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最恐魔人、勇者(♀)のペットになる  作者: 神凪 浩
第一章 復活と呪い
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第四話 不本意な二人旅の始まり

 あれから、数日が経過した。

 リディアの自室は、彼女にとっての牢獄と化していた。

 窓には、父が取り付けさせた古めかしいが頑丈な鉄格子がはめられ、扉は外から厳重に施錠されている。

 リディアはベッドの上で膝を抱え、鉄格子の入った窓の外を眺めながら、深いため息をついた。

「……はぁ……。いつまで、こんなことが続くのでしょうか……」

 彼女の冒険は、たった一日で終わりを告げ、無期限の軟禁生活へと変わってしまった。

 父バルドルは激怒しており、食事を運んでくるとき以外、娘と顔を合わせようともしなかった。

 もちろん、自分がとんでもないことをしでかしたという自覚はあった。

 一族最大の禁忌を破り、伝説の災厄をこの世に解き放ってしまったのだ。

 それでも、こうして閉じ込められているだけ、というのは……。

 正義感(と、かなりの天然さ)に満たた彼女の若い精神は、この閉塞感に耐えられそうになかった。

そして、何よりも……。

(おい、小娘。さっきから、ため息ばかりついてんじゃねえよ。うっとうしい。俺様の瞑想(呪いの解析)の邪魔だ)


 脳内に、傲慢な声が直接響き渡る。

 リディアは、部屋の隅、ベッドの下に視線を移した。

 そこには、犬用のベッドを頑として拒否し、渋々受け取ったクッションの上で、小さな黒い毛玉――全ての元凶たる魔人アビス――が、心底退屈そうな顔で寝そべっていた。

「だ、だって、アビスさんのせい…いえ、アビスさんを解放してしまった私のせいですけど……。これから、どうすればいいんですか……」

(フン。決まってんだろ。こんな場所、さっさと脱出するんだよ)

「だ、脱出って…! どうやって!? 窓には鉄格子がはまってますし、扉には鍵が…」

 リディアの声が、尻ごみになる。

 アビス(犬)は、フン、と小さなため息をついた。

(だから、この数日間、俺様が解析してやったんだろうが。この脳筋勇者が)

「えっ?」

(この忌々しい呪いの仕組みと、そして、何より…この呪いを解く方法が、分かったぜ)「ほ、本当ですか!?」

 リディアは、ベッドから身を乗り出し、キラキラと目を輝せる。

 自分が引き起こした、この絶望的な状況。それを解決する方法が、ある。

 アビスの脳内の声が、芝居がかった、いかにも胡散臭い説得の色を帯びる。

 詐欺師が、獲物を釣り上げる瞬間の声だった。

(フハハハ! 当たり前だ。この程度の呪い、俺様の膨大な知識の前では無意味! よく聞け、小娘。この呪い…この犬の体はな、今、この大陸を支配している、俺様の元・四天王どもと繋がってやがる)

「四天王…ですか?」

(そうだ! あの勇者め、俺様を封印した時、ご丁寧に『保険』をかけやがった。俺様の封印を維持するための『鍵』を四つ作り、それを、当時俺様の配下だった四天王どもに、それぞれ守らせやがったんだ)

「……!」

 リディアは息を呑んだ。あまりに突拍子もない話だったが、(彼女の天然な頭脳には)妙な説得力があった。

(つまり…だ。その四天王どもをブチのめし、奴らが持つ四つの『鍵』を全て集めれば、俺様の封印は『完成』し、俺様は力を完全に失い、無害な、元の封印状態に戻る、というわけだ!)

 真っ赤な、とんでもない嘘だった。

 アビスの目的は、もちろん、その真逆。

 「鍵」の存在自体が、この軟禁状態から脱出するためにリディアを言いくるめるための、真っ赤な嘘だ。

 彼の力は(魔人形態では)既に全盛期に戻っている。

 彼が今優先すべきは「力の回復」ではなく、この忌々しい「ハウス!」の呪いを解く方法を探すこと。

 そして、そのついでに、自分の留守中に好き勝手やっていた四天王どもを粛清することだ。

 だが、そんな本音を、この正義感まみれの小娘が受け入れるはずがない。

 だからこそ、彼は、彼女が最も食いつきやすい嘘を用意した。

「四天王を倒して『鍵』を集める」=「魔人の封印を『完成』させる」=「勇者の末裔としての使命を果たす」

(わ、私が…アビスさんを、もう一度、封印できる…?)

(そういうことだ! フン、分かったか。だから、お前のあの親父は、間違ってるんだよ! この俺様を、鍵(お前)と一緒に、この部屋に閉じ込めておくなんざ、最悪の愚策だ! 子供に、最終兵器のスイッチを持たせたまま、放置してるようなもんだぜ?)

 リディアの正義感と、そして(子供扱いされたことへの)プライドが、強く刺激された。

「で、でも…! それは、父様の命令に背いて、四天王を倒す旅に出る、ということですか…?」

(そういうこった。…どうする、小娘? このまま、部屋で泣きながら、俺様の封印が何かの拍子で不完全に解けるのを待つか? それとも、お前自身がやらかした大失態のケツを拭くために、勇者の末裔として、お前の手で、俺様の封印を『完成』させる義務を果たすか?)

 悪魔の、二択だった。

 リディアは、俯き、その手を固く握りしめた。

 厳格な父の命令に背き、家出をすることへの、ためらい。

 しかし……。

 このまま、世界が(アビスの言う通り)危機に陥るかもしれないのに、それを指をくわえて見ていることへの、罪悪感。

 そして……。

(ぼ、冒険……!)

 彼女が、勇者の血と共に受け継いでしまった、生来の、猪突猛進な好奇心。

 それが、彼女の背中を強く押した。

 彼女は、顔を上げた。

 その若草色の瞳から、迷いは消えていた。

「勇者(の卵)」が、決断を下した目だった。

「……やります! 行きます! 私は、私がしでかしたことに責任を取ります! …そして、必ず、アビスさんを私の手でもう一度…!」

(…フン。食いついたな)

 アビス(犬)は、内心の嘲笑を隠すように、小さくあくびをした。

(フハハハ! 言ったな、小娘! それでこそだ! さあ、こんな埃っぽい牢獄からは、とっととオサラバするぜ! 俺様たちの、偉大なる旅…世界破壊(という名の平和のための)計画の、始まりだ!)


 ◇


 その夜。

リディアは、一番丈夫な(そして、一番地味な)旅支度の服に着替え、窓辺に立っていた。

 眼下には、数階分の高さがある、暗い中庭が広がっている。

 彼女は、冒険小説の定番に倣い、ベッドのシーツを何枚も結びつけて、即席のロープを作っていた。

(本気か? お前、本気で、そんなモンで降りるつもりか?)

 アビスの、心底呆れた声が、脳内に響く。

 彼は今、リディアの背負う頑丈な革のリュックサックの中に、すっぽりと収まって いた。

「こ、これしか、方法がないじゃありませんか!」

(頭を使えよ、脳筋が。お前が持ってる、その忌々しい剣…呪いの鍵だろ? 何か、力があるはずだ! 『道を開け』とか、適当に、命令してみろ!)

「あ! そうですね!」

 リディアは、素直に、あの禍々しい黒い剣(とんでもなく重い)を抜き放ち、鉄格子に向けた。

「お、お願いします、呪いの鍵…いえ、伝説の聖剣さま! 所有者リディアの名において命じます! どうか、私たちに、道を!」

 剣は、シーンと、沈黙したままだった。

「……ダメみたいです」

(チッ! 使えねえガラクタが! …仕方ねえな!)

「でも、大丈夫です! 父様が慌てて取り付けさせたみたいですけど、この鉄格子、なんだか古くてグラグラしてますから!」

 リディアは、そう言うと、鉄格子に手をかけ、ぐっ、と渾身の力を込めた。

 ミシミシミシッ!

 常人離れした(勇者の末裔としての)腕力が、古い石造りの窓枠を破壊し、鉄格子が、大きな音を立てて外れた。

(…は? こいつ、腕力だけで鉄格子を…? 本当に脳筋かよ…)

 アビスが呆れるのをよそに、リディアは誇らしげに胸を張った。

「やりました! これで出られます!」

(音! 音を立てすぎだろ、バカ!)

 アビスの内心のツッコミも虚しく、リディアは、意を決し、シーツのロープを鉄格子の(残骸の)部分に結びつけると、慎重に、壁を降り始めた。

(お、おい! 揺らすな、馬鹿! 落ちるだろ!)

「だ、黙っててください!」

 シーツは、リディアとアビス(と重い剣)の重さに、ギシギシと悲鳴を上げた。

 何度か滑りそうになりながらも、彼女の(勇者の末裔としての)常人離れした身体能力が、なんとかそれを支え、無事に中庭の芝生に着地した。

「はぁ…はぁ…。やりました、アビスさん!」

(喜ぶのは、まだ早えよ、小娘! 見張りが来たぞ!)

 アビスの警告通り、角から、重い鎧の足音と、話し声が近づいてくる。

「あわわ! どうしましょう!?」

(バカ! そこの、やたらデカい趣味の悪い壺に隠れろ!)

 リディアは、言われるがまま、中庭の装飾用の壺(人間が二人ほど入れそうだった)に飛び込んだ。

 見張りの兵士たちは、「聞いたか? お嬢様、軟禁されたらしいぞ」「ああ、あの禁忌の遺跡に入っちまったとか…」などと無駄口を叩きながら、通り過ぎていく。

 リディアは、握りしめていた息をそっと吐き出した。

 彼女は、慎重に、壺から顔を出し、周囲の安全を確認すると、そこから這い出した。

(フン。ザルみてえな警備だな。俺様の城の、百分の一だぜ)

「い、急ぎましょう…!」

 彼女は、中庭を駆け抜け、影から影へと飛び移る。

 だが、屋敷の一番外側の壁にたどり着いた時、別の問題が発生した。

 彼女は、まだ、あの剣を持っていた。

(おい、小娘。その邪魔くせえモンどうすんだ? さすがに目立ちすぎる。どっかに捨てちまえ)

「わ、分かってます! でも…!」

 リディアは、実演してみせた。

 彼女は、その重い黒い剣を、ありったけの力で、高い外壁の向こう側へと放り投げた。

 剣は、夜空に弧を描き……。

 ブーメランのように、急カーブして戻ってきた。

 そして、シュンッ!という音と共に、リディアの足元の地面に深々と突き刺さった。

「…………は?」

 アビスは、絶句した。

「ほ、ほら! 言った通りです! 私から離れないんですよ! さすが、伝説の聖剣です!」

 リディアは、なぜか、目をキラキラさせながら、誇らしげに言った。

(聖剣じゃねえ…! ストーカーだ、これ…!)

 アビス(犬)はため息をつく。

(つまり…この小娘は、この、クソ重たくて目立ちまくる呪いの元凶を、この旅の間ずっと持ち運ばなきゃならねえのか…!?)

 アビスは、復活して以来、初めて、本気で、深い絶望を感じた。

(俺様の世界破壊計画…早くも、詰んでねえか…?)

 リディアは、彼の絶望には全く気づかないまま、その禍々しい剣をリュック(犬入り)の隣にガチャリと背負い直した。

「さあ、アビスさん! 行きましょう! 世界を救うために!」

(…いや、破壊するためだ…!)

 勘違いだらけの勇者(の卵)と、前途多難すぎる魔人(犬)。

 世界一噛み合わない二人の、不本意な旅が、今始まった。

 最初の目的地は、炎の軍団長、イグニスの領地だ。

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