表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最恐魔人、勇者(♀)のペットになる  作者: 神凪 浩
第四章 策略家のモルフェと大地のバザルト
20/26

第二十話 大地の迷宮

「…さあ、バザルト。…ここからは、お前の出番だ。…あの小娘が、お前の自慢の「大地の迷宮」で、どれだけ泣き喚くか…。…見せてもらいましょうか」

 モルフェは、書斎の隣の空間に控える、巨大な岩の顔に向かって、冷たく告げた。

「…フン。…承知した。陰湿な幻術遊びは、終わりだ。ここからは、純粋な『力』であのネズミどもを潰す」

 バザルトの、重々しい声が、響いた。

 モルフェは、チェス盤の次の駒を、静かに進めた。


 ◇


「はあ…はあ…。な、なんとか、なりましたね…!」

 リディアは、目の前に現れた隠し扉の奥、下へと続く長い石の階段を、恐る恐る降りていた。

 アビス(犬)は、リディアのリュックサックの中で、先ほどの「ありえない幸運の一致」から、まだ立ち直れていなかった。

(…くそっ…。…なんなんだ、この小娘は…。…俺様の完璧な計算とナビゲートが、こいつの、天然の脳筋ムーブと、意味不明な幸運のせいで、台無しだ…!)

 アビスはイライラしていた。

 彼の計画(プラン)は、罠をギリギリで回避させ、リディアを適度に「ピンチ」に陥らせ、魔人復帰のトリガーを引くことだった。

 だが、リディアは、ピンチになるどころか、アビスの論理(想定)を遥かに超えた「非論理(幸運)」によって、罠そのものを無力化してしまったのだ。

(…これじゃあ、俺様が、魔人に戻れねえじゃねえか!)

 アビスの、最大のジレンマ。

 リディアが死ぬと、永遠に犬。

 リディアがピンチにならないと、魔人に戻れない。

 その絶妙なバランスが、リディア本人の常識外れな幸運によって、崩壊しつつあった。

(ここからは、あの脳筋(バザルト)のナワバリだ。幻術みてえな小細工はねえ。その代わり、全てが物理で潰しに来るぞ。今度こそ気を引き締めろ、小娘!)

「は、はいっ!」

 リディアは、アビスの、その、いつも以上に焦ったような思考に首を傾げながらも、力強く頷いた。


 長い階段を、下りきった、その先。

 二人が辿り着いた場所は、モルフェの、あのねじくれた森とは、全く異質な空間だった。

 そこは、天井が見えないほど巨大な地下の大空洞。

 森のような不快な湿気はなく、ただ、ひんやりとした乾いた岩の匂いが満ちていた。

 無数の巨大な石筍(せきじゅん)鍾乳石(しょうにゅうせき)が、天と地から牙のように突き出し、複雑な迷路を形成している。

(…フン。「大地の迷宮」か。…相変わらず、趣味の悪いナワバリだぜ)

 アビスは、その無骨な景色を見渡した。

「わあ…。綺麗、です…。なんだか、お城みたい…」

 リディアは、その、まるで自然が作り出した巨大な聖堂のような荘厳な光景に、思わず見惚れていた。

(…綺麗、だと? テメエの脳ミソは、どこまでお花畑なんだ…)

 アビスが、呆れ返った、その瞬間だった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!


 凄まじい地響き。

 二人が、今、立っている広間の入り口と出口が、突如として、巨大な岩盤によって塞がれてしまった。

「ひゃあっ!? ま、また、閉じ込められました!」

 リディアが悲鳴を上げる。

(…チッ! 挨拶代わりかよ、あの脳筋が!)

 アビスの思考と同時。

 今度は、左右の岩盤の壁が、凄まじい轟音と共に、二人を圧殺すべく迫ってきた。

「(ま、また、これですかー!?」

 リディアは、吊り橋の上での、あの圧殺トラップの悪夢が蘇り、顔面蒼白になった。

(…落ち着け、小娘! あの時とは違う!)

 アビスの冷静な思考が響く。

(…これは、モルフェの陰湿な罠じゃねえ! …バザルトの、単純な脳筋(物理)トラップだ! …つまり、必ず動力源がある!)

「ど、動力源、ですか!? どこに…!」

(…あの壁の模様だ!)

 アビスが、鋭い動体視力で、迫り来る岩盤の表面をスキャンする。

 左右の壁。

 その全く同じ位置。

 そこに、他とは色の違う、魔力を帯びた鉱石が埋め込まれているのを、彼は見逃さなかった。

(…あの二つの鉱石! …あれが、この壁を動かしてる魔力の(コア)だ! …その忌々しいストーカー剣をぶん投げろ!)

「は、はいっ!」

 リディアは、もう慣れたものだった。

 彼女は、背中から聖剣(呪いの鍵)を引き抜くと、迫り来る左の壁の(コア)に向かって、それを投げつけた。

「やあああっ!」


 ガキイイイイン!


 聖剣が、(コア)を正確に粉砕する。

 左の壁の動きが止まった。

(…よし! …だが、もう片方はどうする!? 剣が戻ってくるまで待ってたら、間に合わねえぞ!)

 アビスが叫ぶ。

 右の壁は止まっていない。

 このままでは、リディアは、左の壁と右の壁に挟まれて圧殺される。

「も、もう、ヤケです!」

 リディアは、あろうことか、その迫り来る右の壁に向かって、真正面から突進した。

(…はあ!? この、脳筋が、何を…!?)

「せいやあああああっ!」

 彼女は、自らの拳を、残された右の壁の魔力の(コア)に叩き込んだ。

 彼女の、勇者の血がもたらす、異常な身体能力。

 その小さな拳が、魔力の核にめり込む。


 ―――バキイイイイイン!


 凄まじい轟音と共に、魔力の(コア)が、リディアの純粋な怪力(パンチ)によって粉砕された。

 右の壁の動きが止まった。

「…はあ…はあ…。…な、なんとか、なりました…」

 リディアは、拳から血を流しながら(すぐに勇者の血で治癒し始めているが)、荒い息をついた。

(…………)

 アビスは、リュックの中で絶句していた。

(…こいつ…。…今…。物理(パンチ)で、バザルトの魔術核をブチ壊しやがったのか…? …本当に、人間かよ、テメエは…)

 アビスの元・部下であるバザルトの大地の魔力は、絶対的な硬度を誇る。

 それを、ただの人間の拳が破るなど、ありえない。

(…いや、待てよ…。さっき、こいつ、あの聖剣を投げたな…? …あのクソ剣を握った時…。こいつの手に、俺様の混沌の魔力の残滓が、一瞬付着したのか…?)

 アビスは、必死に、この非論理的な現象を説明しようと試みた。

 だが、真実はもっと単純だった。

 リディアが、ただ、脳筋で怪力で身体が丈夫なだけだった。

 それだけだ。

(…くそっ…。また、ピンチに、ならねえ…。俺様の、魔人化が、遠のく…!)

 アビスの焦りが募る。


 二人が、停止した圧殺トラップの先へ進むと、そこは、石筍(せきじゅん)が林立する迷路になっていた。

(…チッ。…ここからは本格的な迷宮か。…おい、小娘。ここは、モルフェの幻術みてえなセコい法則性(アルゴリズム)はねえ。全てが物理だ。俺様の言う通りに進め)

 アビスの、魔人としての魔力感知能力が、この複雑な迷宮の構造を立体的に把握(スキャン)していく。

(…右だ。…いや、待て。…左の壁の魔力が薄い。…こっちの壁は、叩けば壊せるな。…近道だ)

「え? 壊すんですか?」

(いいから、やれ! そのクソ剣で叩き斬れ!)


 ガキイイイイン!


 リディアは、言われるがままに、聖剣(呪いの鍵)で、アビスが指示した壁を破壊し、ショートカットを繰り返していく。

 モルフェの陰湿な知能トラップとは真逆。

 バザルトの単純な物理迷宮は、アビス(の知識)とリディア(の脳筋パワー)のコンビの前には、もはや障害ですらなかった。


 だが、迷宮の中盤に差し掛かった、その時。


 ゴゴゴゴゴゴ…!


 二人の行く手を塞ぐように、周囲の岩盤や石筍が集まり、一つの巨大な人型を形成し始めた。

 身の丈は五メートルを超える、巨大な岩のゴーレム。

 それが、十体。

 迷宮の通路を、完全に塞いでいた。

「ひゃあっ!? ゴ、ゴーレムです! しかも、たくさん!」

 リディアが、聖剣を構える。

(…チッ。…バザルトの眷属か。…あの脳筋、迷路がダメなら、今度は物量で押してきやがったか!)

 アビスのプランが、またしても崩壊しつつあった。

 この、ゴーレムの群れ。

 リディアは、これを突破できるだろう。

 だが、それでは、彼女が「ピンチ」になる隙がない。

(…くそっ! …こうなったら、ヤケだ!)

 アビスは、あえて間違った指示を出すことにした。

(…おい、小娘! あの、一番デカいゴーレムの頭を狙え! あそこが弱点だ!)

「え? あ、頭ですか? あんな高いところに…!」

(いいから、やれ! 飛びかかれ!)

「わ、分かりました!」

 リディアは、アビスの、その無茶苦茶な指示を信じ、一番手前のゴーレムの岩の腕を駆け上がり、その巨大な頭部めがけて、聖剣を振りかぶった。

 だが、その頭部は、このゴーレムの中で最も硬い、最強の防御箇所だった。


 ガキイイイイイイイン!!!


 凄まじい、金属音。

 聖剣(呪いの鍵)は、その、あまりの硬さに、弾き返された。

「きゃあっ!?」

 リディアは、バランスを崩し、ゴーレムの肩から真っ逆さまに落ちていく。

(…よし! …いいぞ、小娘! そのまま地面に叩きつけられろ! 骨の、二、三本、折れやがれ! そうすりゃ、俺様が…!)

 アビスが魔人化の準備に入った、その時。

 リディアの幸運が、またしても発動した。

 彼女が落ちた、その先。

 そこには、運悪く(?)、別のゴーレムが歩いていた。

 リディアは、そのゴーレムの頭部に運良く(?)着地すると、そのままバランスを取り、近くの石筍へと飛び移った。

「…ふう…。…あ、危なかったです…!」

(…………は?)

 アビスの思考がフリーズした。

(…なんでだ…。…なんで、こいつは、ピンチにならねえんだ…!?)

「アビスさん! 頭は、ダメみたいです! 硬すぎます!」

(…ああ、そうだな…。…チッ! …だったら股下だ! 股下をくぐり抜けやがれ!)

 アビスは、もうヤケクソだった。

「ま、股下、ですか!?」

(いいから、やれ!)

「わ、分かりました!」

 リディアは、石筍から飛び降りると、一番近くにいたゴーレムの股下を、スライディングでくぐり抜けようと試みた。

 だが、彼女の勇者の血統は、ここでも無駄な幸運を発揮する。

 彼女がスライディングした、その瞬間。

 運悪く(?)、そのゴーレムが一歩前に足を踏み出したのだ。

「あっ!?」

 リディアの身体が、ゴーレムの岩の足にぶつかり、その場で止まってしまった。

「きゃあ! う、動けません! 服が、引っかかって…!」

(…よし! 来た! 今度こそ来たぞ、脳筋が!)

 アビスは歓喜に打ち震えた。

 ゴーレムが、リディアの、その無防備な背中に気づき、その巨大な岩の拳を振り上げた。

(…そうだ! そのまま、潰されかけろ! 生命の危機(ピンチ)だ! 俺様の魔人化のトリガーになれえええ!)

 リディアが、絶体絶命のピンチに陥った、その時。


 ―――ゴゴゴゴゴゴ…!


 突如、そのゴーレムの足元の地面が、崩落した。

 いや、違う。

 リディアが服を引っ掛けていた、岩の突起。

 それが、運悪く(?)、このゴーレムを支えていた迷宮の床の「(くさび)」の役割を果たしていたのだ。

「…え?」

 リディアが振り向くと、自分を攻撃しようとしていたゴーレムが、その足元の巨大な落とし穴(バザルトのトラップ)に落ちていくところだった。


 ゴオオオオオオオ!


 ゴーレムは、奈落の底へと消えていった。

「…はあ。…た、助かった…?」

 リディアは、無傷でその場に取り残された。

(……………)

 アビスは、リュックの中で、もはや言葉も出なかった。

 怒りも、焦りも、通り越して、ただ純粋なドン引き。

(…なんなんだ、こいつの幸運は…。俺様の魔人化計画の最大の障害は、モルフェでも、バザルトでもねえ。…こいつ本人だ…!)

 アビスは、ついに、この「呪い(クソゲー)」の本当の攻略法に気づき始めていた。

 リディアの幸運が強すぎる。

 並大抵の罠では、彼女は決して「生命の危機」にはならない。

(…くそっ! …こうなったら、もうアレしかねえか…!)

 アビスの卑劣な思考が、ついに、最後の手段へとシフトしていく。


 その時だった。

 一体のゴーレムが落ちたことで迷宮のバランスが崩れたのか、天井から絶え間なく巨大な岩が落ちてくる長い通路が、二人の目の前に現れた。

(…チッ。…最後の関門かよ)

 アビスが、毒づく。

「アビスさん! 落石地帯です!」

(…フン。見えるぜ、小娘。この先が、このクソみてえな迷宮の出口だ。…だが、あの落石の雨の中を、どうやって突破する…?)

 アビスが、リディアがどう泣き言を言うか待っていると、リディアは、なぜか目をキラキラと輝かせていた。

「…アビスさん! あそこ、見てください!」

(…あ? …何を、見ろってんだ…?)

 リディアが指差す、その落石地帯の天井。

 そこに、バザルトの魔力とは明らかに異質な、モルフェの幻術の残滓が揺らめいていた。

(…あれは…! …リ、リンゴ飴!?)

 そうだ。

 そこには、森の入り口で見た、あのリンゴ飴の幻影が、なぜかこの落石地帯の天井に無数に浮かんでいたのだ。

(…モルフェ(あの陰湿野郎)! …こんな土壇場で、何の嫌がらせだ!?)

 アビスは、モルフェの、理解不能な悪趣味に戦慄した。

 だが、リディアは違った。

 彼女の脳筋な思考は、そのありえない光景を、こう解釈した。

「…アビスさん! 分かりました! あれは、きっと、『ご褒美』です! …あそこまで辿り着いたら、あのリンゴ飴が食べられるんですよ!」

(…………はあ!?)

 アビスは、もはや、ツッコむ気もしなかった。

「よし! 行きますよ、アビスさん! あの、リンゴ飴、目指して!」

(お、おい、待て、小娘! あれは罠だ! いや、罠ですらねえ! ただの幻だ!)

 アビスの制止も聞かず、リディアは、聖剣(呪いの鍵)を頭上に高く掲げた。

「やあああああああっ!」

 彼女は、落石が降り注ぐ死の通路へと、リンゴ飴(幻)だけを目指して突進していった。


 ガイン! ガイン! ガギン!


 凄まじい、轟音。

 聖剣(呪いの鍵)の「自動防御(オートガード)」が、彼女の頭上に降り注ぐ全ての落石を、凄まじい勢いで弾き返していく。

(…ああ、そうかよ…。もう、いいよ…。好きに、しろよ…)

 アビスは、リュックの中で、全てを諦めた。

 リディアは、アビスのナビゲートも、自らの幸運も、何もかも必要とせず、ただひたすらに、リンゴ飴(幻)への食欲と、聖剣のオートガード性能だけを頼りに、その死の落石地帯を無傷で突破してしまったのだ。


「…はあ…はあ…! …つ、着きました! …あれ? リンゴ飴、消えちゃいました…」

 通路を抜けきった瞬間、あのリンゴ飴の幻影は全て消え失せていた。

(…当たり前だろ、バカが…)

 アビスは、もはや、怒る気力もなかった。

(…チッ。…ついに、着いちまったか…)

 アビスは、疲れたように顔を上げた。

 二人が、今、立っている、その場所。

 そこは、この大地の迷宮の最深部。

 モルフェとバザルトが待ち受けるであろう、玉座の間の、巨大な扉の前だった。


 一方、その頃。

 モルフェの、書斎。

 水晶玉で、その一部始終を見ていたモルフェは、そのありえない結末に、もはや笑うことさえ忘れていた。

「…バザルト…。見たか、今のを…」

「…ああ…。見た…。俺のゴーレムが、あんな間抜けな倒され方を…。俺の落石トラップが、ただの食欲で突破されるとは…」

 バザルトの岩の声も、心なしか自信を失っている。

 モルフェは、ゆっくりと立ち上がった。

「…理解した。あの、小娘。あれは、我々の「論理」も「物理」も通用する相手ではない。…あれは、この世界の(ことわり)の外にいる「非論理(バグ)」そのものだ」

 そして彼は、水晶玉に映る、あのリュックの中の小さな黒い犬を睨みつけた。

「…そして、あの犬。あれこそが、全ての元凶。…あの小娘を、導き、利用し、我々の罠を見破り、破壊した、全ての黒幕。…フフフ。ようやく会えますね。アビス様」

 モルフェは、ついに、全てを確信した。

「…バザルト。もう小細工は不要だ。これより、最終作戦行動に移行する」

「…フン。望むところだ」

 モルフェは、チェス盤の駒を、全てなぎ払った。

「…本当の地獄は、ここからですよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ