第2話 努力の先にある希望-2-
「お疲れは癒えましたでしょうか?」
屋敷の者たちは、昨日のダレクの様子を見て、病気にでもなってしまったのではないかと心配していた。日が昇ると、そこにはいつも通りのダレク、いや、いつも以上に活力に満ちたダレクの姿があり、側仕えのメイドは思わずそう尋ねた。
「ああ、昨日は心配をかけたようで、すまなかった。もう大丈夫だ」
再び悪夢にうなされることになるのではないかと不安がよぎったが、そんなことはなかった。仮にあの未来がただの夢であったとしても、品行方正に努力することは己のためになる。備えておくことで得られるものは大きい。改めて気合いを入れ直したダレクは、年齢に似合わず随分と大人びた印象を与えていた。
昨日は座学のみだったが、この日は違った。午前中は語学とマナーの教育を受け、午後は剣術の訓練が待ち受けていた。エラナル伯爵家の私設騎士団の副団長であるナウロ・コミノトによる指導だ。彼は王国騎士団の騎士にも引けを取らない腕前を誇り、その整った容姿から屋敷のメイドたちの間で密かに人気を集めている。
「今日は随分と気合いが入っていますね。普段から素晴らしい動きでしたが、一段と冴え渡っていますよ」
訓練が始まってから約1時間、ナウロは体作りの運動や素振り、実践を交えた軽めの対人訓練を通じて感想を述べる。その言葉には世辞ではなく、本心が込められていた。剣の才能に溢れ、努力を怠らないダレクが、一段とやる気を見せているのが明らかだった。これに加えて魔法の才能も持っているのだから、神童と称されるのも無理はない。
ダレクの優秀さは、社交界デビューを果たしていないため、まだ広まっていなかった。しかし、エラナル伯爵家に仕える家臣たちの間では、彼のことを神童と囁く声が上がっていた。剣と魔法の才能に恵まれ、座学にも真面目に取り組んでいるダレクは、性格も破綻しておらず、将来が期待された存在だった。
「色々と思うところがあってな。ナウロ、時間が許す限り僕をもっと鍛えてほしい」
ダレクのさらなる訓練への意欲を聞いて、ナウロの胸には熱いものが込み上げてきた。この人が進む道はどこへ続くのだろう。間近でその歩みを見ることができること、そして彼の力となれることに、深い喜びを感じた。
◇
ダレクの成長が特に感じられたのは、魔法の分野だった。今では暇さえあれば魔法の制御訓練を行い、魔法陣の理解を深めるために文献を読み漁っている。剣は誰でも扱えるが、魔法は才能がなければ操れない。そのため、ダレクは自身の魔法の才能を活かし、特に魔法に力を入れているのだ。
王立学園に在籍する生徒の半数は魔法の才能がない。その中に、マクシムも含まれている。夢で見たダレクは、剣でマクシムを打倒することに意味を感じていたが、そのこだわりは捨てるべきだ。ただ貪欲に勝利を目指すのなら、魔法は必須だった。夢で見た未来のように、マクシムと剣を交えることになるかはわからないが、もし戦うとなれば勝利を収めたい。誰よりも努力し、誰よりも結果を残し、誰にも己の幸せを邪魔させない。その決意を胸に、ダレクは真摯に努力を続けている。
「失礼いたします」
ダレクは父であるエラナル伯爵家当主ドライ・エラナルの執務室を訪れた。
「どうしたダレク」
「お願いがあって来ました」
「願い?」
「来月、王都で行われる魔法学会を見学させてほしいのです」
魔法学会とは、年に一度行われる魔法学者たちによる研究発表の場であり、一般人が最先端の研究に触れることができる数少ない機会である。ここでいう一般人とは学者以外の者を指すため、貴族であるダレクも含まれる。しかし、貴族や有力な商家など一部の者しか見学は許可されておらず、平民の多くは学会後に発行される書籍で情報を得るしかなかった。
「魔法学会……お前が見学したいと言うのであれば構わないが、少し前から随分と殊勝になったな。何かあったのか?」
「……未来のために――
――幸せな未来を掴み取るために、努力を惜しんではいけないと気付きを得たからです」
その言葉には力強い意志が込められており、ドライは息子の目を真っ直ぐに見つめた。もともと大人びた性格のダレクだが、最近はさらに成熟した印象を与えている。ドライは息子の成長を嬉しく思う一方で、どこか不安も抱えていた。息子が自らの道を見つけて遠くへ行ってしまうような気がしたのだ。しかし、今真正面から向き合ってみて、彼の強さに気づいた。息子は強い信念を持っている。それは危険も孕んでいるが、それ以上に人としての魅力に深みを与えていた。ドライは、自分が息子の道を整備する必要はないと悟った。ダレクは自らの道を作り、進んでいくのだ。ならば、父としてできることは、息子の邪魔をしないことだ。
「そうか、好きにしたらいい。今後も何かあればすぐに言いなさい。可能な限り叶えてやる」
ドライは微笑みを浮かべながらそう言った。その表情は、エラナル伯爵としてではなく、息子の成長を見守る父親の顔だった。
◇
1ヶ月が経過した。共に王都へ向かうのは、王都出身のメイド、ヤエルと護衛のナウロである。王都までの移動時間はおよそ五時間。夕刻には王都に到着し、別邸に宿泊する予定だ。二日後に開催される魔法学会を見学し、その翌日、つまり三日後には本邸へ戻ることになっている。
「魔法学会ですか。私は魔法に縁がありませんでしたから、どのようなものか、今から楽しみです」
ナウロが微笑みを浮かべながら言うが、ダレクは軽く肩をすくめた。
「ナウロ、遊びに行くのではないぞ。僕は学びに行くのだ。それに、護衛として同行していることを忘れるな」
「もちろんですとも。誰一人、ダレク様には指一本触れさせません」
その言葉に、ダレクは満足げに頷きつつ、続けてヤエルに声をかけた。
「ヤエル、明日は暇をやるから、久方ぶりに家族に会ってくるといい。当日は案内を任せることになるから、しっかり休んでおいてくれ」
「このたびのご厚情、誠にありがたく存じます。長らく家族と顔を合わせることもございませんでしたゆえ、心より感謝申し上げます。明後日は万全の準備を整え、滞りなくご案内申し上げますので、何卒ご安心くださいませ」
ヤエルは深々と頭を下げ、礼儀正しく返答した。その誠実な態度に、ダレクは安心感を覚える。
三人を乗せた馬車は、いくつかの小さなトラブルがあったものの順調に王都へと向かい、太陽が地平線の向こうに沈んだ後に王都の別邸に到着した。別邸の華やかな灯りがダレクたちを照らし、彼らを温かく迎え入れた。




