第5話 魔の狂騒-1-
それから半年が経った。翌月に九歳の誕生日を控えるダレクは、午前の座学教育を終えると、三つ下の弟――デュークと共に昼食をとっていた。未来の自分が落ちぶれる夢を見てからというもの、一層努力を重ねるようになったダレクは、学業に限らず、良好な人間関係の構築にも意識を向けており、とりわけ弟のデュークとは、しばしばこうして昼食を共にしてコミュニケーションを大切にしている。
「デューク、もうすぐ剣術の訓練が始まるんだって? 僕と同じで、ナウロが講師を務めてくれるみたいだね」
ナイフとフォークを器用に使いこなしてムニエルを口に運ぶダレクは、テーブルの向かいに座る弟に声をかける。豪華な食卓には、ダレクとデュークの他にメイドが二人いるだけで、父や母と共にいる時とは違う、兄弟だけのリラックスした雰囲気が漂っていた。
デュークは父譲りの美しい金髪をアップバングに整え、その金色の瞳を輝かせている。その姿は、兄ダレクと瓜二つだ。デュークは兄との会話が大好きで、服装や髪型も兄を真似ている。
「うん! お兄様と同じがいいってお父様にお願いしたんだ!」
デュークは誇らしげに言った。
「ハハッ、そうか! 将来は騎士になるんだっけ?」
ダレクが笑いながら問いかけると、デュークは大きくうなずいた。
王立学園に入学すれば、13歳から15歳までの3年間、剣や魔法を学び、実戦技術を身につけることができる。この学園は、各貴族家の嫡子を除き、完全な実力制で入学が決まる。嫡子であるダレクはすでに入学が確定していたが、次男のデュークは試験で優秀な成績を収めなければ入学できない。王国一の学び舎である王立学園に入学できれば、騎士になるための道が大きく開かれる。
「うん! 本当はお兄様と一緒に当主になりたかったけど、それはダメだって言われたから……でも、学園には僕も行くよ! 騎士になるには学園が一番だって、お父様が教えてくれたんだ。お兄様も行くんでしょ?」
「もちろん、僕も行くよ。入学するためにもたくさん勉強しないとな。騎士になったら、僕のことを守ってくれるかい?」
「もちろん! 僕が絶対にお兄様を守る!」
デュークの言葉に、ダレクは自然と笑みをこぼした。弟が「お兄様、お兄様」と慕ってくれることが嬉しかった。未来で見た夢の中でも、ダレクは学園に入学するまではデュークを可愛がっていた。跡継ぎの座を降ろされ、再び再会した時のデュークの冷たい視線が印象に残っている。あの冷たい視線を二度と見たくない。その未来を断ち切るため、ダレクは強く心に誓った。過ちは犯さない、と。
昼食を終えると、剣の訓練の時間がやってきた。ナウロは魔法学会でのダレクの様子から、彼が剣の訓練を疎かにして魔法に傾倒するのではないかと不安に思っていたが、その心配は杞憂だった。ダレクは剣の訓練にも真剣に取り組んでいた。まだ体が成長途中のため、ハードなトレーニングは避け、適切な負荷をかけつつ技術を磨く訓練に集中している。
王国で広く使われているのはロングソードだ。王国騎士団や王立学園などでも公式の武器として用いられている。140センチほどの身長しかないダレクにとって、ロングソードは少し扱いづらいが、彼はその剣を使いこなすために日々努力を重ねている。
「ダレク様は、やはり剣の才能があるようですね。騎士としての将来も見てみたかったものです」
ナウロは、ダレクの成長を目の当たりにしてそう評した。指導した技術をすぐに吸収し、さらに自分なりにアレンジを加えて磨き上げるその能力は、まさに天才の域にある。幼いながらも、ダレクの剣さばきはすでに一流を彷彿とさせるものであり、九歳とは思えないほどの卓越した動きを見せている。ナウロ自身が九歳の頃を思い返すと、その差は歴然だった。
剣の才能に加えて、努力を惜しまない姿勢を持つ少年は、伯爵家の後継者となる運命を持つ。ナウロは、ダレクがその剣を騎士として存分に振るう将来が存在しないことに勿体ないと感じざるを得なかった。
◇
屋敷の庭では、ダレクと彼の魔法の師――ミーナ・フィルテが向かい合っていた。ミーナは王立学園の卒業生であり、幼い頃にその魔法の才能を見出され、エラナル伯爵からの援助と推薦を受け、見事に学園の入学試験に合格した人物だ。現在はエラナル伯爵領にある実家で畑仕事をしながら、伯爵邸の魔道具の点検や修理も担当している。昨年からは、ダレクの魔法指導も任されるようになった。
かつて、王国魔法士団への入団の話もあったが、彼女はそれを断って実家に戻った。表向きの理由は、一人っ子として両親を支えるためだ。しかし、実際には魔法を使って畑仕事を瞬時に終わらせた後、怠惰に過ごす彼女の姿が頻繁に目撃されていることからわかるように、楽な生活を選んだというのが本当の理由である。そんなミーナであるが、今はダレクの魔力制御をじっと見守っており、その表情は険しかった。
「……ダレク様、完璧です」
ダレクは手のひらの上に小さな火球を生み出していた。【火】と呼ばれる初歩的な魔法である。彼は魔法に流す魔力を増加させて火球を大きくしたり、魔力の流れを操作して自在に動かしたりと、自由自在に魔法を制御していた。本来、魔法を学ぶのは王立学園に入学してからであり、ダレクの年齢で魔法を発動し、その制御まで行える者は稀だ。一部の貴族家では入学前に魔法の練習を行うこともあるが、魔法を発現するだけでも十分とされ、制御までは求められない。それでもダレクは、すでに魔力制御を完璧にこなしており、これは異例のことだった。
魔力制御の難しい点は、極めて高い集中力が必要かつ高い魔力感知能力と器用さが必要な点である。魔法ごとにある独自の魔法陣を魔力で描き、それを媒介して魔法が発現する。その後、魔法陣を維持しつつ、魔法自体を操作するために魔力量や流れを調整しなければならない。これが非常に難しく、王国魔法士団に入団するようなエリートたちでも、魔力制御を十分にできる者は限られている。
(どうしよう……ダレク様、私よりも魔力制御が上手いかも……)
ミーナは、自分の魔力制御能力に自信を持っていた。しかし、目の前で魔法を操るダレクの姿は、自分を遥かに凌駕しているように見える。彼女は、これからのダレクへの指導方針に頭を悩ませていた。
「ミーナ先生、自分で言うのもなんですが、僕、かなり魔力制御が上達したと思います」
ダレクは、敬意を込めてミーナのことを「先生」と呼んでいた。貴族が平民に対してそのような敬称を使うのは珍しいが、彼はミーナの高い魔力制御能力を尊敬し、先生と仰いでいた。
「そう、ですね……確かに、上手いと思います……」
ミーナは素直に認めつつも、少し困惑した表情で答えた。
「だから、実践的な練習に移りたいんです。今までは座学や小規模な魔法を行使するばかりでした。もっと規模の大きい魔法や実戦的な使い方を試してみたいんです」
ダレクが望むのは、屋敷の外での本格的な魔法の訓練だった。伯爵家の庭とはいえ、そこで使える魔法の規模は限られている。障害物や失敗した際の損害を考慮すると、どうしても小規模な魔法しか試すことができない。
「えっと、それは……伯爵様に確認しないと、私では何とも……」
ミーナがためらいながら答えると、ダレクはにっこりと微笑んで言った。
「お父様が許可をくだされば、ミーナ先生の方は問題ないということですね」
「え……まあ、その……はい」
ミーナは笑顔を返しながらも、内心で冷や汗が流れていた。外での魔法指導となれば、準備も手間も今以上に増えることは明白だ。「しまった、大変なことを引き受けてしまったかも……」と、今さら撤回できない状況に気づき、頭の中で素早く対策を考え始めたが、ダレクの期待に満ちた笑顔を前に、ただ頷くしかなかった。
「お父様はきっと許可してくださると思いますので、次回の指導は外で行うことになるかもしれません。そのおつもりでお願いしますね」




