幕間 初めてのプレゼント
亡くなったと思っていたユリアが生きて戻った。
私は彼女の姿を見た瞬間、生きていた喜びと同様に戸惑いを感じていた。
それは、あの頃の自分の気持ちと今の自分の気持ちが明らかに違っていたからだった。
一年前ならきっとその場でユリアを抱きしめていたに違いない。
それが出来なかったことに私は後ろめたさを感じていた。
ユリアを連れてアパートを出た私は、近くにある公園へと向かった。
ここはお気に入りの公園で、二人でよく来ていた場所だった。
「まさか生きていたとは思わなかった・・・」
彼女が帰郷するために乗った船が消息を経ってから数日後、船の残骸と複数の遺体が海岸に打ち上げられた。
その他の乗客乗員は消息不明とされ、捜索は二ヶ月に及んだがユリアは発見されなかった。
「気が付いた時にはスワントンのエンファ島に打ち上げられていたの」
「エンファ島?そんなところまで・・・」
「えぇ。でも私は記憶を失っていて、自分の名前すら思い出せなかったの。それからは島の治療院でお世話になっていたのよ」
「そうか・・・大変だったな・・・」
それから彼女はエンファ島での暮らしを話してくれた。
記憶はなくとも穏やかに過ごせていたようで、私は安心した。
「ネイトは?この一年どうしていたの?」
「私は・・・」
ユリアがいなくなってからは暗闇のどん底にいた。
何を食べても味を感じず、夜になっても睡魔は訪れなかった。
三ヶ月経った頃、ロドアナ山に特別な薬を売る店があると聞いて、私は最後の頼みでレイナの店を訪れた。
その時だった。
私の暗い世界に光が差したのは。
レイナと出会って、彼女と会う度に食事を美味しく感じるようになり、明日を迎えるのが楽しみになっていった。
私はレイナがいたからここに戻って来られたんだ・・・。
「ネイト?」
「あ、あぁ。すまない。私はどうにか過ごしていた」
「そう・・・。さっきの彼女とは一緒に暮らしているの?」
「あぁ。訳あって同居している」
「そうなのね・・・」
レイナのことをどう説明すればいいのかわからなかった。
ユリアからしてみれば自分がいない間に他の女性と暮らしていたのだから、いい気はしないだろう。
しばらくベンチで話していると、日が落ちて辺りが暗くなって来た。
ユリアは王都のホテルに滞在しているというので、私はホテルまで彼女を送って行った。
数日後、今後のことを話し合おうと言ってユリアをホテルから連れ出した。
この時、私の心はすでに決まっていた。
あれからいくら考えても、レイナとの今の関係を断つことは出来ないという結論に至ったからだ。
そしてその時、私の中ではもうユリアは過去の人になってしまっているということに気が付いた。
カフェのテラス席に座って、私がそのことを伝えようとした時、突然ユリアが泣き出した。
「ユリア?どうしたんだ?」
「ネイト・・・実は私・・・好きな人がいるの」
好きな人??
「そ、そうなのか?」
それを聞いた私はショックを受けるどころかホッとしていた。
「エンファ島で知り合った人なの。記憶がない間に私のお世話をしてくれていた人よ。私は彼を好きになってしまったの・・・」
「そうだったのか・・・」
私はユリアの手を握った。
「話してくれてありがとう。言うのは勇気がいっただろう」
「ネイトのことも本当に愛していたわ。でも、今は・・・」
「あぁ。わかっている」
ユリアにとっても私は過去になっていたんだな。
「ネイトは・・・?」
ユリアが涙を拭って微笑んだ。
「あの彼女のことが好きなの?」
私がレイナを・・・?
「あなたが好きでもない人と一緒に暮らすわけないものね?」
「そうなのか?」
「ふふ。気が付かなかったの?」
確かに、レイナと一緒にいると暖かくて穏やかな気持ちにはなる・・・。
ユリアの時のような燃え上がるものではないが、少しずつ降り積もっていくようなこの気持ちも、愛なのか?
「バカね・・・。彼女が心配しているだろうから、早く自分の気持ちを伝えた方がいいわよ?」
私はこの時、レイナに対する気持ちが愛情だということに初めて気が付いた。
そうか・・・私はレイナのことを・・・。
「ネイト、あなたの幸せを祈ってるわ」
「あぁ。君も・・・彼と幸せになってくれ」
「えぇ。結婚することになったら手紙を書くわね」
「そうだな。楽しみに待っている」
私たちは最後に握手を交わして別れた。
レイナへの気持ちに気付いてしまった私は、彼女と顔を合わせるのが楽しみなような気恥ずかしいような、不思議な感覚に陥っていた。
友人関係が長かったこともあり、彼女に気持ちを伝えるにしても、何かキッカケがないととても告白出来そうになかった。
そうだ・・・花見の日がいい機会かもしれない。
明後日はいつもより少し良い装いをして出かけるか・・・。
そんなことを考えながら大通りを歩いていると、宝石店が目に入った。
告白の時に何かプレゼントをするのはどうだろう、とふと思った私は店に寄ってみることにした。
店内は見るからに高級感が漂っていて、私にしてみれば敷居の高い店だった。
こんな店に入ったのは婚約指輪を買った時以来だな・・・。
入口側から順番にショーケースを覗いていくと、真っ赤なルビーのついた金のネックレスで目が止まった。
綺麗だな・・・。
それはまるでレイナの瞳のように美しくて・・・気付いた時には買ってしまっていた。
店を出ると、私は小さな紙袋を見下ろした。
渡すのが楽しみだな・・・。
喜ぶ彼女の姿を想像すると、私の口角は自然と上がっていた。