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最恐魔人、勇者(♀)のペットになる  作者: 神凪 浩
第三章 氷の貴公子リュミエール
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第十五話 意外な結末

「…だから、テメエは二流なんだ」


 アビスは、自らの「概念魔法(絶対マイナス百万度アブソリュート・マイナス・ミリオン)」によって完璧な氷の立像と化した元・部下の姿を、冷ややかに見下ろしていた。

 指一本でイグニスを弾き飛ばし、このインテリ野郎の論理をプライドごと叩き潰す。

 魔人として復活した、この全能感。

 やはり、力こそが全てだ。

 彼が、自らの圧倒的な勝利の余韻に浸っていた、その時。


「…ん…うう……」


 弱々しい、うめき声。

 アビスは、ゆっくりと、声のした方を振り返った。

 そこには、彼が破壊した氷の牢獄の残骸の中で凍える、リディアの姿があった。

 彼女は、氷の牢獄が爆発四散した際に、気絶していたのだ。

「…はっ…! …はぁ…はぁ…!」

 リディアのまつ毛が震え、ゆっくりと、その若草色の瞳が開かれた。

 彼女の身体は、まだ、絶対零度の余波で凍えている。

 水路に落ちてずぶ濡れになった服が、バリバリに凍りつき、まるで氷の鎧のようだった。

 だが、そんなことよりも、彼女は目の前の光景に息をのんだ。

「…アビスさん…!」

 魔人形態のアビスが立っている。

 そして、その目の前には、あの恐ろしかった氷の貴公子リュミエールが、なぜか恐怖の表情のまま、完璧に「凍結している」姿があった。


(…チッ。…起きやがったか、この、クソ面倒くせえ、時限爆弾が)

 アビスは、内心で、忌々しげに舌打ちをした。

 彼は、イグニス戦で自らが直面した「最悪のジレンマ」を忘れてはいなかった。

 ―――リディアの機嫌を損ねると、「ハウス!」で犬に変えられる。

(…フン。…イグニス(あの脳筋)の時は、調子に乗りすぎて、あの小娘にドン引きされたからな。…おかげで、勝利の余韻ゼロで、犬に逆戻りだ)

 イグニス戦の、失敗。

 あの屈辱を、二度と繰り返すわけにはいかない。

 アビスは、決めていた。

 今回は、「卑怯な」騙し討ちはしない。

 ただ、ひたすらに、圧倒的な力で、真正面から、元・部下のその完璧な論理をプライドごと粉砕した。

 そして、何より。

 彼は、リュミエールをまだ殺してはいない。

 ただ凍らせただけだ。

(…これなら、あのリディア(脳筋勇者)も、文句はあるめえ)

 全てはアビスの計算通り。

 彼は、この瞬間のために、あえてこのインテリ野郎を、殺さずに、凍らせただけで無力化したのだ。

 全ては、この脳筋勇者(リディア)の機嫌を損ねないため。


「…はっ…! アビスさん! また、ひどいことを…!」

 リディアは、上半身を起こし、戦闘の決着を悟ると、いつものように非難の声を上げようとした。

 だが、彼女は、目の前の光景に言葉を失った。

 リュミエールは、イグニスの時のように、消え去ってはいない。

 血も流れていない。

 ただ、美しい氷像のように凍っている。

「…え…?」

 リディアは混乱した。

「…凍って…ますけど…。…今回は、殺しては、いない…のですか…?」

 その、あまりに間の抜けた声に、アビスは、待ってました、とばかりに振り返った。

 その表情は、完璧だった。

 傲慢な魔人のそれではなく、まるで「仕方なく、やってやった」とでも言いたげな、面倒くさそうな表情。

「フン。…当たり前だろ」

 アビスは、リディアに思考が漏れないよう細心の注意を払いながら、さも当然というように答えた。

「…あのバカ(イグニス)の時、お前がうるさかったからな。『卑怯だ』の『残虐だ』の、喚き散らしやがって)」

「う…! そ、それは事実じゃありませんか!」

「…チッ。…だから今回は、無力化してやっただけだ。…俺様のやり方じゃねえがな。…これなら文句ねえだろ?」

 アビスは、あえて、恩着せがましく、そう告げた。

(本当は凍った時点で死んでるけどな)

 アビスの内心の呟きは、リディアには聞こえない。

 リディアは、アビスのその言葉に目を丸くした。

「…アビスさん…!」

 彼女の若草色の瞳が、キラキラと輝き始めた。

(…え? …今、私の、ためにって…?)

 彼女の脳内で、都合のいい解釈が始まる。

「…アビスさん、私が、『卑怯なことは、ダメです』って、言ったから…。…本当は、殺したかったはずなのに…。…私のために我慢して、凍らせるだけで、済ませてくれたんですか…!?」

(…フハハハ! チョロい! チョロすぎるぜ、この脳筋勇者(バカ)め!)

 アビスは、内心で、高らかに勝利の雄叫びを上げた。

 リディアは、アビスが敵を物理的に殺さなかったというその一点だけで、彼が自分のために「改心」してくれたのだと、盛大に勘違いしていた。

 彼が、実際には、リュミエールの精神をそのプライドごと粉々にへし折ったことなど、知る由もなかった。

「…アビスさん…! あ、ありがとうございます…!」

 リディアの、その、尊敬の眼差し。

 それこそが、アビスが望んだ完璧な結果だった。

(…フン。…まあ、こんな、もんだろ)

 アビスは、リディアのその盛大な勘違いに、満足げに頷くと、踵を返した。


「…さて、と」

 彼は、この部屋に来た本来の目的を、忘れてはいなかった。

 あの、忌々しい、魔導コアだ。

(…フン。…こいつのせいで、面倒なことになったからな)

 アビスは、自分が立てたあの卑劣な計画(領民の発狂)のことなど、すっかり忘れていた。

 いや、もはや、どうでもよくなっていた。

 魔人化した今、地獄絵図(カオス)が起きようが、起きまいが、些細なことだ。

(…だが、こいつは気に食わねえ。…腹いせにブッ壊してやるぜ)

 彼は、ただ「ムカついたから」という理由だけで、その脈動する魔導コアに近づくと、力任せにその足を振り上げた。

「アビスさん!? 何を…!?」

 リディアの制止の声も聞かず。

「…ふんっ!」

 ドゴッ!

 アビスの蹴りが、魔導コアにクリーンヒットした。

 だが、その瞬間。

 アビスの予想しなかった事態が、起こった。


 魔導コアは、アビスの蹴りの威力に耐えきれず、その台座から弾き飛ばされ、放物線を描いて飛んでいったのだ。

 そして、その飛んでいった先。

 そこには、完璧な氷の立像となって立ち尽くしている、リュミエールの姿があった。


 ―――ガツーン!


 魔導コアが、リュミエールの氷像に、ピンポイントで直撃した。

 そして、次の瞬間。


 ―――パリイイイイイイイイイイイイイイン!!!!


 リュミエールの氷像と、魔導コアが、ともにあっけなく粉々に砕け散った。

 もちろん、その中身ごと。

 リュミエールの死亡が、誰の目にも確定した瞬間だった。


「「…………あ…………」」


 アビスとリディアの間の抜けた声が、静かな玉座の間に響き渡った。

 アビスは、冷や汗を流した。

(…やべえ…。…事故だ。…これは、不可抗力だ…!)

 リディアは、目を見開いた。

 さっきまで、「無力化しただけ」と言っていたアビス。

 そのアビスが、今、目の前で、とどめを刺した(ように見えた)。

「…アビスさん…?」

 リディアの、声が、震えている。

「…お、おい、小娘(リディア)! 待て! 今のは事故だ! わざとじゃねえ! あのコアが、偶然、リュミエールの所に飛んで…!」

 アビスの、必死の言い訳。

 だが、それは、リディアの耳には届いていなかった。

 彼女の脳裏をよぎったのは、ただ一つの、「裏切られた」という事実。

 さっき、「改心してくれた」と感動した、あの気持ちは何だったのか。

 やはり、この魔人は、根っからの悪党で、嘘つきなのだ。


「…うわああああああああん! やっぱり、嘘つきです! 今回は、殺さないって、言ったのにいいいいいい!―――ハウス!!!!」


「なっ…!?」

 アビスは、その言葉を聞いた瞬間、絶望に打ちひしがれた。

(…しまった! こいつ、こんなところで、やりやがった…!)

 だが、もう遅い。

 リディアの手に握られた聖剣(呪いの鍵)が、その呪文に呼応し、眩い光を放った。


「…ああああああああ! なんでだああああああああっ!?」


 アビスの、絶叫。

 彼の完璧な魔人の肉体は、再び、あの忌々しい光に包まれ、急速に縮んでいく。

 そして、数秒後。

 そこには、一匹の、黒いポメラニアン似の子犬が、呆然と立ち尽くしていた。

 目の前には、粉々に砕け散ったリュミエールと、魔導コアの残骸。

 そして、背後には、自分を犬にした張本人(リディア)

 アビスは、犬の姿のまま、ゆっくりと振り返った。

 リディアは、その場で、「うわああああああん!」と、子供のように泣きじゃくっていた。

「…………」

 アビスの脳裏に、数秒前の全能感が蘇る。

 そして、今の、この無力な姿。


「キャイイイイイイイイイイン!(…くそがああああああああああっ!)」


 最恐魔人(犬)の絶叫が、元・部下の墓標となった玉座の間に、虚しく響き渡った。

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