幻と現の交差路(朝編)
東の空が、まだ眠たそうな青をかぶっている。
街路樹の葉が風にゆれ、鳥たちが一斉に羽音を立てると、夜に溶けていた街はじわりと輪郭を取り戻していった。
わたしはコーヒースタンドの紙コップを両手で抱え、まだ温度を確かめるように口をつける。
苦味と香ばしさが舌に広がり、胸の奥に残っていた夜の煙を押し流していく。
「夜より軽いな」
おぬしの声が背中を叩くように届く。
「そうぴこ。夜は“人”を重くする。でも朝は、答えを先延ばしにしてくれるぴこ」
通勤前の人々が、急ぎ足で交差点を渡っていく。
誰もが眠そうな目をして、それでも前に進む。
わたしも、その群れに紛れるように歩を合わせた。
ポケットには、昨夜から一本だけ残った箱がある。
けれど取り出さない。今日は火をつけない。
「いいのか」
「いいぴこ。今は、呼吸だけで十分ぴこ」
冷えた朝の空気に吐き出した白い息は、夜の煙とは違ってすぐに溶け、誰の記憶にも残らない。
でも、その透明さがむしろ心地よい。
街角の古本屋のシャッターが開く。
積み上げられた本の背表紙が朝日に照らされて、静かに名乗りを上げるように光る。
「また探すのか」
「探すぴこ。本を、言葉を、人を。朝は全部を“始められる”ぴこ」
信号が青に変わる。
昨夜と同じ横断歩道を渡るのに、世界はまったく別の顔をしていた。
夜がくれた重さを、朝は静かに軽さへと変えていく。
わたしはカップの残りを飲み干し、空を仰いだ。
柔らかい光の中で、雲がひとつ、ふわりと形を変える。
それは一瞬、幻影鳥のように見えた。
「……また、会えるぴこかな」
問いに答える声は、もうなかった。
けれど、胸の奥に残った温度だけが、確かに「次の物語」を約束していた。
みんな、最後まで読んでくれてありがとうぴこ。
この三部作は、もしシリーズ「ぴこたん幻影譚」を読んでもらえるなら――
そのすべてにつながる“始まり”として書いたものぴこ。
ここから広がっていく物語も、ぴこたんと一緒に歩いてくれたら嬉しいぴこ!




