第二章 疲れ果てた公爵の息子(4)
ピラメッド伯爵は真剣に語るイアンベルクの姿に、静かに耳を傾けるしかなかった。
「2年が経ち、復讐心に歪んでいた私の心はようやく穏やかになり、公爵様との生活に満足できるようになりました。公爵様はその時ようやく私を信頼してくださいました。そしてさらに成長できるよう、この地に送り出してくださったのです。」
イアンベルクはふと口を止め、にっこりと微笑んでみせた。
「ここに来て学長様と出会えたことで、さらに楽しく、有意義な生活を送ることができました。」
圧倒的な武威を持ちながら、外見は少女のように美しいイアンベルク。
ピラメッド伯爵は、自分に配慮しながら話す彼の姿が非常に愛おしく感じられた。
それはまさに実の子を見るような思いだった。
「しかし、私は公爵様の元に戻りたいのです。公爵様以外のどなたの元にいても意味を見出せません。必ずやカルシオン公爵様の騎士になります。たとえ公爵様が必要ないと仰ろうとも、私はその影として側に残りたいのです。それが私の存在理由ですから。」
強い意志が込められた声だった。
ピラメッド伯爵は決意に満ちたイアンベルクを見つめながら、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。
「それなら、すぐにでも走って行けば良いのではないかな。君の人柄と実力なら、カルシオン公爵閣下も快く迎え入れてくださるだろう。いや、きっと待っていらっしゃるに違いない。」
その言葉を聞いたイアンベルクの表情が徐々に険しくなり、冷たい声で呟いた。
「……クラウゼル。」
ピラメッド伯爵は一瞬、ぎくりとした。
しばらく忘れていた名前がイアンベルクの口から出てくることに、何とも言えない不快感を覚えたのだ。
ジオン王国の実質的な権力者であるカルシオン公爵。
現在8代目を継ぐ彼のデオドール家は、その権勢が絶対的で、ほぼ国王に次ぐ存在だった。
その彼が、個人的な頼みとして送ってきた息子が、最近話題になっているクラウゼルだった。
ピラメッド伯爵は、特別な手続きもなく自分の息子を預かってくれと頼んできた公爵の姿を思い浮かべた。公爵は息子がひ弱で根性が腐りきっているため、ライオンの城で意識改革を起こしてほしいと求めてきたのだ。
ライオンの城は、一定水準以上の文武を兼ね備えた者しか入学できないが、王室の構図を変え得るほどの権威を持つ彼の依頼であれば、伯爵も350年間守り続けてきた厳格な規律を破らざるを得なかったのだ。
クラウゼルのことを思い浮かべると頭が痛くなった。
その正体を誰にも知られないようにとの念押しとともに、その腐った根性を根こそぎ変えてくれというカルシオン公爵の要望は、ピラメッド伯爵にとって不可能に近いことに思えた。
クラウゼル――。
その少年は、意識そのものが腐り切っていた。
ライオンの城に入学して1年7ヶ月以上が過ぎた中で、努力する姿を見せたことが一度もなかった。
強制的で脱落のない訓練には何とか耐えているように見えたが、それ以外の中途放棄が可能な訓練では、いつも真っ先に諦めていた。
そのため、成績は全ての面で最低点を記録しており、その一因となる怠惰な性格のせいで、学生たちの間でいじめを受けているようだった。
もちろん、それは学生たちがクラウゼルの正体を知らないからこそ可能なことだった。
大貴族であるピラメッド伯爵ですら、カルシオン公爵に頼まれるまで息子の存在を知らなかったのだから。
伯爵が憂いを帯びた表情を浮かべていると、イアンベルクが眉間にしわを寄せて言った。
「やはり学長様も彼の正体をご存じだったのですね。彼が入学した時点で、公爵様が手紙を送ってくださいました。内容を確認すると、息子をよく監視してほしいという程度のものでしたので、ただ見守っていました。そして、怒りを感じました。」
イアンベルクの声が次第に高くなっていった。
「祖国を守るため、十年以上もの歳月を戦場で過ごされた公爵様のことを、息子という彼は知らないのでしょうか? なぜあれほどまでに怠惰な姿で育ってしまったのか、この場所に入学して今に至るまで、少しも改善されていないのか!」
ピラメッド伯爵は、彼を見つめながら苦笑するしかなかった。
クラウゼルという少年は、誰が見ても怒りを覚えざるを得ないほどに情けなかった。
それがあの偉大なカルシオン公爵の息子であると言われても、誰も信じられないだろう。
ましてや、イアンベルクはカルシオン公爵を「崇拝」していたのだから、なおさらクラウゼルの存在を受け入れることができなかったはずだ。
おそらく、それは嫉妬であろう。
「公爵閣下の元へ向かう前に、やりたいことができたようだな?」
イアンベルクの瞳がぎらりと輝いた。
「はい。もう彼をただ見ているだけではいられません。公爵様がどうお考えになるかは分かりませんが、彼を鍛え上げます。公爵様の名誉を汚さぬよう、徹底的に!」
この瞬間、イアンベルクの決意はクラウゼルにとってとてつもない「幸運」(?)となるのだった。