1 出会い
見目麗しい筋骨隆々の男が突然私の店を訪ねて来た。
彼は緊張した面持ちで扉をくぐると、金貨が入った腰袋をカウンターに置いてこう言った。
愛する人の記憶を消す薬が欲しい、と。
「あの・・・このようなところまで来ていただいて申し訳ないのですが、記憶を消すお薬をお売りすることは出来ません」
予想だにしない返答だったのか、彼は分かりやすく動揺した。
「そ、それは、君には作れないということか?」
「いえ・・・。作ることは出来ますが、売ることが禁止されているお薬だということです」
私はこの国レイドラントでは魔女と呼ばれる存在だ。
この国は魔導師の人口が極端に少ないので、人々は魔導師のことを人とは違う異種の存在として扱っている。
なので、基本的に魔女の私と関わろうとする人はいない。
それでも、特別な薬を買い求めてこの店を訪れるお客さんは一定数いて、私はそれを収入源にして細々と暮らしていた。
王都から馬車で2時間程の場所にある私の店兼自宅は、見つけるのが難しいほどの山奥にあるので、滅多に新規のお客様は来ないのだけれど。
久々の新規のお客様ね・・・。
彼は黒い短髪を掻き上げて深いため息を吐いた。
「ここに来たのは無駄だったようだな・・・」
彼は今にも倒れそうなほど青ざめていた。
このまま帰すのを申し訳なく感じた私は、恐る恐る彼に尋ねた。
「あの・・・よろしければお茶でもいかがですか?」
すると、彼は顔を綻ばせて頷いた。
「お心遣い感謝する」
良かった・・・断られなかった。
魔女に対して偏見のない人なのかしら。
それにしても、やけに言葉使いの硬い人ね。
体格からして城にお仕えする騎士様かしら?
紅茶を淹れた私は、向かいの椅子に座って彼の様子を窺っていた。
どうしよう。
あまり人のことを詮索するのは好きではないけれど、人に話したら楽になることもあるかもしれないし・・・。
「あの、記憶を消したい理由をお伺いしても?」
すると彼は、気持ちを切り替えるように「ふう」っとひとつ息を吐いてからポツポツと話し始めた。
彼には一年ほどお付き合いをして結婚の約束を交わしていたご令嬢がいたそうだ。
しかし三ヶ月程前に彼女は船の事故で帰らぬ人となってしまい、それから彼は食事も喉を通らず、睡眠もままならない状態が続いているという。
こんなに辛い思いをするくらいなら、いっそ彼女のことを忘れてしまいたいと思ってここを訪れたのだそうだ。
その話を聞いた私は彼を心底不憫に思ったけれど、かといって彼のために犯罪者になるわけにもいかない。
だから少しでも彼の気持ちが楽になる方法を提案するしかなかった。
「あの・・・記憶を消す薬ではありませんが、眠りやすくするお薬ならありますよ?」
「そんなものがあるのか?」
「はい。まずはそれを試してみてはいかがですか?」
「そうだな・・・。わかった。その薬をいただこう」
彼は紅茶を飲み終えると、その薬を買って帰って行った。