16 最後に君に
「先輩、まだ歩けますか?」
「あぁ。大丈夫だ」
私はキースの肩に寄りかかりながら山道を登っていた。
「もうロドアナ山には入ってると思うんですけど」
私たちは今、ドナーベンの国境付近からレイドラントへと向かって山中を彷徨っていた。
6日前、ドナーベンの第三王子を護送中に何者かに襲われて戦闘になり、そこへドナーベンの兵士やレイドラントの騎士が駆けつけたことで、両国間の紛争にまで発展してしまっていた。
戦闘は5日間に及んだが、立地がドナーベン側に有利だったこともあってこちらは壊滅状態になり、私たちは一旦引く形で山中に散らばった。
私はその時の戦闘で左太ももを負傷してしまっていて、キースに支えられながらどうにか歩けてはいるが、このままではドナーベンの兵士に追いつかれるのは時間の問題だった。
「キース・・・このままではレイドラントに辿り着けない」
キースは聞こえないフリをしているのか、返答しなかった。
「お前だけでも戻れ」
「・・・そんなこと出来ません。一緒に戻りましょう!先輩を置いて行けませんよ!」
「私は大丈夫だ・・・。先に戻ってくれ」
私は腰に下げてあった水筒をキースの胸に押し付けた。
「戻ったら助けを向かわせてくれ」
「先輩・・・」
「頼んだぞ」
私が微笑みかけると、キースも涙を拭って微笑んだ。
「・・・わかりました。必ず助けを呼んで来ますから」
「あぁ」
私はキースの肩を力強く叩いて送り出した。
行け・・・必ず無事に戻れ・・・。
それからどれくらい経ったのか、私は太い枝を杖代わりにして山道を登っていた。
すでに日は落ちていて、辺りからは魔物の鳴き声が聞こえていた。
この6日間十分な睡眠と食事を取っておらず、体力は限界だった。
それでも魔物に囲まれているこの状況で休むわけにはいかなかった。
足の痛みと睡魔でふらつきながらも歩き続けていると、気付けば見覚えのある道に出ていた。
ここは・・・。
そうだ・・・ここを登ればあの店があるはずだ・・・。
最後の力を振り絞って坂を登り切ると、見慣れた家に辿り着いた。
私は迷わず中に入ると、寝室のベッドに倒れ込んだ。
重たい瞼を開けると、いつもとは違う木目の天井が見えた。
どうやらあのままベッドで眠ってしまっていたようだ。
体を起こすと、廊下から朝日が差し込んでいた。
もう朝か・・・。
久しぶりにぐっすりと眠って体力が回復したのか、急に空腹感が押し寄せて来た。
何か食べるものはないかとキッチンを探してみると、棚の中に葡萄酒が入っていた。
これをいただくか。
アルコールを入れれば足の痛みもマシになるかもしれないしな。
私は葡萄酒を飲みながらキッチンの椅子に座った。
美味いな・・・。
酒で空腹感を満たした私は、太ももの傷口を洗うためにシャワーを浴びた。
ここには清潔なタオルもあったので、体を拭いて太ももにタオルを巻き付けて縛った。
これなら歩いて山を降りられるかもしれないな。
そう思ってズボンを履いた時、鎧が擦れるような音が聞こえてきた。
まさかドナーベンの兵士か?
急いでカウンターの下に潜り込んで窓の外を覗くと、思った通りドナーベンの兵士たちだった。
見たところ10名程の兵士が家の周りを包囲している。
くそ・・・こんなところまで追って来るとは・・・。
手負いの状態でこの包囲網を抜けるのは不可能に近かった。
ここまでか・・・。
もう生きて王都に戻ることは叶わないだろう。
だが不思議と恐怖は感じていなかった。
この家で最後を迎えることに何か特別なものを感じて笑みさえ溢れていた。
心残りがあるとすれば、赤い瞳の彼女に会えなかったことくらいか・・・。
そう思って瞼を閉じた時、誰かが私の名を呼ぶ声がした。