくしゃ」らしい。ぼくには「がくしゃ」が何なのか分からない。


「がくしゃって、すごい?」


「ああ!勿論すごいぞ!お父さんはノーベル賞も貰ったこともあるんだ。」


お父さんは嬉しそうにそう言った。

どうやら、「ノーベルしょう」とは貰うと嬉しくなるものらしいが、ぼくは「ノーベルしょう」も知らない。


「消防車とどっちがすごい?」


「えっ、消防車?そ、そりゃあ学者の方がすごいぞ!」


「じゃあね、じゃあねっ、信号レンジャーよりすごい!?」


「あ、ああ!もちろんだ。」


「ほんとに!?ブルーより!?」


「ブルーなど相手にならんかったなあ」


「ええっ!・・・じゃあレッドは!?レッドも相手にならない!?」


「うっ、・・・そ、そうだあ。レッドはリーダーだから少し手強かったかなあ。」



なんということ。

「がくしゃ」とはそれほどまでにすごいらしい。

これはぜひ幼稚園のけんちゃんに教えてあげなければ!




――――――――――――――――――――





お父さんがあまりにも熱心にその本を読むので、ぼくは気になり、聞いてみた。



「お父さん。」


「ん?何だ?」


「その本、面白いの?」


「ああ、とても面白い。」


「ふーん。何が書いてるの?」


「それは教えられないなあ。お前が自分で読んで確かめるといい。」


「じゃあそれ貸してよ」


「お父さんが読み終わったら元の場所に戻しておくから、自分で取って読みなさい。」


「無理だよ。僕じゃ棚まで届かないから取れないもん。意地悪しないで見せてよ!」


「違うだろう?」


「えっ・・・?」


「”取れない“んじゃなくて、お前は”取ろうとしてない”んだ。

お父さんは自分でこの本を取ったから今読めてるんだ。

お前も、この本が読みたければ自分で取って読みなさい。」



なんて意地悪なんだろう!

お母さんはいつも人に意地悪しちゃダメよ、優しくしなさい。と言っているのに、

とんでもないお父さんである。



「・・・いいもん。そんなに読みたいわけじゃないし、ぼく他に絵本たくさんもってるから、そっち読むもん。」



ぼくはその日、晩ごはんのときもお父さんと口をきいてあげなかった。

お風呂もお母さんと入った。

お父さんは泣きそうになっていた。



次の日ぼくは、おうちにある一番高いイスを使って本を取ろうとした。

届かなかった。

他の棚の中身を抜いて、一番上まで登ろうとした。

・・・落ちてお尻を打った。


敵は手ごわい、ならばこちらも、と思いお母さんを召喚した。



「お母さーん。」


「なあに?」


「あのね、ぼくの部屋の本を取ってほしいの。」


「本なら本棚にあるでしょう?」


「違うの!棚の一番上にあるやつ!」


「ああ、あれね。ごめんね。お母さん、お父さんに取っちゃだめって言われちゃったの。」



・・・・さすが「がくしゃ」である。

ぼくの行動パターンはすでに読まれていたのであった。

もういい・・・、忘れてやる。




そう思ったのに、お父さんはいつもぼくが本の存在を忘れそうになった頃、部屋に本を読みにくるのだった。



いったい何が書いているのだろう。

とても面白い絵かな、もしかしたら宝の地図がのってるのかな。


一度お父さんが読んでるときに後ろから覗き込もうとしたけれど、気づかれて失敗してしまった。

ぼくからは本の表紙しか見えない。

ぼくの持っている絵本の表紙は、つるつるしていて、絵と文字がのっているのに、

その本はぼくの絵本とは全く違った。


本は赤くて、外側は紙じゃ無い物で出来ている。絵も文字も無いけど金色の模様があった。



「お父さん。」


「んー?どうした。」


「その本、ぼくの絵本と違うね。」


「おっ、分かるか?何せベルベットで出来たオーダーメイドだからな!」



お父さんは顔をきらきらさせながそう言った。

だが、ぼくには一言も理解出来なかったのである。




「お母さん。」


「なあに?」


「おーだーめいどって、なに?」


「特別に作った、世界でひとつだけのものよ。」



シャカシャカと、ぼくのおやつのホットケーキを作りながらお母さんは答えた。

今日はハチミツじゃなくて、メープルシロップにしよう。


「じゃあべるべっとって、なに?」



お母さんのシャカシャカが止んだ。



「・・・・・・、布よ!」



どうやらあの本は、布で出来た、世界にたったひとつの特別な本らしい。




そんなことを知ってしまったら、ますます中身が気になって仕方ない。

外側が特別なのだ、中身も特別に違いない。


焼きあがったばかりのホットケーキを食べながら、ぼくは次の作戦を考える。

おうちにある踏み台は全部試してみたし、手にも棒をもって取ろうとしたけどまだまだ全然届かない。

うーん。どうしたものか・・・。


ぱくり、と一口大に切ったホットケーキを口に入れる。


うん、やっぱりメープルシロップにして正解だった。

ふわふわの生地にじゅわぁっと染み込むバター。それにとろーりと絡ませたメープルシロップ。

そして絶妙なタイミングでお母さんが出してくれたホットミルクを一口飲めば、そこはまさにパラダイスだ。

テレビを見ながらの、この至福の一時のなんと素晴らしいことか!



――――その時である。



『お庭の木のお手入れも、これさえあれば楽々簡単!』

『わぁ!これだけ高さがあれば、今まで届かなかった上の方もすぐ届いちゃいますね!』

『そうなんです!更に、今お買い上げ頂いた方限定でなんとこちらの「そういえば、サンタさんにお願いするもの、決まった?」


「・・・・・これだ。」


「えっ?」


「これっ!ぼく、ぼくこれが欲しい!これサンタさんにお願いする!!」


「コレって・・・。本当にいいの?」


「うんっ!ぼく決めた!サンタさんに手紙書く!」




そして迎えた25日の朝。


ついに、ついにこの日が来たのであるっ!

ベットから飛び起きたぼくの一番最初に目に飛び込んできたもの。


ぼくの部屋で一際存在感を放ち、かわいらしいリボンを結ばれた”脚立”がどーんと鎮座していた。



さあ、やっとご対面である。

ぼくは焦る気持ちを抑えつけ、脚立の段を一段一段踏みしめるように、ゆっくりと頂上へ登っていった。


・・・ぼくは、頂上に着いた。

深呼吸をし、正面を見つめる。

そして・・・ぼくは棚へ手を伸ばし、絶望した。



とっ 、 届 か な い 、 だ  と ?




泣いた。

泣き喚いた。

泣きすぎて熱が出た。

脚立は倉庫の番人となった。


その日から、我が家でその本の話はタブーとなった。




そう、話にも上がらなくて、お父さんもここ何年かは本を読みに来ることがなかったから、

ぼくはすっかり忘れてしまっていたのだった。



―――――――――――――――――――――――





「おい、どうした?脚立なんか見つめて。早くかくれないとオニ来ちゃうぞ?」



急に脚立の前から動かなくなった僕を見て、けんちゃんが訝しむ。



「けんちゃん。」


「何だよ、早くしろって。」


「僕、大きくなったかな。」


「はあ?それいつと比べて言ってんだよ。大体、この前の健康診断の時に自慢げに身長教えに来たのおまえだろ?」


「そっか・・・。そうだよね。」


「どうしたんだよ、急に。」

「あー!2人とも見っけ!」


「げっ、せっかく良い隠れ場所見つけたのに!おまえがぼーっとしてるからだぞ!」


「あはは、ごめんごめん。あと、ごめんついでに僕ちょっと抜けるね!」


「えっ、ちょっ、待てよ!次おまえがオニなんだぞー!」





後ろからけんちゃんの怒る声が聞こえたような気もするが、

僕は一刻も早く部屋に戻りたかったので、聞こえないフリをした。





どうしてずっと同じ部屋にいたのに忘れていられたのか、今となっては不思議で仕方無い。

でも多分、本は待っていてくれたのだろう。

僕が大きくなる今まで。



昔は棚の4段目までしかなかった身長も、今では軽く超えている。


あ、脚立を持ってくるのを忘れてしまった。


それでもよかった、態々取りに戻る時間すら惜しかった。



僕は昔そうしたのと同じように棚の中身を全て出し、手と足をかけて登っていった。

2回程背中を床に打ち付け、3回目にようやく本に手が届いた。



見るだけしか出来なかった本が今手の中にあった。

想像していたよりずっとなめらかな手触りに深い光沢がある。

深い赤に煌びやかな金の模様は記憶と相違ない。


何年間も放置していた割に埃を被っていない。

誰かがこまめに手入れをしていた証拠だった。



そして僕はゆっくりと表紙を捲くった。





・・・・・・白紙である。




馬鹿な、そんな筈はない。

だって父さんはあんなに熱心にこの本を読んでいたのだ!



躍起になってパラパラとページを捲くり続ける。




そして・・・。

最後のページになってやっと僅か2行の文が書き記されていた。












知りたいという欲求、そしてその欲求に対する行動力をいつまでも持ち続けてほしい。

そうすれば、おまえは何でも手に入る、どこまででも進んで行ける。












――――――――――――――――――――――――――――





いつだったか、父さんが言っていたことがある。


「いいか、学者はな、消防車より、信号レンジャーよりすごいんだが1つだけ弱点があるんだ。」


「そんなにすごいのに弱点があるの?」


「すごいものにはどれにも弱点があるものなんだよ。完璧なものなんてないんだ。

お父さんたち学者が一番恐いのはな、・・・知りたいと思わなくなることなんだ。」


「どういうこと?」


「つまりな、今あるものに満足してしまう。先を望まなくなる。

そういう状態になるとお父さんたちは何にも出来なくなってしまうんだ。

お父さんは自分がそうなってしまうかもしれないことが、恐くて恐くてたまらないんだ。」


「ふーん。がくしゃも大変だね。」


「まあな!だからこそ遣り甲斐があるし自分の欲求も満たせる。・・・おまえもいつか分かるさ。」







―――――――――――――――――――――――――――



父さんが僕の部屋でこの本を読んでいたのは、僕の関心を引くためと同時にこの言葉を自分に言い聞かせていたんだろう。


もしかしたら、父さんは僕にも自分の後を継いで学者になって欲しかったのかもしれない。


そんな父さんだが、今でもちゃんと学者でいれている。


確か今は、研究のためアマゾンにいるそうだ。




僕もすっかり大人になって、脚立を強請った頃より、この本を手にした時よりずっと大きくなった。


そんな僕はというと・・・。





この本を手にした時の感動が忘れらず、今じゃ立派なロッククライマーになりました!


達成感って大事だよね!







おわり。



[信号レンジャー]


海より深く空より広い心で悪を包み込み、仲間に引き込んじゃうチームのブレーン、ブルー!

近づく奴は皆警戒、でも結局懐に入れちゃうツンデレ戦士、イエロー!

どんな悪でも許しはしない、通りたければ俺を倒してからにしろ!燃えるリーダー、レッド!


日曜 朝 7時30分より絶賛放送中!(笑)


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