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最恐魔人、勇者(♀)のペットになる  作者: 神凪 浩
第三章 氷の貴公子リュミエール
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第十二話 氷の街の逃走劇

(そっちじゃねえ! この脳筋勇者(バカ)がァ! 奴らの装甲は関節部分が薄いんだよ! そこを狙え!)

「は、はいっ!」

 キィン!

 リディアが、アビスの(脳内に響く)怒声に、半ばヤケクソで聖剣(呪いの鍵)を振るう。

 禍々しい黒い刀身が、氷の衛兵の一体の肘の関節部分を正確に捉え、その腕を断ち切った。

 衛兵は、バランスを崩し、その場に倒れ込む。

 だが、すぐに、残りの一体が、寸分の狂いもない動きで、リディアの死角から、氷の槍を突き出してきた。

(避けろ! 後ろだ!)

「きゃあっ!」

 リディアは、アビスの指示通り、ブリッジでもするかのような無様な体勢で後ろにのけぞり、その槍を紙一重でかわした。

 彼女が、今、戦っているのは、イグニス領のような、個人の感情で動く魔族ではない。

 リュミエールによってプログラムされた、氷の戦闘機械。

 彼らの動きには、一切の無駄も躊躇も恐怖もなかった。

 ただ、目の前の「バグ(リディア)」を排除するためだけに最適化された動きを繰り返している。

 見れば、先ほど腕を断ち切ったはずの衛兵も、すでに体勢を立て直し、残った左手で槍を構え直している。

 そして、彼らの騒ぎを聞きつけた別の巡回班らしき衛兵たちが、通りの向こうから、規則正しい足音を立ててこちらへ向かってきていた。

 その数は、すでに十体を超えている。

(アビスさん! キリが、ありません! 一体倒しても、すぐに新しい衛兵が応援に…!)

 リディアが、ぜえぜえと息を切らしながら、脳内で叫ぶ。

(…チッ! 確かにキリがねえな!)

 アビスは、リディアの背中のリュックの中で、忌々しげに舌打ちをした。

 リディアの剣技は、勇者の末裔とは名ばかりの素人同然。

 だが、彼女には、三つのチート級のアドバンテージがあった。

 一つ。

 アビス(犬)による、完璧な戦闘ナビゲート。

 (右だ! 左だ! そこだ、斬れ! この、脳筋が!)

 二つ。

 聖剣(呪いの鍵)による自動防御(オートガード)

 リディアが避けきれない攻撃は、剣が勝手に動き、リディアの意思とは無関係に弾き返している,,

 三つ。

 リディア本人の、天然ゆえの異常な幸運と、勇者の血がもたらす無駄なタフネス。

(うわあ! 今、絶対、槍が当たると…! 石につまずいて避けられました!)

 その三つが奇跡的に噛み合った結果。彼女は今、この無機質な殺人機械の群れ相手に、なんとか五分(?)の戦いを繰り広げることができていた。

(アビスさん! その「魔導コア」というのは、どこにあるんですか!?)

 リディアが、衛兵の槍を弾き返しながら、脳内で叫ぶ。

(フン。…どうやら、この街の衛兵どもは、全て、あの丘の上の氷の城から遠隔操作されてるみてえだ。間違いねえ。大元のコアは、あの城の中だ)

 アビスは、この街に入った瞬間から、この領地全体を覆う巨大な魔術の流れを感じ取っていた。

 全ての魔力は、あの街の中央にそびえ立つ氷の城から発せられている。

(…城、ですか…!?)

 リディアが、ゴクリと唾を飲んだ。

(おい、小娘! 逃げるぞ! こいつら相手に、無駄な体力使ってる場合じゃねえ! こいつらを、まく!)

(え? ま、まく、ですか!? こ、こんなに、たくさんいるのに…!)

(俺様の指示通りに動け! まずは、あの角を左だ!)

 アビスのナビゲートは、戦闘よりも、むしろ、逃走経路の確保においてその真価を発揮した。

 彼は、この街の構造が完璧に左右対称(シンメトリー)で論理的に作られていることを、一瞬で見抜いていた。

(…あのインテリ野郎(リュミエール)らしい、趣味の悪い街並みだ。だが、それ故に、予測がしやすい)

「バグを、追跡! 排除せよ!」

 リディアが、必死の形相で石畳を駆ける。

 その後ろを、十数体の氷の衛兵が、寸分の狂いもない足並みで追跡してくる。

(…フン。予定通り、か)

 アビスは、リュックの中でほくそ笑んだ。

 リディアには「衛兵から逃げる(まく)」と説明している。

 だが、彼がやっていることは陽動だ。

 「逃げながら」、街中の衛兵の注意を引きつけ、自分たちの元へと集めているのだ。

 彼の真の目的は、「魔導コア」の破壊による領民の「感情の解放(という名の発狂)」。

 そのためには、邪魔な衛兵たちを、城からできるだけ引き離す必要があった。


(…いいぞ、小娘! もっと派手に暴れろ! テメエは「革命」のシンボル(英雄)なんだからよ!)

(だ、誰が、英雄ですか! 私は、ただ、必死なだけです!)

 リディアは、アビスのその悪意に満ちた本音(カオスを楽しんでいる)には気づかず、ただ、領民を救うためという正義感だけで、衛兵の群れを引き連れ、アビスのナビゲート通りに氷の街を駆け抜けていく。

(…よし。そろそろ、時間だ)

 アビスは、この街の完璧な秩序を維持するシステムを思い出していた。

(…あのインテリ野郎は潔癖症だ。街の区画(セクター)ごとに、決まった時間に防壁を下ろし、一斉に消毒(クリーニング)を行う、趣味の悪いシステムを導入してやがったはず)

 アビスの脳裏には、この街の完璧な地図と、衛兵たちの巡回ルート、そして、自動防壁の閉鎖時間が、完璧にマッピングされていた。

(…フン。あのインテリ野郎の几帳面さが仇になるぜ。おい、小娘! 次の十字路を右だ! そこに水路がある! 飛び込め!)

(ええ!? す、水路ですか!? こ、こんな、寒いのに…!)

(いいから、やれ! 死にたくなければな!)

(わ、分かりました!)

 リディアは、迫り来る衛兵たちの槍を聖剣で弾き返しながら、十字路を右に曲がった。

 そこには、アビスの言う通り、街を縦横に走る人工の水路があった。

「えいっ!」

 リディアは、アビス(犬)を入れたリュックを胸に抱きしめ直すと、意を決して、その凍てつく水路へと飛び込んだ。

 ザブン! という音が響く。

(…つ、冷たいいいいいっ!?)

 水は、凍ってこそいないが、氷河が溶け出したかのような冷たさだ。

(うるせえ! 我慢しろ! それより、あの水門をくぐれ! 急げ!)

 水路の先、数十メートル向こうに、この区画を分ける巨大な水門が見えた。

 リディアが、必死の思いで氷のような水をかき分け、水門へと進む。

 その直後。

「バグを追跡! 水路へ侵入!」

 規則正しい号令と共に、十数体の衛兵たちも、一切の躊躇なく水路へと飛び込んできた。

 彼らは、プログラムされた「バグの排除」という命令を遂行するためだけに動いている。

(…フン。来たな、バカどもが)

 アビスが、ほくそ笑む。

(小娘! 急げ! あと十秒だ!)

(は、はいっ!)

 リディアが、最後の力を振り絞り、水門の下をくぐり抜けた。そのまさに直後。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…!!!!


 けたたましい音と共に、リディアが今くぐり抜けた水門が、凄まじい勢いで降下した。

(…!?)

 水路に飛び込んだ衛兵たちは、目の前で閉ざされた分厚い鉄の壁を見上げ、動きを止めた。

「警告。セクター(スリー)の定期クリーニングを開始します。侵入したバグの追跡を中断。待機モードへ移行」

 衛兵たちは、水路の中で棒立ちになったまま、その機能を停止させた。

(…フハハハ! かかったな、バカどもめ!)

 アビスの高笑いがリディアの脳内に響き渡った。

 アビスの陽動(=城下町に衛兵の主力を引きつけて無力化する)は、完璧に成功したのだ。

(はあ…はあ…! び、びしょ濡れです…! さ、寒い…! 死にます…!)

 リディアが、水路のヘリに這い上がり、ガタガタと震える。

(うるせえ! これで城の防衛はガラ空きだ! 行くぞ! テメエの熱意(正義感)で体を乾かしやがれ!)

(む、無茶苦茶です…!)

 二人は、ずぶ濡れのまま、衛兵の気配が完全に消えた静寂の街を抜け、ついに氷の城の裏手にある小さな通用口へと辿り着いた。


 ◇


 城内は、アビスの予想通り、静まり返っていた。

(…フン。あのインテリ野郎、自分の城には衛兵さえも置いてねえのか。徹底した潔癖症だぜ)

 アビスが、呆れたように呟く。

 リュミエールにとって、他者の存在(熱源)そのものが「バグ」なのだろう。

(…だが、そのおかげで、こっちはやりやすい。おい、小娘。この魔力の流れを辿る。この城の中心、最上階だ。そこにコアがある)

(は、はい!)

 リディアは、アビス(犬)をリュックから出すと、彼を抱きかかえ、その小さな鼻先が示す方向へと進み始めた。

 城内は、全てが滑らかな氷で作られており、まるで巨大な水晶の内部に迷い込んだかのようだった。

 そして、ついに二人は、城の最上階、玉座の間へと辿り着いた。

 そこは、城の中で唯一、氷ではなく黒い大理石で作られた、巨大なホールだった。

 そして、その中央。

 玉座があるべき場所に鎮座していたのは、一つの巨大な氷の結晶体だった。

 それは、まるで巨大な心臓のように、青白い光を放ちながら、ゆっくりと脈動していた。

(…あれが…! 魔導コア…!)

 リディアが息をのんだ。

(ビンゴだ。この城、いや、この領地全ての魔力の源だ。こいつが、領民どもの感情を吸い上げ、抑制し、この街の秩序を維持してやがる)

 アビスの目がギラリと光った。

 彼はこの瞬間を待っていた。

 彼は、リディアに思考が漏れないよう、細心の注意を払いながら、最後の確認をする。

(…いいか、小娘。あのコアを破壊すれば、領民たちの感情は「解放」される。…だがな。あれは強力な魔術装置だ。破壊の衝撃で何が起こるか分からねえ)

(え…?)

(ひょっとしたら、この城が崩れるかもしれねえ。だが、やらなきゃ、この街は救えねえ。そうだろ?)

 アビスは、あえて、リディアに「リスク」を提示した。

 リディアがここで「怖いからやめます」などと言い出さないように。

(…はい! 覚悟はできてます! やりましょう! 皆さんを助けるためです!)

 リディアの、若草色の瞳に、まっすぐな正義の光が宿る。

(フハハハ! かかったな、脳筋勇者(バカ)め!)

 アビスは、内心、高らかに勝利の雄叫びを上げた。

 彼がリディアに説明した計画。

 それは、「魔導コアを破壊し、領民の感情を『解放』する、正義の『革命』」。

 もちろん、真っ赤な嘘だ。

(この脳筋勇者(バカ)が。本気で信じやがって。笑えるぜ)

 アビスの真の目的。

 それは、イグニス戦の毒殺計画よりも、遥かに悪質で残虐で、そして卑劣だった。

(あの魔導コアは、領民の感情()を吸い上げて、この氷の街の秩序を維持する、制御装置だ。だがな。もし、あれを俺様の魔力で無理やり逆流させたらどうなる?)

 アビスの口元が歪む。

(フハハハ! 決まってらあな!)

 長年、抑圧されてきた、領民たちの膨大な感情(マグマ)

 それが、制御を失い、一気に暴走する。

 それは、「解放」などという生易しいものではない。

 「決壊」だ。

(…あの、人形みてえな領民どもは、溜め込んだ(情熱)に耐えきれず発狂する! 喜び、泣き、喚き、怒り、狂い、お互いを殺し合う、地獄絵図(カオス)の完成だ!)

 そのカオスな感情()は、この氷の街の秩序を根底から破壊する。

 そして、その地獄絵図こそが、あの潔癖症のインテリ野郎(リュミエール)が、最も嫌い、最も恐れるもの。

(…フハハハ! 最高のショーだ! あのクソ真面目なツラが絶望に歪む瞬間が目に浮かぶぜ!)

 アビスの狙いは、領民を「解放」することではなく、意図的に「暴走・発狂」させ、暴動を起こさせたり、衛兵たちに「バグ」として一方的に虐殺させること。

 彼は、この「暴動」と「虐殺」という地獄絵図(=アビスにとっての最高のカオス)を発生させ、城の防衛システムが麻痺した隙に、リディアをリュミエールの元へ誘導し、リディアをピンチにさせて魔人に戻り、リュミエールにトドメを刺すつもりなのだ。

(…よし、小娘! 俺様をあのコアの近くまで運べ!)

(は、はい!)

 リディアがアビス(犬)を抱きかかえ、脈動する魔導コアへと近づいた、その時だった。


「―――そこまでです」


 冷たく静かな声が、ホールに響き渡った。

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