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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

失敗は成功の基

作者: 赤川ココ
掲載日:2026/11/04

手慰み、第数弾でございます。

お楽しみいただければ、幸いであります。

 契約更新時以外の日に訪れた男は、血相を変えて商会副会長に縋りついた。

「ど、どうしましょうっっ?」

「いや、どうしようと言われても、何をどうしましょうなんだ?」

 元騎士の巨大な体を上手に避け、副会長は冷静に問う。

 問いかけながらも、相手の経歴を頭に素早く並べるのは、職業病になりつつあった。

 彼は元騎士で、数年前までは介護士として勤務していた、商会の中堅の従業員の一人だ。

 元々、騎士としてはまあ便利だが、周囲には悪影響が出そうな病というか、癖というかを発症し、商会に引き取られたうちの一人で、今は乱暴な子供相手の家庭教師業も請け負っている男だ。

 基本的に一年で雇用契約しており、雇用主と従業員両方の合意の下で、次の一年の契約を更新するのだが、この男は今契約している貴族の子息で五件目で、これまで雇用主からも本人からも問題を提起されたことはなかった。

 まあ、今まで問題がなかったのか、不思議だったんだがと、副会長は冷静に考えながら、男が話し出すのを待つ。

 縋りつこうとした小柄な体に避けられ、一瞬動きを止めた従業員は、そのあと相手が何の反応も見せないのを知ると、再び盛大に悲痛な声を上げた。

「ご主人様っっ。失敗してしまいましたっ。私は、教え子を怪物にしてしまいましたっっ」

「ほう」

「ど、どうか、私に手ひどい罰を、お与えくださいっっ」

「……」

 危うく、舌打ちをしそうになった。

 いや、本来ならばそうしてもいいのだが、こいつら相手では、逆効果だ。

 手を上げるのも、冷ややかに見下ろすのも、ご褒美にしかならない従業員が、商会には数人存在しており、こいつはその一人なのだ。

「罰を与えるかどうかは……」

 それでも、声にこもる剣は、抑えきれなかった。

「報告の後だ」

「はいっ」

 それを喜色の籠る返事で気づき、副会長はまだまだ自分も、修行が足りないと心の中で反省した。


 元々介護士だった男が、教師の教育を経て貴族の子息を受け持つようになったのは、五年前からだ。

 一家族につき、一日三時間。

 人づてに指名が増え、今では五人の教え子がいる。

 問題の教え子は、一番初めに受け持った子だ。

「……この春に無事成人します」

 元々問題児だったその子は長男だったが、早い段階で爵位継承権を剝奪されていた。

教師の男の教育のかいあって、平民であっても裕福になれる職に就けるほど、知識も得ている。

 加虐の気質もなくなったので、騎士の道を進んでも差し支えないだろうと、男は生徒に将来のことを尋ねてみた。

「王城内勤や騎士が希望ならば、そろそろ試験の準備を始めなければならないですから」

 どの職の試験でも対処可能な教師に、生徒は即答した。

「あなたが勤めている商会に、就職したいですっ」

 商売に興味があるのかと、意外に思った教師に、少年は続けた。

 大きくなった体をくねらせて、もじもじとしながら。

「あ、あの、できればその、叩いたり、殴ったりできる仕事がしたいんです」

「っ?」

 もじもじとした仕草に似合わない、加虐な希望だった。

 失敗したっ?

 ああ、帰って報告したら、優しく褒められてしまうっっ。

 顔面蒼白になる教師に慌て、生徒は首を振った。

「先生、違いますっ。人を殴りたいんじゃないんですっ。できれば、私の手がいかれそうになるほど、硬い何かを殴ったり、叩いたりしたいんですうっっ」

「? ?」

「ですから、先生っ。あなたと同じような仕事が、したいんですうっっ」

 化け物が爆誕していたと、その手助けを自分がしてしまっていたと、知った瞬間だった。


「……思えば、教師として担当し始めた頃から、あの子は色んなものに当たり散らす子供でした」

 告白を聞いた時のことを思い出したのか、従業員の男は青ざめながら言う。

 その前では、副会長が頭を抱え込んでいた。

 怒りのためなのか、恐れおののいてのことなのか、珍しく体を震わせている小柄な男に気づかぬまま、元介護士は続けた。

「初めのころは、様々な家具や、時には人を殴り、満足げに笑う乱暴な子供だったんです」

 周囲は加虐の気質を疑い、相談された教師もそうだと思った。

 だからこそ、殴る方が痛いんだぞと、そう感じさせる教育を施しつつ、勉強を受け持っていたのだ。

「……その、初めの見立てから、間違っていたんです。どうしましょう、ご主人様あっっ」

 混乱がよみがえったのか、悲痛な声と表情で前に座る男に訴えると、副会長は静かに顔を上げたところだった。

 縋りつきかねない勢いの男を目でけん制しつつ、やんわりと笑う。

「失敗は、誰にでもある。それに、時期的には好都合だ」

「……へ?」

 半分以上の期待が滲んだ顔が、きょとんと緩んだ。

 そんな元介護士に、商会副会長はそっと数枚の紙束を差し出した。

「全従業員に、書簡として送る予定の書類だが、お前には手渡しでいいだろう。そこから選んでもらえ」

 目の前に滑ってきた紙束を覗く男に、小柄な男は優しく続けた。

「各職種への、人材紹介依頼、だ」

 こればかりは、各職の担当者だけではままならない。

 今までは、様々な仕事を手違勅させることに力を注いでいたが、ようやく人材育成の方に頭が回り始めたのだそうだ。

「え。遅くないですか? 我々が雇われてから、ずいぶん経ちますよ?」

「……ああ。本当は、身内だけでやりくりし続ける気だった、らしいんだが。会長に、家族が増えたからな……さらに、増える恐れも、出てきたし」

「そ、そうなんですか……」

 一つの国の、ある問題を抱えた騎士たちだけを受け入れた前回と違い、全世界で展開する求人活動だった。

 今やこの商会は、あらゆる分野の職に手を伸ばしているから、どの雇用にも対応できる。

「まあ、風俗にはまだ伸ばしていないが、必要ならば立ち上げるし。だが、成人したての若いのに推薦するなら、まずはまっとうな仕事だろう?」

「は、はあ」

「判断ミスはいただけないが、周囲すら気づかなかったのなら、仕方がないだろう。次から、気をつけろ」

「わ、分かりました……失礼します」

 優しく言う男に、元騎士の男は半ば落胆しつつ頭を下げ、書類の束を抱えて事務所を後にした。

 放置してくれるご主人様も、すてきだ。

 半ば落胆しつつも、ちょっと、別な高揚を胸に隠しながら。


 ポーズだけ落胆しながら背を向けた元介護士の、隠しきれない高揚を背中に見つけ、副会長は苦い気持ちになった。

 年を追うごとに、変態度合いが増している。

 しかも、全く予想もしない方向性で自虐癖を身に着けた生徒まで、発掘してくる始末だ。

 まあ、危なかった。

 前の会議で、人材確保の案が通っていなかったら、あいつの話で限界を迎えていた。

 ……先程の従業員で、五人目だった。

 同じような自虐癖を、発掘してしてしまった元騎士は。

 しかも、自分が及びもしない方向性から、自虐に結び付ける若いのが、あと四人。

 それだけならば、会議にかけるほどではなかったかもしれないが、他の世界でも、頑丈な教師陣や介護士陣が、ここまで露骨ではないが、その傾向がある生徒や患者の話を報告していた。

 どんな癖持ちでも、彼らにとっては生徒であり患者だ、見殺しにしたくない。

 そんな思いで将来を心配し、今回決議した。

 春に向けて指導書を作り、各担当者に割り振られた人員の育成を頼むことになるが……。

 そろそろ、夜の仕事の経営も、視野に入れるべきなんだろうかね。

 それで一気に解決しそうな問題なんだが、どうだろうか?




自虐にも、色んな方向でのものがある、のかなあと考えて、書いてみました。

ちなみに、投稿者はケガしても、痛むことが煩わしいと感じるタイプです。

絆創膏が動きを妨げるのも、流血が物を汚すのも腹立たしいため、うきーとなります。

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