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勿忘草は記憶を運ぶ舟

作者: 昼月キオリ


妻が38という若さで若年性認知症になった。

娘のみいなはまだ10歳で

ペットのポプラは妻が認知症の症状が出る四年前から飼い始めたオスのトイプードルだ。



一年目。

最初は物忘れが増えたなくらいにしか思っていなかった。

 

二年目。

症状は深刻なほどに悪化していった。

さすがに日常生活に支障をきたし始めた為、心配した俺が妻を病院に行こうと誘った。

最初はいいわよ、と言っていた妻も次第に心配になってきたらしく病院で診察を受けることにした。

結果は若年性認知症だった。

 

そして四年目。

この頃になると俺やみいな、ポプラの名前さえ忘れてしまうようになった。

俺と結婚したこともみいなを産んだこともポプラを飼っていることも忘れていく。

唯一の救いは妻が俺たちを忘れてきていてもパニックになって外へ飛びさなかったこと、自分が俺たちの家族だと言った時もなんとか受け入れようと頑張ってくれたこと、その妻の心の広さと優しさだった。

それでも俺は妻の症状がもっと悪化していったら家族がバラバラになるのではという不安は拭えなかった。



しかし、そんな不安が消える出来事が起きた。

みいながポプラを散歩に連れて行った時のことだった。


みいなとポプラはいつものように家から少し離れた草原を歩いていた。

5月ということもありカラッと晴れた天気に寒くも暑くもないちょうど心地の良い風が吹いていた。

リードを外し、草原に一緒に座る。

景色を眺めているとみいなの目から一粒涙が溢れた。

ポプラが心配そうにこちらを見る。

みいな「ポプラ、ママ、もう元に戻らないのかな?」

そう言った直後、我慢していた涙が溢れてきた。

ポプラ「くぅ〜ん」

みいな「ひっく、ひっく・・・」

そんな泣いているみいなを見たポプラは突然走り出した。

みいな「え、ちょっとポプラ!?」

リードを外していたのでみいなは慌ててポプラを追いかけた。


ポプラが立ち止まった先に水色の可愛らしい花が咲いていた。

みいな「わ、綺麗な水色・・・」

ポプラ「わんわん!」

ポプラは何故かその花の前で吠えた。

いつも滅多に吠えることのないポプラだったのでみいなは首を傾げた。

みいな「この花が気になるの?」

ポプラ「わん!」

みいな「ポプラが触っても大丈夫か分からないから私が摘んでパパに調べてもらうね」

みいなは花を何本か摘んで家に持って帰った。



帰宅すると母はベッドで眠っていた。

そうま「みいな、その花はどうしたんだ?」

みいなは事情を説明をする。

そうま「なるほど、ポプラが・・・水色で綺麗だが名前が分からないな」

みいな「飾っててポプラ大丈夫かな?」

そうま「調べてみるか」

みいな「うん」

そうまはパソコンを開くと調べ始めた。

しばらくして同じ花が画面に映し出された。

そうま「あった、勿忘草、って言うみたいだな、毒は大丈夫みたいだよ」

みいな「勿忘草・・・なんだか寂しい名前だね」

そうま「そうだな・・・花言葉は"私を忘れないで"か」


 

勿忘草を飾った翌日、母が起きてくるとみいなとそうまとポプラの顔を交互に見つめていた。

みいな「?」

そうま「みつよさん、どうかしましたか?」

ポプラ「わん??」

普段は敬語で話さないそうまだったが、記憶が消えてからは敬語で話すようになっていた。

みつよ「そうま君、みいな、ポプラ」

そうま「え・・・?」

みいな「ママ?記憶戻ったの?」

みつよ「ええ、全てではないけど、あなた達のことは思い出したわ」

そうま「みつよ・・・みつよ!!」

みいな「ママ!!」

二人がみつよに抱き付く。するとポプラが僕も入れて!と尻尾をフリフリ近寄って来た。

みつよ「良かった・・・思い出して良かったわ・・・」

その時の妻の声に辛かったのは俺やみいな、ポプラだけじゃなかったんだと気付いた。

三人と一匹はまるで一つの塊みたいにぎゅっと抱きしめ合った。


 

勿忘草が枯れ始めた頃、また妻の症状が出始めた。

そこで俺はまた勿忘草を摘みに行き、キッチンのテーブルの上の花瓶に生けた。

すると眠った次の日、妻の記憶がまた戻っているのだ。

どういう理由からそうなるのかは分からなかったが理由などなくても良かった。

きっと舟が荷物を運ぶみたいに記憶を運んで来てくれるのだと思う。



それからは勿忘草の季節になると部屋に飾り続けている。

妻の記憶が消えてしまわないようにと願いを込めて。

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