第8話 魔の狂騒-4-
「【氷槍】」
鋭い氷の槍が宙を切り裂き、襲いかかる四匹の赤狼に向かって真っ直ぐ突き進む。槍が赤狼の毛皮を貫き、鮮血が空に飛び散った。命を奪われた赤狼たちは、わずかに痙攣した後、肉塊と化して地面に崩れ落ち、魔素となって空気中に溶けるように消える。残されたのは赤狼がいたことを示す血の跡と氷の槍のみ。ダレクが一息つき、肩の力を抜くと、その氷の槍も消え去る。
彼らが大森林での訓練を始めてから今日で三日目。領都ネゼルからここまで片道二日、旅はすでに五日目に差し掛かっている。明日にはネゼルへ戻り、遠征訓練は幕を閉じる予定だ。
三日間の訓練で、ダレクは自身の魔力制御能力をおおよそ把握していた。即座に使えるのは第三星環魔法までで、第四星環以降の魔法は時間がかかるため、実戦では使える場面が限られる。しかし、時間さえ確保できれば、第六星環魔法すら発動可能なことが判明した。ミーナはダレクの成長に驚きを通り越して、ただ遠い目をしているだけだった。ミーナによれば、ダレクの魔法の腕前は王立学園でも一、二を争えるレベルにあるらしい。
そして彼らは、ますます大森林の奥深くへと足を踏み入れる。すると、前方を進んでいたナウロが、警戒の声を上げた。
「赤狼です! ……が、数が多い。魔赤狼がいると思われます」
通常、二匹から五匹で行動する赤狼が群れをなして行動している場合、そこには群れを統率する魔赤狼が存在することが多い。体表がより赤く、大きさも一回り大きいその個体は、赤狼が魔力を蓄えて変異した存在だ。
「心配いらない。僕がやるから、手を出さなくていい」
ダレクはそう言うと、体内の魔力を活性化させ、魔法陣を描き始めた。ナウロが即座にダレクの前から身をかわすと、氷の槍が魔法陣から飛び出し、赤狼たちに突き刺さっていく。次々と赤狼が倒れていき、魔素へと還元されていく中、三人は周囲の警戒を怠らない。
そして、数十秒の静寂の後、ついに魔赤狼が姿を現した。木の陰からゆっくりと足を踏み出してくるその姿は、赤狼とは比べ物にならない圧倒的な威圧感を放っている。血走った目と大きく鋭い牙を剥き出しにし、殺意に満ちた目で彼らを見据える。その一方で、ダレクはいるとわかっている魔物に後れを取ることもなく、あらかじめ構築を進めていた魔法陣を完成させた。魔法への耐性を持った皮膚という天然の装甲を難なく突破できる規模の魔法を行使する。
「【怒雷蛇】」
怒れる雷の蛇を想起させるその魔法は、魔赤狼の魔法耐性ごときで止まることはない。雷の蛇が地を這い、空を裂き、木々を伝って襲いかかる。何匹もの雷蛇が魔赤狼にその凶暴な歯を突き立て、締め上げていく。蛇に巻き付かれた狼は、その身を焼かれ、断末魔の叫びを上げながら、ついにはその足を折った。大地に響く重い音と共に、その姿は魔素に溶け、消え去っていった。
息を荒げるダレクのもとへミーナが駆け寄り、心配そうに顔を覗き込む。
「ダレク様大丈夫ですか! いくら魔力量が多いとはいえ、第五星環魔法まで使うなんて……一度、休憩を挟みましょう!」
ミーナが魔法で岩を作り、ダレクをそこに座らせると、彼は水を飲みながら息を整えた。
「すみません、ミーナ先生。少し魔力量の調整を誤りました……」
「謝らないでください。むしろ、私が止めるべきでした。もう今日は無理しないで、帰りましょうか」
彼らは少し休憩をとり、まだ日は高いものの、街へと戻ることにした。道中、現れる魔物たちはナウロとミーナが難なく処理し、ダレクは無理をせずに動きを控えた。
「それにしても、第五星環魔法を実戦で使えるなんて、さすがです。この調子なら、学園ではライバルなしのダントツトップ間違いないですよ!」
帰りはミーナがテンションを上げてダレクを褒めたたえる。少し落ち込んだ様子を見せていたダレクも、明るいミーナにつられて笑顔を徐々に取り戻していった。
◇
街に近づくにつれ、木々が細く、低くなっていく。それでもなお、魔物は現れ続けた。ヒューイの言っていた通り、魔物が大森林の浅瀬でも現れるようになっているのだろう。赤狼、一角兎、牙猪――さまざまな魔物が延々とローテーションのように出現する。騎士として十分な実力を持つナウロと、王立学園の卒業生であるミーナからすれば、ダレクを守りながらでも倒すことは非常に容易いことだった。しかし、下級の魔物とは言え、連戦に次ぐ連戦に辟易すると同時に、違和感を覚えずにはいられなかった。
「あまりにも多いですね。行きの時はここまで多くなかったはずですが……」
「はい……いくらなんでも多すぎます。ヒューイさんは魔物の出現範囲が変わるとしか言っていなかったはずなのに……」
ナウロの呟きに、ミーナが同意する。言葉には出さなかったが、ダレクも視線で同意を示していた。
街に戻ると、ハンター協会の方から不穏な喧騒が聞こえてきた。どうやらダレク達三人と同様の疑問を抱いたハンターが多数いたようで、協会は警戒を強める方針を決めたらしい。
屋敷に戻り、ヒューイに話を聞くと、過去二十年間にも何度か魔物が大量に出現したことがあったらしい。しかし、それはいずれも一時的なもので、大きな被害はなかったという。
日が完全に落ちたころ、ヒューイの用意した豪華な晩餐を無邪気に楽しむミーナをよそに、ダレクは消えない胸のざわめきから、不安を拭えなかった。
翌朝、三人の出発の準備が着々と進む中、屋敷の前にハンター協会の者が駆け込んでくる。
「ヒューイ殿! 大変です! 魔物が大森林から溢れ出しています!」




