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最恐魔人、勇者(♀)のペットになる  作者: 神凪 浩
第四章 策略家のモルフェと大地のバザルト
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第二十一話 一対二の絶体絶命

(…フン。…ついに着いちまったか…)

 アビスは、リディアの背中のリュックサックの中で、顔を上げた。

 目の前には、この大地の迷宮の最深部、モルフェとバザルトが待ち受けるであろう玉座の間へと続く、巨大な石の扉がそびえ立っている。

 長かった道中。

 あまりにも長すぎた。

(…チッ。…この、脳筋勇者(クソアマ)め…!)

 アビスは、忌々しげにリディアのうなじを睨みつけた。

 彼の計画は、道中の罠でリディアを適度に「ピンチ」に陥らせ、魔人形態へと戻ることだった。

 だが、その計画は、リディア本人の常識外れな「幸運」と「脳筋パワー」、そして「食欲」によって、悉く完璧に粉砕されてきた。

(…おかげで、俺様は、この屈辱的な犬コロの姿のまま、ラスボスの目前まで来てしまったじゃねえか!)

 もはや、猶予はない。

 この扉の向こうには、あの陰湿なモルフェと、脳筋のバザルトが、二人揃って待ち構えている。

 犬の姿のままでは、リディアのナビゲートはできても、戦闘にはならない。

(…くそっ…。…こうなったら、もうアレしかねえ…!)

 アビスの、卑劣な思考が、最後の手段へとシフトする。

 リディアの幸運が強すぎて、道中の罠でピンチにならないというのなら、本物の四天王二人の殺意のど真ん中に、この脳筋(リディア)を放り込むしかない。

(…フン。…そうだ。それしかねえ。この小娘の正義感を利用して、敵の懐に真っ正面から乗り込ませる!)

 アビスの脳裏に、完璧な(そして彼にとっては最低の)計画が浮かび上がった。

 リディアは、勇者の隠れ里でアビスがついた真っ赤な嘘――「四天王を倒して『鍵』を集めれば、アビスの封印が『完成』する」――を、今も、心の底から信じ込んでいる。

 ならば、その勘違い(という名の正義感)を利用する。

(…フハハハ! そうだ! この小娘、どうせ『アビスさんを完全に封印するため、私が鍵を集めます!』とか喚き散らして、あのバカ二人相手に真正面から突撃するに決まってる!)

 一対二。

 相手は、四天王の中でも最も厄介なコンビ。

 いくら、この小娘の幸運が異常だろうと、聖剣のオートガードが優秀だろうと、あの二人の完璧な連携攻撃を前にすれば、ひとたまりもあるまい。

(…そうだ! それでいい! それでこそ、この小娘は「生命の危機」になる! …フハハハ! 待ってやがれ、モルフェ! バザルト! テメエらの目の前で、この俺様が、完全復活を遂げてやるぜ!)

 アビスの、新たなる卑劣な計画(リディアを生贄に捧げる計画)が、今、完璧に完成した。


「…アビスさん…。…この扉の、向こうですね…?」

 リディアが、ゴクリと、唾を飲んだ。

 彼女の若草色の瞳には、これまでにない緊張の色が浮かんでいる。

(…ああ。…そうだ)

 アビスは、あえて冷徹に思考を飛ばす。

(…いいか、小娘。この先にいるのが残る二人の四天王。…あいつらを倒せば、お前のその忌々しい『勇者の使命』とやらも終わりだ。…俺様を完全に封印できる。…そうだろ?)

「…はい!」

 リディアの、若草色の瞳に、決意の光が宿った。

 そうだ。

 この長かった旅も、これで終わりなのだ。

 父の言いつけを破り、家を飛び出してしまった罪悪感。

 イグニスの領地での、あの後味の悪さ。

 リュミエールの領地で、自分が引き起こしてしまった、あの混沌(カオス)

 その全てが、この最後の戦いで報われる。

 自分がこの手でアビスを完全に封印し、世界に平和を取り戻すのだ。

(…フン。…乗ったな、この脳筋が)

 アビスは、その、あまりに単純な正義感に、内心、嘲笑を浮かべた。

(…いいか、小娘。あの二人は、イグニスやリュミエールとはワケが違う。…二人で、組んでやがる。…俺様が、完璧にナビゲートする。だから、テメエは、俺様の言う通りに、一寸の狂いもなく動け。…いいな?)

「は、はいっ!」

 リディアは、コクリと頷いた。

 そして、リュックの中にいるアビス(犬)を守るようにぎゅっと抱きしめると、リュックを背負い直した。

(…アビスさん、私が、必ず、あなたを、封印してみせますから…!)

(…フン。…せいぜい、俺様を復活させるために、派手に、死にかけてみせやがれ!)

 アビスの、その邪悪な本音は、リディアの脳筋な正義感には届かなかった。

 リディアは、深呼吸を一つすると、その巨大な石の扉に両手をかけた。

「…行きます!」

 彼女は、勇者の末裔としての、そのありったけの怪力を込めて、その扉をゆっくりと押し開いた。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!


 重々しい、石が擦れる音。

 開かれた扉の向こう側。

 そこは、この大地の迷宮の最深部、玉座の間だった。

 天井からは、巨大な鍾乳石がシャンデリアのように垂れ下がり、壁は、磨かれた黒曜石で覆われている。

 その広すぎるほどの空間の中央。

 そこには、玉座が二つ、並んで置かれていた。

 一つは、ねじくれた流木のような悪趣味なデザインの、禍々しい玉座。

 もう一つは、巨大な岩盤をそのまま削り出したかのような、無骨な玉座。

 そして、その玉座には、アビスがよく知る二つの影が鎮座していた。


「…お待ちしておりましたよ」


 流木の玉座から、ねっとりとした蛇のような声が響いた。

 病的なまでに白い肌。

 片目を隠した、黒檀のような黒髪。

 策略家、モルフェ。

 彼が、その薄い唇に、三日月のような笑みを浮かべていた。

「…まさか、私のあの完璧な迷宮を、こうも早く突破してくるとは。…さすがは、我らが主、アビス様ですね」

 モルフェの、その蛇のような瞳が、リディアの背中のリュック――その隙間から顔を覗かせている小さな黒い犬――を正確に捉えていた。

「なっ!?」

 リディアが、息をのんだ。

(…チッ! やはり、気づいてやがったか、この陰湿野郎が!)

 アビスは、忌々しげに思考を飛ばす。

 モルフェの隣、岩盤の玉座から、地響きのような声が響いた。

「…フン。…本当に、犬コロになり下がっていたとはな。…見るに堪えんわ、アビス」

 その声の主は、玉座に座ってはいたが、人型ではなかった。

 玉座と一体化した、巨大な岩の塊。

 その岩盤の表面に、無骨な嘲りの顔が浮かび上がっている。

 大地の、バザルト。

 彼が、その岩の瞳で、アビス(犬)を、心底軽蔑したように見下ろしていた。


「ア、アビスさん!? この人たち、アビスさんのことを…! 犬だって知って…!?」

 リディアが、パニックに陥る。

(うるせえ! 聞こえてる! …フン、好都合じゃねえか!)

 アビスは、あえて、傲慢に思考を飛ばした。

(…そうだ! この俺様こそがアビスだ! テメエら、元・部下の裏切り者どもを直々に粛清しに来てやったぜ!)

 アビスは、リュックの中から、精一杯の威嚇を込めて吠えた。

「キャンキャン! ワンワン!」

「…フフフ。…なんと、勇ましいお声だ」

 モルフェが、口元に手を当てて、上品に(?)笑う。

「…ですが、アビス様。…あなた様は勘違いをなさっておられる。…我々は、裏切り者などではありませんよ?」

(…ほう? …今さら何を言い出す気だ、この陰湿野郎が…)

 モルフェは、玉座からゆっくりと立ち上がった。

「…我々は、ただ、あなた様のお戻りをお待ちしていただけ。…そして、この数百年で我々がどれほど『成長』したかを、あなた様にお見せしたかった。…ただそれだけですよ?」

(…フン! 成長、だと…?)

 バザルトの岩の玉座が、ゴゴゴ、と音を立てて動き出す。

「…そうだ、アビス。もはや我々は、お前の言いなりになるただの駒ではない。我々は、お前を超えた!」

(…ほざきやがって、この脳筋が!)

 アビスが、怒りに毛を逆立てた、その時。


「…アビスさん! …分かりました!」

 リディアの脳筋な思考が、この絶望的な状況を、彼女なりの「正義」で解釈した。

「…この人たちは、アビスさんの元・部下なんですね! …そして、アビスさんがいない間に、悪いことをしてしまった! …だから、アビスさんがお説教をしに来たと思っているんですね!」

(…………はあ?)

 アビスは、その、あまりに斜め上すぎる解釈に絶句した。

(…お、お説教、だと…!?)

「…はい! ですが、アビスさんは、今、そのお姿です。だから、私が、アビスさんの代わりにお説教してあげます!」

(…はあああああああ?)

 アビスが、絶句する暇もなく。

 リディアは、一歩、前に出た。

「アビスさんは、私が、守ります!」

 彼女は、聖剣(呪いの鍵)を抜き放つと、二人の四天王に向かって、真正面からそれを突きつけた。

「…お二人とも! …あなたたちが、アビスさんの、元・部下だということは分かりました! …ですが、アビスさんがいない間に、人々を苦しめるなんて、間違っています!」

「「…………」」

 モルフェと、バザルトの、動きが止まった。

 彼らは、目の前のこの勇者の末裔(チビ)が何を言っているのか、理解できなかった。

「…私が、アビスさんに代わって言います! …あなたたちの、その間違った行い! この聖剣(呪いの鍵)で私が正します!」

(…よし。…理由はちょっとアレだが、予定通りだ!)

 アビスが、リディアにバレないように、ほくそ笑む。

 一方、リディアの脳筋な正義感は、すでに暴走していた。

「…アビスさんは、黙って見ていてください! 私が二人を懲らしめてあげますから!」

 アビスの計画(リディアがアビスを守るために突撃する)は、ある意味、完璧に達成された。

 だが、その理由が、あまりにも間抜けすぎた。


「…バザルト」

 モルフェが、その薄い笑みを消した。

「…どうやら、あの小娘。…アビス様の新しい『お気に入り』のようですね。…我々の論理が通じる相手ではなさそうだ」

「…フン。…ならば、潰すまでだ」

 バザルトの岩の玉座が、完全に立ち上がり、それは、身の丈十メートルはあろうかという、巨大な岩のゴーレムへと変貌した。

「…モルフェ。予定通り、あの犬コロ(アビス)は、お前にくれてやる。…俺様は、あの生意気な小娘を潰す」

「…フン。…いいでしょう。…では、アビス様。まずはあなた様から『教育』し直して差し上げますよ」

 モルフェの姿が、ふっ、と掻き消えた。

(…チッ! 消えた! 幻術か!)

 アビスが、周囲の魔力の流れを探る。

 だが、それよりも早く。

「…まずはお前からだ、小娘!」

 バザルトの巨大な岩の拳が、リディアめがけて振り下ろされた。

「きゃあっ!」

(…小娘! 避けろ! 右だ!)

 アビスが絶叫する。

 リディアは、聖剣(呪いの鍵)を構えたまま、その拳を、必死に右へと跳んでかわした。


 ドゴオオオオオオオン!!!


 凄まじい轟音。 玉座の間の黒曜石の床が、粉々に砕け散る。

(…くそっ! …イグニスの比じゃねえぞ、このパワーは…!)

 アビスが戦慄する。

(…おい、小娘! だから言っただろ! ああいうデカブツは後回しだ! 先に、モルフェを探せ!)

「で、でも! この、大きな人が私を…!」

 リディアが、体勢を立て直そうとした、その時。

 彼女の足元の床が、突如として、粘土のように歪んだ。

「え!?」

 彼女の足が、床に、吸い込まれるように固定されていく。

(…チッ! バザルトの拘束か!)

「…フン。ネズミが。そこから、動くな」

 バザルトが、その岩の拳を、再び振り上げる。

「あ…! 足が抜けません!」

(…くそっ! …聖剣で床を斬れ!)

 リディアが、慌てて、聖剣で足元の岩を叩き斬ろうとした、その時。

「…無駄ですよ」

 冷たい声。

 彼女の背後に、いつの間にかモルフェが立っていた。

「えっ!? い、いつの間に…!」

(…しまった! 幻術か!)

 アビスは、気づいた。

 モルフェは、最初から、リディアではなく自分アビスを狙っていたのだ。

 モルフェの、その病的に白い指先が、アビス(犬)の小さな首筋に触れた。

「…まずは、あなた様の、その、うるさい『ナビゲート』から黙らせていただきましょうか。…『思考監獄(マインド・プリズン)』」

 モルフェの指先から、冷たい魔力が、アビスの脳へと流れ込んでくる。

(…ぐ…! …あ…!?)

 アビスの意識が、急速に遠のいていく。

(…こ、の、陰湿野郎が…! …俺様の思考を、読み、そして、封じ込める気か…!)

 アビスの、リディアへの思考伝達が、プツリと途絶えた。

(え…? アビスさん…? …アビスさん!?)

 リディアが、脳内で必死に呼びかける。

 だが、アビスからの返事はない。

 リュックの中のアビス(犬)は、まるで意識を失ったかのように、ぐったりと動かなくなっていた。

(…そ、そんな…! アビスさん!)

 リディアの顔が、絶望に染まった。

 唯一のナビゲーターを失ったのだ。

「…フフフ。…これで、耳障りな雑音は消えました」

 モルフェが、満足げに笑う。

「…さあ、バザルト。心置きなく、その小娘を潰したまえ」

「…フン。言われるまでもない」

 バザルトが、その、巨大な岩の拳を、三度、振り上げた。

 リディアの足は、拘束され動けない。

 アビスの、ナビゲートもない。

 リディアは、絶体絶命だった。

「…い、いや…!」

 リディアは、ヤケクソで、聖剣(呪いの鍵)を振り上げた。

(…聖剣さん! お願いします! 動いて…!)


 ―――キィィィン!


 聖剣の自動防御(オートガード)が発動した。

 黒いドーム状の結界が、リディアの全身を覆う。


 ドゴオオオオオオオオオオオン!!!!


 バザルトの渾身の拳が、その黒い結界に叩きつけられた。

 凄まじい衝撃波が、玉座の間に響き渡る。

「…きゃあああああああっ!」

 リディアは、結界の内側で、その、あまりの衝撃に、意識が飛びそうになる。

 結界が、ミシミシと音を立てている。

(…だ、ダメです…。…防ぎ、きれない…!)

 バザルトのパワーが、聖剣の自動防御(オートガード)の許容量を超えようとしていた。

「…フン! …その、忌々しい勇者の力も、ここまでだ!」

 バザルトが、さらに力を込める。

 結界にヒビが入った。

(…だ、ダメ…! …このままじゃ、潰され…!)

 リディアが、絶望に目を瞑った、その時。


 ―――ゴゴゴゴゴゴゴ…!


 突如、リディアが立っていた、その足元。

 バザルトが、拳を叩きつけていた、その床全体が、崩落を始めた。

「え!?」

「…なにっ!?」

 バザルトの岩の顔が、驚愕に歪む。

「…モルフェ! …貴様、何を…!」

「…私ではありませんよ、バザルト」

 モルフェが、その、蛇のような目を細めた。

「…どうやら、あなた。…あなた自身の力で、この玉座の間の床を支えていた地盤ごと、破壊してしまったようですね」

「…な…!?」

 そう。

 バザルトの、その、あまりの脳筋パワーが、モルフェが仕掛けていた幻術の罠(リディアをこの一点に誘い込むための、脆い床)を、破壊してしまったのだ。

「きゃあああああああっ!」

 リディアは、聖剣の結界に守られたまま、その、崩落した床の瓦礫と共に、奈落の底へと落ちていった。

「…チッ! …あの小娘…!」

 バザルトが、忌々しげに舌打ちをする。

 モルフェは、その、ありえない結末を、ただ静かに見下ろしていた。

「…フン。…自滅、ですか。つまらない幕切れでしたね」

 彼らは、知る由もなかった。

 その崩落こそが、アビスが心の底から望んでいた「リディアの生命の危機」の始まりであることを。


 ◇


 暗闇。

 凄まじい落下感。

 そして、全身を襲う衝撃。

「…う…! …ぐ…!」

 リディアは、全身の痛みで目を覚ました。

 聖剣の、自動防御(バリア)が、最後の最後で作動し、彼女を、瓦礫の直撃からは守ってくれたようだった。

 だが、ここはどこだ?

 真っ暗で何も見えない。

 そして、何よりも。

(…はあ…! はあ…! …く、空気が…!)

 リディアは、息苦しさに気づいた。

 彼女は、大量の瓦礫と土砂の中に、生き埋めになっていた。

 聖剣のバリアが、彼女の周囲にわずかな空間を確保してくれてはいる。

 だが、その、わずかな空間の酸素が、急速に失われていこうとしていた。

「…だ…だれか…! …た、助けて…!」

 彼女は、必死に、聖剣で周囲の岩盤を叩いた。

 だが、バザルトが作り出したこの大地の迷宮の、土砂に埋まった岩は、彼女の力でも、びくともしない。

(…アビスさん…! …アビスさん!)

 彼女は、リュックの中に、意識を集中させた。

 だが、アビス(犬)は、モルフェの呪術によって意識を封じられたまま、ぐったりとしている。

(…あ…。 …ああ…)

 絶望。

 酸素が、薄くなっていく。

 思考が、朦朧としていく。

(…このままじゃ…私…、死んじゃう…!)

 圧死は、避けられた。

 だが、今度は、酸欠だ。

 これこそが、本当の「生命の危機」。

(…ア…アビス…さん…。…ごめん…なさ…)

 リディアの、若草色の瞳から光が消えかけた。

 彼女の手が、だらりと落ちた。

 彼女の生命活動が停止しようとした、まさに、その瞬間。


 彼女のリュックサックの中で。

 意識を封じられていたはずの、アビス(犬)の黒い瞳が、カッと見開かれた。

(…ククク…!)

 モルフェの『思考監獄(マインド・プリズン)』が、内側から破られていく。

 否。

 破られるのではなく、侵食されていた。

 今、あの忌々しい勇者の呪いが、自らその鎖を解き放ったのだ。

 リディアの、「生命の危機」。

 その、絶対的なトリガーが、引かれたことによって。

(…フン。…フハハハハ!)

 アビスの脳内に、あの懐かしい全能感が戻ってくる。

 失われていた魔力が、まるで堰を切った激流のように、その小さな犬の器へと逆流してくる。

(…やっと、来たか…! …この時を、待ってたぜええええええええっ!)


 玉座の間。

 モルフェとバザルトが、その後始末をしようとしていたその時。

 彼らが立っていたその床全体が、凄まじい地響きと共に震え始めた。

「…なっ!? …なんだ!?」

 バザルトが、驚愕の声を上げる。

 リディアが落ちていった、あの崩落の穴。

 その瓦礫の奥深くから。

 ありえないほどの膨大な闇の魔力が、まるで火山の噴火のように、噴き出してきていた。

「…この魔力は…!」

 モルフェの蛇のような瞳が、初めて、本気の「驚愕」と「歓喜」に染まった。

「…フフフ…。…そうか…。…そうだったのですね。アビス様。…あなた様の本当の狙いは…!」


 ―――ドドドドドドドドオオオオオオオオオオオン!!!!


 玉座の間の床全てが、爆発四散した。

 凄まじい魔力の奔流と共に、宙に舞う瓦礫の中から、一つの人影がゆっくりとその姿を現した。

 銀色の長髪。

 血のような赤い瞳。

 その手には、意識を失ったリディアを、小脇に抱えている。

 最恐の魔人、アビス。

 彼が、ついに、その真の姿を取り戻したのだった。

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