15 彼の危機
「また落ちたのか?」
「うん・・・」
「そろそろ諦めたらどうだ?お前に出来る仕事はない」
「そんなにはっきり言わなくてもいいじゃない!」
スカンシュナに帰国してから三ヶ月が過ぎていた。
私はユキのマンションで居候させてもらっているけれど、首都の家賃は馬鹿にならないので、少しでもお金を入れようと働き口を探していた。
「魔法が使えない奴を雇ってくれるところなんてないだろ?」
「薬屋なら雇ってくれるかと思ったのよ」
私は魔法は使えないけれど、魔力がまったくないわけではなかった。
微力ながら物質に魔力を流すことは出来るので、昔から魔法薬を作る授業ではある程度の成績は取っていた。
それで魔法学院を卒業する時に「魔法薬士になるしかない!」と思って就職活動をしたのだけれど、この国にはもっとすごい薬士がいっぱいいて、私を雇ってくれる薬屋はひとつもなかった。
それから6年が経ったけれど、やっぱりこの国には私を雇ってくれる店はないみたいで。
「世の中そんなに甘くない。それに別に無理して働く必要ないだろ?」
「だってこのままユキのお世話になるだけなんて嫌だもの」
私がテーブルに突っ伏していると、ユキが私の頭をわしゃわしゃした。
「じゃあ俺と結婚するか?」
「えっ?」
私が驚いて顔を上げると、ユキが微笑んだ。
「居候だから肩身が狭いんだろ?なら結婚すればいい」
「じょ、冗談やめてよね!」
無駄にイケメンだからちょっとときめいちゃったじゃない!
「私買い物に行ってくるわ!」
「お、おい!」
私はバッグを持って家を飛び出した。
びっくりした・・・急にあんなこと言うんだもの。
ユキのことは好きだし、一緒にいて楽しいけど、幼馴染の彼と結婚するなんて考えられなかった。
ユキだって別に私のこと好きでもないくせに・・・。
マンションを出て通りに出ると、街を行き交う人たちはみんな私と同じ黒髪に赤い瞳をしていた。
ここが本来の私の居場所なのよね・・・。
それなのになんでこんなに住みづらいんだろう。
買い物を終えた私は、まだ家に帰りたくなくてカフェに入った。
ユキが本気じゃないのはわかっていたけど、なんだか顔を合わせづらかったから。
紅茶を注文してテラス席に座ると、隣のテーブルの女性たちの会話が聞こえてきた。
「今ドナーべンとレイドラントが国境付近で紛争中らしいわね」
「そうそう。それで私の友達もドナーべンから帰って来たって言ってたわ」
「私の友達も一人レイドラントに住んでるから心配だわ。このまま戦争に発展しなければいいけど」
え?
レイドラントとドナーベンが紛争?
そういえば、ネイトがいつかドナーベンに行くかもしれないって言ってた気がするわ・・・。
まさかネイトも・・・。
私は居ても立っても居られず店を飛び出した。
急いでユキの家に戻った私は、バッグに手当たり次第の荷物を詰め込んだ。
最近作った魔法薬やパンに水、最低限の洋服を入れていると、ユキが私の腕を掴んだ。
「レイナ!何してるんだ!?」
「私レイドラントに戻るわ!」
「は??」
「紛争が起きているらしいの!早く行ってネイトを探さないと!」
「待て!お前が行っても何も出来ないだろ??」
「でも行かないと!彼が危険な目に遭ってるかもしれないから!」
「落ち着け!魔法が使えないお前が行っても無駄だ!」
「何も出来なくてもいいの!彼の無事を確かめたいだけだから!」
「ここから何日かかると思ってるんだ?行っても手遅れかもしれないだろ??」
そうだ・・・ここからレイドラントまでは馬車でも5日はかかる・・・。
「それに、そいつはもうお前のことを覚えてないんじゃないのか?」
もし会えたとしても、ネイトは私のことを忘れてしまっているだろう。
それでも。
「いいの。彼の無事がわかったら戻って来るから」
「お前・・・本気か?」
「えぇ」
私がバッグを背負うと、ユキは「はぁ」と諦めるようにため息を吐いた。
「お前は昔っからバカだな」
「ごめん・・・。いってくるね」
私が部屋から出ようとすると、ユキが私の腕を掴んだ。
「待て・・・。仕方ないから転移魔法で送ってやる」
「え?」
「それなら1日でレイドラントに着けるだろ?」
「いいの?」
「でも帰りは自分でなんとかしろよ?俺は先に帰るからな」
「うん・・・ありがとうユキ・・・」
ユキは何だかんだ言っていつも私のことを助けてくれる。
本当にかけがえのない友達だわ・・・。
「準備はいいか?」
「えぇ」
「じゃあ、行くぞ」
ユキが私を抱きしめて魔法を発動した。
ネイト・・・お願いだから無事でいて・・・。