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彼の記憶を消して、この国を去ろうと思います  作者: ぽーりー


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5 彼の家



「なんだか新鮮だな」

「そう?」


私は王都に着く前に瞳の色を変える目薬をさした。

色は調合次第でなんとでもなるけれど、私はネイトと同じ新緑の瞳にすることにした。

そうすればネイトが周りの人に「親戚を住まわせている」という言い訳が出来るかと思って。


ネイトのアパートは、城から歩いて30分程の閑静な住宅地にあった。

騎士になった頃は騎士団の寮に住んでいたらしいけれど、婚約が決まった時にこのアパートを借りたのだそうだ。

そして結婚式を挙げたら彼女と一緒に住むはずだったけれど、それは叶わなかった。


「思い入れのある家に私なんかがお邪魔していいの?」

「まだ彼女と住む前だったからな。ここに思い入れがあるわけではない」


そうは言っていたけれど、家具は女性好みのもので揃えられていて、部屋に入った途端に胸が痛んだ。

彼女はグリーンが好きだったのか、カーテンやソファがグリーンで統一されていた。


「素敵な部屋ね」

「彼女の好みでこうなったんだ。まだ模様替えをする気になれなくてな」

「無理して替えなくてもいいんじゃない?私はこういう部屋好きよ」

「そうか・・・。なら良かった」


キッチンは白いタイル張りになっていて、清潔感があって動線も良かった。

料理がしやすそうなキッチンね。

ただお世話になるだけというのも申し訳ないので、料理や掃除などの家事全般は私が引き受けることにした。

食材の買い出しはネイトが仕事帰りにして来てくれるらしい。


「ベッドはこれしかないの?」


寝室を覗いてみると、新婚さん用の大きなベッドが一台だけだった。


「私はソファで寝るから、ベッドはレイナが使ってくれ」

「でもあなたの体じゃ、ソファでは小さいでしょう?」

「遠征で野宿をする時だってあるんだ。私はどこでだって眠れるから気にするな」


その日、ネイトは本当にソファで寝た。

なんだか申し訳ないわ。

傷が塞がったら私がソファで寝るって言わないと・・・。

それにしてもこのベッド、すごく寝心地がいいわね。







翌朝、ネイトが出勤するというので玄関まで見送ると、彼が心配そうに私を見下ろした。


「私がいない間は無理をしないでくれ」

「わかってる。安静にしてるから心配しないで。そうだ!帰りに食材を買って来てくれる?夕飯を作るから」

「大丈夫なのか?屋台で何か買って来てもいいんだが」

「料理くらい平気よ。重い物を持つわけじゃないんだし」

「そうか?」

「えぇ。お願いね」

「わかった。じゃあ、いってくる」

「いってらっしゃい」


ネイトが出勤してからしばらくは小説を読んだり、お昼寝をしたりとのんびり過ごしていたけれど、少し体を動かしたくなった私は掃除をすることにした。

この家にはキッチンと広間以外に部屋が二つあって、ネイトはひとつを寝室に、もうひとつをクローゼットとして使っていた。

広間と寝室を軽く掃除した私は、クローゼットの部屋も覗いてみた。

カーテンも閉め切ってるし、埃っぽいわね・・・。

ここにはあまり入らないのかしら?

空気を入れ替えようと窓を開けると、そこからは綺麗な夕焼けが見えた。

わぁ・・・素敵。

ここは少し小高い所なので、赤く染まった王都の街並みを一望することが出来た。

もしかしたら二人はこの景色が気に入ってここに決めたのかもしれないわね・・・。


一通り掃除を終えた私は、紅茶を淹れてソファで一休みしていた。

そろそろ18時になる頃かしら、と時計に目をやると、玄関の開く音がした。


「今戻った」

「おかえりなさい」


広間に入って来たネイトが大きな紙袋をテーブルに置いた。


「適当に買ったんだが、これで何か作れそうか?」

「どれどれ〜・・・うん。鶏肉とミルクがあるからシチューが作れるわね」

「そうか、楽しみだな。私はシャワーを浴びてくる」

「えぇ。その間に作るわね」


私は家から持ってきたスパイスを使って鶏肉と野菜を煮込んで、最後にミルクを入れてシチューを仕上げると、付け合わせにキャロットラペを作ってテーブルに並べた。

ネイトはフランスパンも買って来てくれていたので、手のひらサイズにスライスして大きなお皿に盛った。


「うまそうだな・・・」


ネイトがタオルで髪を拭きながらが呟いた。


「そういえばネイトはまだシチューを食べたことなかったっけ?」

「あぁ。初めてだ」

「お口に合えばいいけど」

「レイナのご飯はなんでも美味い」

「ははっ。またそんなこと言って」

「本当だ。君と一緒に住んで得をするのは私の方かもしれない」

「ふふ、そう思ってもらえたら嬉しいけど?ほら座って!いただきましょう」

「あぁ」





食事を終えた私は、シャワーを貸してもらった。

イタ・・・染みるわね。

傷が完全に塞がるまでにはまだ時間がかかりそうだった。

シャワー室から出て広間に行くと、ネイトがソファに座って私を待っていた。


「レイナ、ここに座ってくれ」

「え?」

「傷の消毒をしておいた方がいい」

「え?ネイトがしてくれるの?」

「自分の背中に薬は塗れないだろう?」

「そ、そうだけど・・・」


ネイトに肌を見せるなんて恥ずかしいわ・・・。


「恥ずかしがらなくていい。私は同僚たちの傷の手当てをしょっちゅうしている」


ちょっと!

屈強な男どもと一緒にしないでくれる??

これでも私は23歳のうら若き乙女なんだから!

・・・なんだか恥ずかしがっているのがバカらしくなってきたわ。


「じゃあお願いしようかな」


私はネイトの隣に座ると背を向けてブラウスとキャミソールを脱いだ。

すると、私の傷を見たネイトが眉間に皺を寄せた。


「痛々しいな・・・。白い肌にこんな傷が付いてしまうとは」

「平気よ。傷なんて気にしないわ。嫁に行くわけでもあるまいし」

「君もいつかは嫁に行くだろう?」

「私は魔女よ?この国に私をもらってくれる人なんていないわよ」

「そんなことはない。レイナは綺麗で料理も上手い。相手ならいくらでも見つかる」

「あははっ。だからネイトは私のことを褒めすぎよ!」

「君はいつも本気に受け取らないな?私は嘘をついたことはない」

「あははっイタッ!もっと優しく塗ってよ」

「君が動くからだろう?じっとしてくれ」

「はい・・・」


本当に私を好きになってくれる人なんているのかしら?

そんな人がいたらいいわね・・・。



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