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第二章 疲れ果てた公爵の息子(2)

窓を開けてもなかなか消えないアルコールの臭い、棚に整然と並べられた薬草の瓶、白い壁と整列したベッドの光景を見る限り、「傷を治療する場所」だと普通の人ならすぐに理解するだろう。


さらに、厳しい訓練と教育の結果、頻繁に怪我をして医務室に通うことが多い「獅子の城」の学生なら、アルコールの匂いだけでここがどんな場所なのか察することができるはずだ。


だが、クラウゼルは未だにその場所を理解できていなかった。


「獅子の城」に入学して以来、一度も医務室を利用したことがなかった上、館で過ごしていた頃は体調が悪くなるとデオドール家専属の医師や魔法使いに診てもらっていた彼にとって、この時間帯に不気味なほど真っ白なこの場所が何をする場所なのか、まったく見当がつかなかったのだ。


一方、セシリアは目を覚ますとすぐに、自分が医務室にいることに気づいた。そして、どうしてここに来ることになったのか状況を推測しながらも、窓辺に立ち、自分をじっと見つめているクラウゼルの姿を見て、内心でギクリとした。


昼間の対戦で自分によって傷だらけにされた彼が、黙って自分を見つめている姿が、大会中に見た彼の狂気に満ちた態度を思い出させ、もしかすると復讐されるのではないかという恐怖が彼女を包み込んだ。


不安な気持ちを振り払いたい一心で、セシリアは勇気を振り絞って挨拶をすることにした。


「お体は大丈夫ですか?セシリアはぐっすり寝たので元気いっぱいですよ。えへへ。」


その一方で、彼女は自分の武器を探していた。


しかし、ベッドの上や近くに愛用のフランベルジュが見当たらないことに気づくと、さらに大きな不安に襲われ始めた。


『セシリアを助けてくださいよぉ!』


布団の中で隠れている彼女の手が震えていた。


まるで「ドゥドゥーン」という効果音が流れるかのように、クラウゼルがじっと自分を見つめているのが、セシリアには極めて耐え難い状況だった。


セシリアは昼間の対戦を思い出しながら考えた。


クラウゼルは普段、自分の実力を隠し、誰が相手でもまともに戦おうとせず、すぐに降参することが多かった。しかし、なぜ自分に対しては命がけで挑んできたのだろうか。それも、殺意を込めて。


この疑問について悩むうちに、セシリアはある可能性を思いついた。


『ミリエ先輩の指示だったのでしょうか?』


ミリエはクラウゼルをひどくいじめていたことで有名だった。


セシリアはそれが、ミリエがクラウゼルを警戒しているからだと勘違いしていた。


ミリエの行動が単に「なぜ自分を敬わないのか」という不満から来ているとは理解していなかったのだ。


セシリアは心優しい性格のため、ミリエがクラウゼルに対して「もうお前をいじめることはしないから、私のライバルであるセシリアを傷つけてくれ」と指示したと誤解してしまったのだ。


『あなたをもう虐めない代わりに、セシリアを排除して』という具合に。


しかし、セシリアのこの推測は、彼女自身のプライドとライバル意識から来ていた。


彼女は名門騎士家であるドレコ伯爵家の娘として誇りを持っていたが、ミリエと比べるといかなる面でも劣っていると感じており、それが彼女のプライドを傷つけていた。


彼女はミリエをライバルだと思い、勉強や鍛錬にさらに力を入れていた。


そして、ミリエも自分をライバル視しているはずだと勘違いしていた。


そんな誤解と競争心の中で、セシリアはクラウゼルの突飛な行動がミリエの指示によるものだと考えるに至ったのだった。


『う、うわあ!大ピンチ!』


そこまで考えが至ったセシリアは、相手が自分に抱く敵意が想像を超えるほど大きいのではないかと考え、さらに大きな恐怖と混乱を感じた。


セシリアは剣術には長けていたものの、体術や腕力には特別な才能を持っているわけではなかった。


相手が負傷しているとはいえ、武器を持たない状況での対峙は難しかった。


しかもクラウゼルは、大会中に感じた通り、予想外に強かった。


これは絶体絶命の危機だ!


今はぼさぼさの髪が目を覆っていて確認できないが、大会中に輝いていた彼の青灰色の瞳は、まるで猛獣のように威圧的だった。


その髪に隠れているその瞳が、今どのように光りながら自分を見つめているのだろうかと、不安な気持ちを抱きつつセシリアは周囲を見回した。


そして息を潜めながら、クラウゼルの武器があることに気づいた。


それは一つのベッドの傍に立てかけられていた。


『お母さまー!』


セシリアの恐怖はピークに達した。とうとう大きな瞳に涙を浮かべ、彼に尋ねた。


「なぜ何もおっしゃらないんですか?先輩はまだセシリアに怒っていらっしゃるのですか?ね?ね?」


彼女は激しく動揺した紫色の瞳で、クラウゼルに「助けてください!」と訴えかけていた。


しかし、多くの少年たちが憧れるその美しい瞳をもってしても、ミリエの指示を受けたクラウゼルの同情を引くことは不可能に思えた。


ギリッ!


歯を強く食いしばる音が、怯えるセシリアの胸を冷たく貫き、室内に響いた。


彼はひどく怒っているようだ。もう終わりだ……!


セシリアは驚愕し、布団を頭から被った。


彼女を見つめていたクラウゼルは、激しい苛立ちを感じながら言葉を発した。


「何を聞いてるんですか?嬢ちゃんは今、人を弄んでいるつもりですか?嬢ちゃんだったらこの状況で何て言いますか、ね?人を半殺しにした張本人が、身体の調子はどうだなんて聞いてきたら、俺にどうしろって言うんですか!その上、何だって?ぐっすり寝てスッキリした?ああ、スッキリして良かったですね!チッ!」


クラウゼルは言いたいことを言い切りながらも、セシリアの気分を害さないように気をつけ、慎重な口調で話し、震えていた。


幼い頃から甘やかされて育ったクラウゼルは本来積極的な性格だったが、この場では自分の素性を明かせないため、いつも萎縮していた。好き勝手に行動してミリエの逆鱗に触れ、このような苦しみを味わっているのだから、人を簡単に信用できるはずもなかった。


つい少し前まではセシリアともう一度対戦してみたいと思っていたにもかかわらず、いざ彼女と向き合うと、まともに言葉さえ交わせなくなっていたのである。


クラウゼルは、まるで自分を弄ぶように見えるセシリアの態度に対して、本心では一言罵りたい気持ちでいっぱいだった。しかし、負傷した体では反抗することもできず、さらに彼女にボコボコにされる恐れがあるため、口を閉ざさざるを得なかった。


そんな小さな少女の顔色を伺わなければならない自分の弱さに内心で嘆きながら、慎重に尋ねた。


「その……特に用がないのであれば、私はこれで失礼したいのですが……それより、ここは一体どこなんでしょう……?」


彼の問いに、布団を頭から被ったまま座っていたセシリアは目を大きく見開いた。


頭を殴られたような気分になった。


一体何を言っているのだろう?


セシリアはじっと考え込んだ。


再び訪れる静寂。


しばらく考えた彼女は、クラウゼルの言葉から一つの可能性しか思い浮かばなかった。


彼は自分を脅かすつもりはなさそうで、むしろ自分が彼をこの場所に連れてきたと思い込んでいるようだった。


芝居なのだろうか?


セシリアはそう疑いながらも、布団の上からそっと顔を覗かせて彼を観察した。確かに彼は重傷を負っており、簡単に剣を振るえる状態ではなさそうだった。


本当に?ただの勘違いではないの?


生死の岐路(?)に立たされているセシリアは緊張したまま、さまざまな可能性を考えた。その時、恐怖に怯えた震える声でクラウゼルが話し始めた。


「返して……いただけませんか?お願いです……。」


「……。」


怯え切った様子が全身に表れているクラウゼルの姿に、セシリアは驚いた。まるで自分が悪い人間にでもなったような気分だった。


その場で謎の安心感を覚えた彼女は、慎重に尋ねた。


「先輩は、まるでセシリアが先輩をここに閉じ込めているかのように話しておられますね?」


「はい。」


「……はい?」


クラウゼルは正直な気持ちを話し、セシリアは固まってしまった。


大戦中にはあれほど獣のように襲いかかってきた彼が、今では弱々しくて仕方のない態度と身振りで一貫していたのだ。


セシリアはそんな彼を理解できないと思い、鼻を鳴らして不満げな表情を浮かべると、素早く立ち上がり医務室を去ってしまった。


『なんですか!なんですかあ!セシリアは本当に気分が悪いですよ!』


小走りで足音を立てるセシリアは、下唇を噛みしめていた。


自分をまるで怪物扱いするような態度を取ったクラウゼルに対し、憎たらしさを覚えると同時に、その行動の意図がまるで理解できなかった。


からかっているんですか?


単にクラウゼルが自分を弄んでいるように感じられ、怒りがこみ上げてきたのだ。


しかし実際には違っていた。


医務室にひとり取り残されたクラウゼルは心底ほっと胸をなで下ろしていた。


「なんとか切り抜けたな……。」


そう呟きながら、不意に顔をしかめ、先ほどセシリアが出て行った扉の方を見て、唾を「ぺッ!」と音を立てて吐き捨てた。


「クソったれの女め!人を弄ぶのがそんなに楽しいのかよ!くそっ!最悪だ!こんなクソみたいな状況、耐えられるわけがねえ!次に会ったら一発ぶん殴ってやる!」


口先だけは達者だった。


一人で感情を爆発させていたクラウゼルは、やがて興奮を鎮め、医務室を出ると冷静に考えながら心に誓った。


『死んでも二度と戦うもんか!』


「家に帰りてえ……。」


誰もいないライオンの城本館の暗い廊下に、クラウゼルの情けない声が虚しく響いた。


歩きながらうっかり足がもつれて転倒すると、傷口から血がどっと流れ出し、彼は慌てふためくのだった。



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