第二章 疲れ果てた公爵の息子(3)
5日間にわたって行われた8月の大演習の最終勝者は、いつものように18歳のイアンベルクだった。
彼は3年生で、眉のすぐ上まで整えられた銀髪を肩まで伸ばし、他の学生とは異なり武器を携帯していないのが特徴だった。
だが、それは剣術より体術に優れているため武器を使わないのではない。
少年の特技は「武器奪い」だった。
演習中に相手の武器を奪い、それを使って相手を制圧する。
この特技は、どんな状況でも誰の武器でも奪い、どんな武器でも使いこなせるという意味が含まれており、傲慢に見えるかもしれない。だが、誰も彼を傲慢だとは評しなかった。
ライオンの城の最強4人の1人であり、その中でも頂点に立つ彼の実力は、まさに「絶対的」だったからだ。
ライオンの城が数々の英雄を輩出した中でも、百年に一度現れるかどうかの逸材だと断言されるほど、少年は卓越した存在だった。
プライドの高いイベリアンでさえ彼の話題が出ると口を閉ざし、教官たちは彼を「魔法使いを一対一で制圧できるレベル」と評価した。
通常、魔法使いは魔法を詠唱するために「呪文」や古代語を紙に記して媒介として使う。つまり、魔法を使用するには準備時間が必要ということだ。
それが魔法の最大の欠点だった。
だが、彼らがその欠点を克服するために隠れて行動したり、敵との距離を保ったりすれば、あるいは護衛を伴ったりして準備を整えていれば、どんな騎士でも単独で魔法の詠唱を阻止する手段はなかった。
しかし、一対一で目の前で対峙する場合、話は別だ。
魔法使いが数年間の努力を経て、詠唱時間を数秒に短縮したとしても、動きの速い騎士はそれを制圧できる可能性がある。
ただし、そのレベルに到達できる騎士はごく少数だった。
わずか数秒の時間を稼ぐために距離を取ろうとする相手を単独で制圧できるのは、「体内マナ」を運用できるほどの、中級以上の資格を持つ正式な騎士、もしくはその一歩手前の優れた騎士たちだけだった。
ところが、まだ「見習い」のイアンベルクもそれが可能だという話だった。
実際、彼は中級騎士に匹敵する実力を備えていた。これが彼が「天才」と呼ばれる理由だった。
平民でありながらもライオンの城全員が彼を崇拝するようになるほどの天才性。
宝石のように輝く青い瞳は、常に月光を映す水面のように静まり返り、唇は黙々と閉じられており、何を考えているのか全く掴めない。
しかし、常に大きな志を胸に秘めて行動していると、他の騎士見習いたちは予測していた。
もちろん、本当の彼の内心を知る者は本人以外いなかっただろう。
「今度はロアフ伯爵家の騎士の地位を断ったそうだね。これで6度目だ。」
イアンベルクがどのような志を胸に秘めて強くなり続けているのかを知らないのは、ライオンの城の最高責任者であるピラメッド伯爵も同じだった。
ピラメッド・デ・ヘヴラン伯爵は、銀髪の少年が何も言わず自分の前に静かに座っている様子を見て、仕方ないというように微笑みながら手にしていたロラン・ロアフ伯爵の直筆の書簡を机の隅に置いた。
イアンベルクを求める熱い願いが込められたその書簡は、もはや二度と彼の関心を引くことはないだろう。
「まあ、君には君の考えがあるだろうから、特に問いただしはしないよ。」
そう言ってイアンベルクを見つめるピラメッド伯爵の目には信頼と誇らしさが滲んでいた。
それはまるで、優れた子供を誇らしげに見つめる父親のような眼差しだった。
ライオンの城の生徒たちは、皆一様に優れた武術を持っていた。
その中には、正規の騎士(下級資格者に限る)と紙一重の実力を持つ者も数名いた。
しかし、この「紙一重」の差が非常に重要だった。
8月の大演習でも、生徒たちの不足している部分が如実に現れた。
体力や剣術の未熟さは、まだ教育を受けている身として仕方のない部分だが、心を整えられず平静を失い、実力を発揮できない者や、相手の気迫に圧倒されて理性を失う者など、内面の未熟さは生徒自身が磨くべき問題だった。
それは若い生徒たちが最も苦労する部分だったが、ライオンの城側はそれを言い訳として受け取ることはなかった。
彼らは、「不足している部分を補うための悟りに年齢は関係なく、認識の変化こそが重要だ」と教えた。
ライオンの城は数々の英雄を輩出してきたが、「騎士として英雄と呼ばれる存在」というのは、逆境を乗り越えるだけの武芸と知恵、そして適切なタイミングと天運を備えることで完成されるものだった。
それは確かに偉大な存在だが、ライオンの城が目指すものではなかった。
ライオンの城は、山のような揺るぎなさ、剣先のような鋭さ、大地のような包容力を持つ騎士を輩出することを目的としていた。
英雄という、時機と運によって完成されるような存在ではなく、「完璧な騎士」を生み出すための足場を築くことに尽力していたのだ。
完璧な騎士であれば、英雄という劇的な存在が不要な構図と戦場を築き上げることができる。
それこそが理想であると考えられていた。
そのためライオンの城は、効率が高く強度のある画期的な教育方式を採用して生徒を育成してきたが、350年という長い歴史の中で、完璧な騎士の資質を備えた者に出会えたのは数えるほどだった。
また、自ら悟り、騎士として当然持つべき強靭で冷静な心を兼ね備えた生徒すら、彼らの努力が無駄になるかのように多くは輩出されなかった。
それだけ、最近の若者たちの精神的成熟度が脆弱だったのだ。
何代にもわたり先王の治世が続き、泰平の世が築かれてきたジオン王国は、それだけ住みやすい国であったが、それが皮肉にも問題となり、多くの若者が闘志を失っていた。
座っていれば食事が出てくると勘違いするほど、安楽な生活を享受していたのだ。
そんな状況下で、イアンベルクは天からの授かりもののような存在だった。
ライオンの城は真の人材を求めていたが、真の人材とは見つけるのが困難なものだった。
しかし、当代のライオンの城には、完璧な騎士の資質を十分に備えた最高の人物であるイアンベルクがいた。
アカデミーを卒業する前から彼を求める者が列を成すのは当然のことであった。
ライオンの城側も、彼をこれ以上囲い込んでおくことは無意味だと判断し、そのような申し出を歓迎していた。しかし、当の本人がそれを拒否していたのだ。
「学長は、私の武芸がどの程度に達しているとお考えですか?」
その声は澄んでいた。しかし、純粋さとは少し異なっていた。
澄んでいながらも冷たさを纏い、雪の結晶を思わせるような声が少年の口から流れ出た。
イアンベルクは、自分を誇らしげな目で見つめるピラメッド伯爵を真っ直ぐに見据えた。
普段は静かに沈み光を宿さなかった青い瞳が、今はゆっくりと揺らめき、胎動していた。
ピラメッド伯爵は重要な話を切り出そうとしているように見えるイアンベルクに興味を抱きながら、答えた。
「君の才能は天賦のものであり、それを超える根性と意思を備えている。騎士の爵位を授けられるにふさわしい実力を持ち、さらに無限の成長の可能性を秘めていると思うよ。」
「私をここまで導いてくださった方も、そのようにおっしゃいました。それゆえ、私も自分に誇りを持つことができたのです。」
「ふむ、カルシオン公爵閣下のことを指しているのかな?」
ピラメッド伯爵は3年前、殺気を帯びた瞳を持ち、アカデミーに現れた銀髪の少年を思い出した。
まるで鋭い刃を見るような気配を漂わせていたその少年は、デオドール公爵家の紋章が刻まれた金製のバッジと一通の書簡を差し出した。
当時、国境に出向き軍を先導していた大貴族カルシオン公爵が、自らの推薦人としてその銀髪の少年をライオンの城に入学させてほしいという意向が記された書簡であった。
「ご存じの通り、私の故郷レオノフは帝国との戦争で荒廃しました。仲間や友人、そして家族を失った私は一人残り、戦い続けました。帝国の兵士を見れば、無条件で飛びかかり、斬り捨てました。」
イアンベルクの父は卓越した実力を持つ傭兵出身であった。父の血を引いてか、特別な才能を持っていた彼は幼少期から父や周囲の人々から剣を学び、騎士を目指していた。
しかし、ジオン王国と長きにわたり対峙していたベリアン帝国が、彼が故郷を離れ夢を叶えようとする矢先、その故郷全てを焼き尽くしてしまった。
目の前で繰り広げられる惨劇の中で、少年は夢を捨てざるを得ず、ただ剣を手に取った。
騎士ではなく、「殺人鬼」の道を選んだ彼は、自身の全てを奪った者たちを次々と斬り捨てていった。
「そのような折、公爵様にお会いし、私を受け入れてくださり、温かくも厳しく接してくださいました。過ちを犯したり辛辣な言葉を吐いたりすれば頬を叩かれ、善行を示したり他者に思いやりを見せたりすれば頭を撫でていただき……。繰り返される喜びと悲しみの交錯の中で、私は成長することができました。」
常に無表情を保っていたイアンベルクが、今はずっと微笑んでいた。その微笑みは限りなく温かく、それでいてどこか苦々しさを含んでいた。