第6話 魔の狂騒-2-
「いいだろう。今後、屋敷の外での活動には護衛としてナウロを付ける」
ダレクは魔法の授業が終わるとすぐ、ミーナを伴い父ドライの執務室を訪れ、屋敷外での訓練の許可を得た。話はとんとん拍子に進み、訓練の詳細が次々と決まっていく。その速さにミーナは内心で焦り、自分の自由が次第に失われていく感覚に、薄暗い絶望感を覚えた。
「いい機会だ。西へ行ってきたらどうだ」
「西、ですか?」
エラナル伯爵領は、ツェンシル王国の王都を含む王室直轄領の西側に隣接し、領都ネゼルは王都から100キロほどの距離に位置する。領内の人口は王都に近い東側に集中し、最西端には王国最大の森林、エラナル大森林が広がっている。
エラナル大森林は魔素が集まりやすく、その影響で生まれた魔物たちが跋扈する危険地帯だ。しかし同時に、魔石の一大産出地でもあり、王国にとって欠かせない資源を提供している。ドライはその森の手前に位置する、領内第二の都市であるハンターの街デオニアへの遠征を提案した。
「ついでにデオニアの代官に顔を見せてくるといい。いずれは爵位を継ぐ身だ。学園に入学する前に、領内をその目で見て回るのもいい経験になるだろう」
ドライの提案を受け、ダレクはナウロとミーナを伴い、デオニアを拠点にエラナル大森林への遠征を決意した。こうして、三人での一週間の旅が始まることになった。
◇
出発の日。街が昼前の活気に包まれる頃、エラナル伯爵邸の前には一台の馬車が準備されていた。澄み渡る秋空が広がり、爽やかな風が屋敷の前庭を駆け抜ける。ダレクはナウロを伴い、馬車へと歩みを進める。既にミーナはその傍らで待機していた。
西へ200キロ。今日はその半ばに位置する宿場町で一泊し、翌日にはデオニアの代官邸に到着する予定だ。
「ミーナ先生、お待たせしました」
ダレクが声をかけると、ミーナは微笑みを浮かべながら振り返った。彼女の茶色の髪が秋風に軽くなびく。ミーナは「いえいえ、先ほど来たばかりですので、全然お待ちしていませんよ」と、柔らかな声で応じた。彼女の視線が自然とダレクの背後に立つナウロに移る。その瞬間、彼女は一瞬言葉を失った。
金髪のダレクと対になるような、銀髪の美丈夫。その端整な容姿に、ミーナは思わず心を揺さぶられた。伯爵家の跡取りであり、まだ幼いダレクによからぬ感情を抱くことはなかったが、ナウロは違う。平民であり、しかも自分と年が近い。鋭い瞳、強さを感じさせる体躯。その姿に、ミーナは心を揺さぶられた。
「初めまして。エラナル伯爵家騎士団副団長、ナウロ・コミノトです」
同僚たちの間では余所行きイケメンスマイルと呼ばれているその微笑みに、ミーナの心はますます揺れた。
「よ、よよよ、よろしくお願いします! ミーナ・フィルテでっしゅ!」
◇
馬車の中は静寂に包まれていた。ナウロと隣り合わせに座るミーナは、顔を赤らめたまま固まっていて、ナウロはそのことを気にする様子もなく、無言で前を向いて座っている。ダレクは馬車の窓から外の風景に目をやり、秋の穏やかな田園風景や遠くに連なる山々に視線を巡らせていた。
トラブルもなく宿場町に到着し、翌日、日が沈む頃にはデオニアの代官邸に到着した。領都ネゼルの伯爵邸に比べると質素だが、一般家庭と比べれば十分に豪華な屋敷だ。街の東端に位置し、高台に立つその屋敷からは、遠くに広がる大森林と、眼下に広がるデオニアの街並みが一望できる。
屋敷に着いた三人を、代官は温かく出迎えた。日が完全に沈むと、窓の外には街の灯りが作り出す美しい夜景が広がり、遠くからハンターたちの賑やかな声が微かに聞こえてくる。その日は旅の疲れもあり、ダレクは入浴を済ませるとすぐに眠りについた。
◇
翌朝、ダレクはナウロとミーナを伴い、デオニアの街を散策した。王都ほどの大規模な都市ではないが、街はハンターたちで賑わい、独特の活気に満ち溢れていた。
「ハンター協会か」
ダレクの視界に、頑丈そうな石造りの建物が飛び込んできた。周囲の建物より一回り大きく、屈強な男たちが頻繁に出入りしているその建物は、一目でハンター協会と分かるものだった。
ハンター協会。それは、魔物にとっての心臓である魔石や魔物の遺品を買い取る組織のことだ。国ごとにその名前や制度は異なるが、同様の組織がほとんどの国に存在している。ツェンシル王国では、もとは国営の組織だったが、税制改革に伴い民営化された。国内に流通する魔石の大半はこの協会を通じて市場に供給されており、なくてはならない存在だ。
「興味がおありで?」
「ないと言ったら嘘になるが、今はいいだろう」
ダレクは視線を戻し、「そろそろ街の外に行こう」と言って歩き出した。ナウロは無言で従い、ミーナも慌てて後を追った。いよいよ、ダレクにとって初めての遠征の本来の目的である、魔法の実践訓練が始まる。
街を出て400メートルほど先まで広がる草原を越えると、やがてぽつぽつと木々が見え始める。道は森の中へと続いており、進むに連れて木々は次第に大きくなり、木と木の間隔も広がっていく。
「ダレク様、そろそろ魔物が出てもおかしくありません。進むペースを落としましょう」
馬車での落ち着かない様子とは打って変わって、周囲に注意を払いつつ警戒を怠らないミーナからは、王立学園の卒業生としての実力が感じられた。
「ここで魔法の訓練を始めましょう」
広大な大森林の一角、魔物や他のハンターたちが視界に入りやすい場所を選び、ダレクたちは魔法の訓練を開始した。




